Tale a7 剣術大会-本選-(7)
グランの準決勝戦があった日の午後、もう一つの準決勝戦において勝利を収めたのはザルバだった。
疲弊していたグランは次の相手となり得る二人を研究できればと思い、エルケルが観戦していた席へと赴いたのだが、彼の姿はそこにはなかった。
グランが【神力顕現】で光を纏ってからのレインの豹変。わざわざ試合を止めに来たティアナの言い回し。そして、示し合わせたように立ち消えたエルケルの姿。
グランは妙な引っ掛かりを胸に覚えたが、当事者たちがいないので聞き出すこともできない。仕方がないので一人そこで観戦していたが、やはりエルケルが戻って来ることはなかった。
そんなモヤモヤを抱えていたせいか、ふと気づいた時には午後の準決勝戦は終わっていた。それだけにザルバが相手を圧倒していたことにもなるが、収穫を得られぬままグランは独り闘技場を後にした。
その日の夜のこと。ろうそくを灯した暗い一室に、またも男二人が会していた。
「今日の試合、見たか?」
主人である男はそう尋ねた。尋ねられた男は無言で頷いた。
「あの光……あれは脈を操れる者によるものだ。記述通りならば間違いなかろう」
自信ありげな主人に対し、男は困惑していた。その試合において、光と呼べる現象は二種類あったからだ。
「ん……まさか私の言っている意味が分からないか?」
男は無言を貫き通す。
「ならば問おう。どちらの光が、私の求めている物だと考える」
男はごく僅かな声量で答える。しかし主人は鼻を鳴らした。
「ふん……外れだ。あとはどうすれば良いか、分かるな?」
「……」
「脈は彼女が有していたか。灯台下暗しとはよく言ったものだ。……お前の役目はひとまず終わりだ。大会に関しては、後は好きにして良い」
主人は男に対し、手で払う素振りを見せ退室を促す。そして既にやり遂げたような満足した笑みを浮かべた。
巡って来た翌日の正午。その時間が決勝戦の開始時刻だった。結局、この時までエルケルは現れず、今も現れる気配はなかった。
「遂にこの日がやって来ました! 頂上決戦の場に立つのはこの二人だーっ!」
グランの不安でアウェーな感情を上塗りしてくれる味方は、今は実況席の女性ただ一人に感じていた。
「まずは初出場ながらも鉄壁の守りから繰り出される強烈な剣で勝利をもぎ取って来た、今大会のダークホース、グラン選手!」
女性の声に合わせて送られる盛大な拍手に、グランは少し気分を良くする。
「そして、近年の大会には全て出場し、独特な剣術で選手たちを唸らせてきた実力者、ザルバ選手! 今回、初めての優勝を掴み取ることができるのでしょうか!」
女性の声に合わせてザルバが姿を現す。
重力に逆らうように立つ白と青の混合した髪は、まるで極寒の地で自生する短い草を思わせる。彼の口元はネックウォーマーのような物で覆い隠されていた。そして腰に携行しているのは一本の短剣。これも青白い色味を帯びていた。
グランはザルバを至近距離で見て、おびただしい殺気を感じた。まるで何人もその手に掛けて来たかのような、嘘偽りのない感情のように思えた。
「よろしくお願いします」
グランは社交辞令的に挨拶をするが、返事はない。頭を下げるという動作すらない。強いて言えば、ザルバはグランの目をただ見つめていた。
じきに審判員が、準備はできているかを聞いて来たので、二人は目で訴えた。そして決勝戦は幕を開けた。
「それでは……始め!」
掛け声と同時、ザルバは視界から消えた。しかしグランは焦らなかった。対戦相手が突然姿を消すのは、アシュラとの戦いで慣れてしまっていた。
今は、ザルバは殺気がダダ漏れだった。だから、気配から正確な位置を把握することができた。
その直後、グランの聖盾とザルバの短剣が衝突した。鋭い音が耳を刺した。ザルバは鋭く睨んでいたが、手首を強引に回した。
「……っ!?」
ザルバが短剣使いと言えども、彼の腕力は人一倍あった。だからこそ少し力んでいたグランだったが、ザルバの特異な身のこなしに、体勢が崩れた。
そしてすかさずに背後を狙うザルバ。確かに独特な動きに困惑したグランだが、同時に彼の手法は強引だとも感じた。
「【聖なる輝剣】!」
生まれた背後の隙を埋めるため、グランは見えもしない背後に向かって聖剣を振った。
「おおっと、なんということでしょう! 試合開始から僅か、ザルバ選手が負傷しました。これは致命的なミスか!」
女性がそう言うので、グランは驚いて振り返った。すると少し距離を取ったザルバが片腕を押さえていた。それも短剣を握る右腕の方だ。そこから血が数敵滴り落ちていた。
だが、これだけで判定は下されない。剣先が皮膚を掠めただけだからだ。
傷を負ったザルバは執念を燃やすわけでもなく、なんだか素っ気なく見えた。淡々としていると言えば良いのか、まるで決勝に臨む心持ではないかのように。試合開始直後の殺気はどこに行ったのだろうか。
それから一進一退の攻防が続いたが、時間経過と共にグランはザルバの癖を理解するようになり、彼の我流剣術というものに何の脅威もなくなった。
一方のザルバは素早い身のこなしでグランの攻撃を全てかわした。その業は参加選手の中で最も秀でていた。しかし傷が痛むのか、攻撃の精度は落ちつつあった。
そんな均衡状態に、会場全体が二人の戦いに飽き飽きとしてきた時だった。
ザルバが不意に手をまっすぐ挙げた。
グランは使用してこなかったが、一試合ごとに選手にはタイムを取る権限が与えられている。打開策を考えるため、ザルバが権限を使ったかと思われていたが、彼の意を聞いた審判員は思わず聞き返していた。
「本当によろしいのですか?」
ザルバは初めて頷いた。
「……分かりました」
審判員が大きく呼吸をしてから、
「ただいま、ザルバ選手が棄権を申し出ました! したがって勝者、グラン選手!」
かつてこんなに盛り上がらなかった試合はあっただろうかと思わせるくらい、小さな拍手が送られた。グランは達成感のなさに困惑していた。
そんな状況下、ザルバは競技場の通路へと歩いている。
グランは納得いかず、思わず引き留めてしまった。
「こんな結果でいいんですか! せめて白黒だけはつけたいです!」
その発言に足を止めたザルバは振り返った。そしてグランを睨む目が蒼く光った。
「……!」
グランは凍り付いた。心が奥底から冷えるような、一瞬だけ生きた心地がしなかった。
それは牽制だったのか、グランの意識が戻った時、ザルバは背を見せ再び歩いていた。
これ以上声を掛けることに命の危険を感じたグランは、ありのままの結果を受け入れることにした。
一時間程度の休憩の後、閉会式が行われた。
参加選手の中には早くに負け、自分たちの街に帰った者も少なくない。開会式の熱気に比べ、大会には付き物の侘しさをグランは感じた。
途中、表彰式もあった。表彰されるのは成績上位者四人。それなのに、王女の御前に出たのはたったの二人。グランと、ザルバと準決勝で戦った男だけだ。
そんな異例の状態でも、王女は気持ちを乱さずに自らの手で選手の首にメダルを掛けた。
まずは同率三位の男に銅のメダルを授け、グランはその後だった。
「グラン選手、おめでとうございます。さあ、こちらに……」
ティアナは晴れやかな笑顔で讃えた。そしてメダルを掛ける時、
「明日の二回目の鐘が鳴る時に、貴族街の正門前に来てください」
そう耳打ちされた。
「えっ……」
グランはティアナの顔をうかがうが、彼女はただニッコリ笑っていた。
その後、ティアナの閉会の挨拶で大会は幕を閉じた。グランは彼女が気になり続けていたが、彼女がアイコンタクトを取って来ることさえなかった。
長くお世話になった大闘技場を複雑な気持ちで去りながら、グランは帰路に就く。
(あの言葉は一体どういう意味だったんだろうか……)
噂が広がるのは早く、往来を行く人々が“剣術大会優勝者のグラン様”と興味と敬服を示している。その滅多に浴びない視線の余韻に浸ることもなく、グランは王女のことだけを考えていた。




