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Tale a9 姫の盾(3)

 祝勝のパーティから三日が経った。あの夜以降、レインを嗅ぎ回る怪しい気配には遭遇していない。


 情報を漏らすまいというオルティスの忠誠心には、敵ながら脱帽した。彼の死体は見つかっていない。エターニア家の屋敷は地下が崩壊し、一階の一部にも火の手が回った。オルティスはその瓦礫共々灰にでもなったのだろう。


 グランはティアナを庇った後、気を失い、爆音を聞いて駆けつけたエルケルとレインによって医療区に運ばれた。


 至近距離で巻き込まれた爆発を前にして軽度の火傷程度で、ティアナに至ってはほぼ無傷で済んだのは、皮肉にもクロス・ファンタジーでのやり込みが生んだ、グランという一人のプレイヤーが獲得した強靭な肉体あってのものだろう。


 ティアナたちは交代で彼を見舞った。グランはティアナが時々思い詰めて涙を流しているのを細目で確認したが、その時は見て見ぬ振りをしていた。


 しかしグランが回復の一途を辿れば、誰もがいつもの明るい表情に戻った。


 王城内、ティアナの私室の扉がコンコンと鳴る。


「どうぞ入って」


「失礼します」


 武装を整えて来いと言われたグラン。とりあえず命令に従い、今その命令主を訪ねたわけだが、


「グラン、大事に至らなくて良かった、本当に」


 ティアナはグランを手招きし、椅子の一つに座らせると、紅茶を入れて差し出す。


「王女殿下、本日は一体どのような用件で?」


 軽く会釈して紅茶を一口飲むグラン。


「グラン、この街に残らない?」


「……お気持ちはありがたいです。しかし、私には果たさねばならない目的があります」


 ティアナは小さく頷く。


「ええ、それは聞いたわ。あなたと同じようにしてこの世界に飛ばされてしまった仲間を捜す。そして元の世界に帰る方法を探るため、召喚士の情報を集める……ってことだったわね?」


「はい。そのためには、多くの地を訪れ、自分の目で確かめていかなければならないことが山のようにあります」


「確かにその通りだわ。私もそれを理解した上で提案しているの」


 グランは首を傾げる。ティアナの発言が矛盾しているように感じたからだ。


 そんな彼女は背後を向き、引き出しの一つから高級紙を一枚引っ張る。そこには体裁の整った字が並んでいて、


「グラン、あなたを王国騎士団の隊長に任命するわ」


 まさにティアナが発したことと同じ内容が載っていた。


「本気で……言っているのですか?」


 グランは唖然としていた。


「本気よ。あなたは剣術大会で優秀な成績を収め、それ以外にも盗賊団の捕縛に貢献し、レインを危機から救ってくれたという十分な働きがある。お父様もお母様も、一つも反対意見はありませんでした」


 自信たっぷりに喋るティアナ。しかしグランにはまだ懸念があった。


「ご両親は私の事情を知っているのですか?」


「全て話したわ。あなたが私に話してくれたように。だからね、グランの目的達成のために私たち王族が協力するってなれば、これ以上にない取引条件だとは思わない?」


 グランは否定することができなかった。


 王族はストラティアという世界について、一般人より詳しいはず。


 そして新天地に赴くより、信頼を築いた場所に身を(うず)め、時を見計らって行動を起こす方が融通が効きそうなこと。


 さらには、異世界転移の原因を作り上げた召喚士に関する情報が、国家並みに秘匿されうるものの可能性が高いこと。


 これらを踏まえグランは、


「ちなみに、申し出を拒否したら?」


 空気を濁したかったのか、単なる興味なのか尋ねてしまった。


「これは命令よ。元より拒否権はないわ」


 ティアナは柔和な笑みを浮かべるが、グランは彼女の腹黒さを垣間見た気がした。


「取引とは言いながらも、国家権力の濫用ですね」


 ため息混じりに鼻で笑ったグラン。


「……分かりました。その命、責任を持ってお受けします」


 グランは床に跪き、忠誠を誓った。


「ありがとう」


「ちなみに隊長と仰っていましたが、それはどのような役職になるのでしょうか?」


「あら、早速昇進を狙っているのかしら?」


「ご冗談はほどほどに。私は騎士団について疎い点がまだあるため、その組織図を把握しなくてはなりません」


「そんなに諭されなくても、ちゃんと分かっているわ。それでね、そのことなんだけど……」


 その時、扉が再び鳴った。誰だろうとグランは入り口に目を遣る。


「失礼します」


 グランと似た立ち居振る舞いで入室したのはレイン。それと彼女に続くエルケルだった。


 二人とも鎧に身を包み、腰に剣を携え、さらには大容量の鞄まで所持していた。


「グラン、まずは貴殿に改めて礼を言いたい。ありがとう」


「私からも。レイン殿に掛かる火の粉を払っていただき、感謝します」


「ど、どうしたんですか二人とも。急に改まって……」


 揃って頭を下げてくるレインたちに戸惑うグラン。


「そうだ……。エルケル殿、私、騎士団に入ることになったんです。これからは一緒に、この国のために尽力したいと思っています」


「……」


 エルケルはグランに背を向けて俯いた。呼吸が速くなり、体が震えるその様はまるで、


「エルケル殿、泣いているのですか?」


 そう言って近づくグランは、レインに制止される。


「エルケルはな、貴殿のことを喜んでいる。だが同時に悲しんでいるんだ」


「悲しむ? 一体何を……」


「グラン……」


 その声に振り返ると、ティアナが真後ろに立っていた。表情は物憂げで、誰からも視線を逸らしていた。


「あのね、エルケルは騎士団を辞めたわ」


「え?」


「それと、レインも私専属の騎士から解任した」


「え?」


 レインたちはただ頷いていた。決してグランの空耳でも、ティアナの悪い冗談でもない。


「どういうことですか!」


 グランはエルケルの鎧の肩を掴む。


「グラン殿、ちゃんと話すので落ち着いて下さい」


 エルケルとレインが現職を辞すことになったのは、グランの療養中に彼を除いた三人で話し合って決まったことだ。


 レインはオルティスを退けることに成功したが、今後、彼の属する組織が彼女を付け狙う可能性は考えられる。


 その度に大事になっては王族の身にも危険が及ぶ。さらには王国中に迷惑が掛かる。そう懸念したレインは隠居を決めた。


 そこで独り身になった彼女の護衛を申し出たのがエルケルなのだ。


 ちなみにレインの母も召喚士の血を引いているが、男であれ女であれ親は子供を授かった時点で、子にその大半の能力が継承されるらしい。


 したがって、レインの母を狙う可能性は限りなく低いだろう。人質利用という線はあるが、そこは邸宅の警備を厳重にすれば未然に防げるとのことだ。


 また、エルケルは団長ファルクスの死去から、騎士団再編を試みていた。その足掛かりが、エルケルとレインの就いていた地位を同時に埋める、つまり王女直属部隊の隊長としてグランが就任することだ。


 他にも部隊案はあるが、それらは追々編成していく。そして団長と副団長の席は空席にしておく。再編された騎士団が上手く纏まるまでは、各隊の隊長が引っ張っていけば良い。グランはそう聞かされた。


「グラン殿、大変勝手であることは重々承知しています。ですが、どうか分かってください」


「……それが最善の手段であるなら、皆さんが納得しているのなら、私に止めることはできません。ですが……」


 グランはもう一度、エルケルの肩を掴む。


「どうか無理をなさらないよう。必ずレインさんを守ってください」


「はい」


「男二人熱くなっているところ、すまないが……」


 そう言ってエルケルの決意を笑ったのはレイン。


「私はこいつよりも実力に長けていると自負している。それに、加護を得れば大抵の難敵は屠れるだろう」


 確かにレインの正体がバレている相手に対してならば、地脈を操り自衛の手段に用いることはやぶさかではない。


「レイン、時と場合を考えて行動するのよ」


「心得ております。さて……」


 レインは鞄を持ち上げて、


「そろそろ出立しよう」


 エルケルに目配せした。


「はい。ではグラン殿、王女殿下を、ティアナ様をよろしくお願いします」


「エルケル殿、ご武運を」


 エルケルたちは必要な荷物を持ち、一礼した後、部屋を出た。その時の扉の閉まる音が、グランには物悲しくこびり付いた。


「行ってしまったわね」


「また四人でこのテーブルを囲める日が来たら良いですね」


「ええ。そのためにも……」


 ティアナはグランを見上げ、その胸を叩いた。


「まず、私たちは私たちのやるべきことをやりましょう。騎士団を立て直すことができなければ、二人にも顔向けできません」


「そうですね」


「だからグラン、これからは私の騎士として尽力してくださいね」


「……私はティアナ様に仕える盾です。あなたのためならば、喜んでこの身を捧げましょう」


 笑顔を向けるティアナ。そんな彼女の手を跪いて取ったグランは、この日から“姫の盾”と呼ばれるようになった。

外伝-聖騎士の章-は完結です。ここまでお読みいただきありがとうございました。


機会があれば、本編の方も読んでいただけると嬉しいです。グランの新たな活躍も、そちらの方で描かれるかもしれません。

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