Tale a7 剣術大会-本選-(4)
剣術大会本選の一回戦から数日が経った。競技は順調に進み、遂に残る選手は四人となった。
「グラン殿、お疲れ様です」
「まだ終わってはいませんがね」
今宵、エルケルとグランはある飲食店のカウンター席で肩を並べていた。
ひとまずはグランが準決勝へ進出したことへの小祝いのつもりらしい。
「けれど、エルケル殿も惜しかったですね」
「世辞は結構です。相手とは埋められない差があったのは、私が一番理解しています」
エルケルは四回戦、すなわちベスト四を決める試合において第二シードのザルバと当たったが、大敗を喫した。
「ザルバ選手の剣は我流でしたっけ? なんか、戦っている舞台が違うと言うか、他の人にはないオーラを纏っていたというか……」
グランは当時の試合を思い出す。
予測のできない動作。獲物は逃がさないという殺気。加えて無口なのが一匹狼である印象を強めていた。
ザルバはエルケルとの試合に限らず、それまでの試合全てをそんな一貫した態度で決着付けていた。
「実はこれでも、今回の戦績は私の自己ベストなんですよ」
「そうだったんですか」
「だからまた一つ越えるべき壁が現れたと思えば、悔しいですが、自然と納得してしまいます」
「では、今晩はエルケル殿の記録更新をお祝いしましょう」
「ええ、そんな……。なんだか恥ずかしいな」
エルケルは突然主役が自分にされるが、せっかくの善意を無下にはしない。店中に笑い声を響かせていた。
「さあ乾杯しましょう」
グランはグラスを手に持った。
「ええ。では……」
「「乾杯」」
グランは翌日も試合があるので、酒は飲めない。健康に良いと店員が勧めた、ほろ苦い黒っぽいお茶を飲んでいた。
「次はあの騎士か……」
乾杯からしばらくして、グランは手元のグラスに映る自分の歪んだ顔に向かって呟いた。
「グラン殿、緊張してますね」
「ええ。今から考えただけで、武者震いしてしまいます。本選で戦った方たちは、みなそれぞれの信念に従い、その強さがありましたが、あの人はなんだか別格に感じてしまいます」
「そうでしょう。なにせあの御仁は――」
「二人して私の噂か?」
店内に映える美しい金髪。今はオフなので相応の普段着を着用しているが、それでも格式高い店に通うような夜空色のドレス姿だ。
入り口から声を掛けたのは他でもないその人、レインだった。
「レイン殿!」
エルケルが目を丸くするのも当然。彼は、彼女が夜遅くに街を出歩かないことを知っている。
「なぜここにいるのか、という顔だな。良いではないか、たまには喧騒に揉まれながら食事というのも」
レインは二人に近づき、席に着く前にグランに謝辞を述べた。
「まずは、先日の潜翠のエメラルド捕縛に協力頂いたこと、礼を言う。本来はあの場でお礼を言うべきだっただろうが、事態が火急のことだったゆえに、お許しいただきたい」
「頭を上げて下さい。あの時はお互いに予選の中、忙しかったのですから仕方がありませんよ。さあ、座って下さい。少し飲みに来たのでしょう?」
グランに促されると、レインは彼を挟むように座った。
「ありがとう。私も彼と同じ物を貰おう」
カウンター越しの店員にそう言って、黒色のお茶と数品の料理を頼んだ。
「それで、二人は私の何を話していたんだ?」
「まだ何も。レイン殿がタイミングよく入って来たものだから、話したいことも話せていない状況です」
エルケルは年代物の醸造酒を口に運んで言う。
「はっ、そうかそうか。ならば私が酒の肴に少し自分語りでもしようか。このままエルケルに任せると、有ること無いこと喋られそうだ」
レインは手のひらを天井に向け、目を瞑った顔を小さく横に振る。
「私は有ることしか話しませんが」
「だとしても、今の貴様に任せたら、余計な“有ること”がいつポロリするか……」
エルケルの頬はなんだか赤く染まりつつあった。
「ちゃんと自己紹介もしていなかったな。私はレイン・エターニアと言う」
名を述べた後、レインはまじまじとグランを観察していた。
「私の名を聞いて、何も思わないか……。グランと言ったな。貴殿は何者だ?」
「私は旅人です。それ以上でも以下でもありません」
「旅人……か」
覗き込まれるグラン。探りを入れられているようでむず痒く感じるが、
「ああ、別に怪しんでいるわけではない。私の興味本位だ」
レインは笑っていた。
「グラン殿、エターニア家をご存じないですか? 王の懐刀として仕えている家系です」
まだ酔いが回り切っていないエルケルがそう言った。
図書館の歴史蔵書にそんな記述があったと、グランは言われてから思い出した。
エターニア家の歴史は深い。遡ればアルスエリア王国が建国した遥か昔のことになると、書物にはあった。主な貢献と言えば、政治の補佐や王族の護衛だが、代々必ず請け負ってきたことがある。それは、
「特にレイン殿は、王女殿下に仕える騎士なのです」
エルケルが言うように、王家の跡を継ぐ人間の教育係としての務めだ。
「そうだな。私がその任を受けたのは、ティアナ様が三歳になる日のことだ。ティアナ様は可愛い妹のような存在だ。それが、あんなに逞しくなるなんて思いもしなかったがな」
グランは、レインが恐らくはティアナの剣才のことを言っているのだろうと察した。彼女自身の言葉によれば、それを知るのはごく僅かで秘匿されるべきことだから、濁した言い方になるのは仕方ない。
「自衛の手段を持っているのは素晴らしいことだと思います」
「うん、そうだな。しかしそれでは私がお払い箱のようではないか。自立したティアナ様を毎日見ていると、私は寂しい気持ちになってしまう」
レインはグラスのお茶を飲み干し、大きくため息を吐く。
「……と些細な愚痴はこの辺にしておこう。せっかくの場だ。無礼講で行こうじゃないか。何か聞きたいことはあるか?」
料理を口に運びながら、質問を待つレイン。貴族ゆえに庶民的な店に来たことがないのだろうか、一品味わっては美味いと絶賛する。
「そうですね……。では……」
グランは店員にグラスを掲げて、ドリンクのお代わりを目配せで頼む。その後で、
「レインさんは王国騎士団に所属しているのでしょうか? エルケル殿から聞いた話によると、人材不足だとか言っていましたが……」
レインは“人材不足”と聞いてスイッチが入ったらしい。席を立つと、二つ隣のエルケルの席に向かう。そして肩を強く掴んだ。
「エルケル、貴様またそんなことを言っていたのか。人材育成はお前の仕事だろう」
「それは滞りなく行っていますよ! 第一、この半壊しかけた騎士団をここまで立て直すだけでも、相当に苦労しましたよ!」
「そうかそうか。ならばグチグチ言ってないで、引き続き騎士団を引っ張っていくんだな」
「もちろんです。だからこそ、今は人材発掘にも力を入れているのです」
エルケルの言葉は、あやふやな呂律になっている気がした。
「人材発掘だと? ……ああ」
レインはグランと目が合うと、エルケルが誰を発掘しようとしているのか察したようだ。
「なるほど、ここにいるグランを騎士団に招致するための理由作りとして、参加を促したんだな? そうだろ!」
揺さぶられるエルケルは上手く抵抗できないでいた。酒のせいなのか、単にレインの筋力が強いせいなのか。
「違いますよ」
フォローしたのはグランだ。ちょうど届いたお代わりのドリンクを受け取りながら、落ち着いた様子でそう言った。
「確かに、大会に参加してみないかと誘われはしましたが、私は騎士団に入るつもりはありません。ただ自分がどこまでやれるのか、それを測りたいだけです」
「……そうなのか。まあ、それならば何も言うことはない。それで質問の答えだが、私は騎士団には所属していない。あくまで表向きの話ではあるが」
レインが騎士団と一緒に遠征に赴いたり、モンスター討伐に参加したり、復興に貢献したりすることはある。しかし、彼女の使命は王女の騎士としてそばにいること。騎士団の任務を優先しては、それが疎かになってしまう。
「だから私は騎士団に所属することができない……というのが正確な言い方だな」
「なるほど……」
レインが騎士団に入っていれば、間違いなくエルケルは副団長の座を奪われ、それどころか彼女が団長に任命されるのが明白だ。そうグランは思っていたが、口に出すのはエルケル本人もいるのでやめておいた。
「私も少し聞いても良いか?」
「構いませんよ」
「貴殿は旅をしていると言ったが、その目的は何だ?」
今のグランにとって、その質問は急所を突かれたように重かった。何と言っても、旅をしているというその発言自体が嘘なのだから。
しかし目的はある。これから旅をするための、ではあるが。
「私はある人物を追っています。その人物がこの街にいるかもしれないという情報を得て、ここを訪れました」
前後関係がごちゃごちゃになってはいるが、さも因縁がある風を装って、物語を作り始めるグラン。
「そうか……。その旅は、貴殿にとって重要な意味を持っているのだな。一応聞いておくが、その人物というのは潜翠のエメラルドの人間ではないよな?」
「はい。私が事件に巻き込まれたのは単なる偶然、相手の一方的な陰謀だと思います」
グランは深刻ぶって頷く。
「私が追い求めているのは、もっと究極的で高位的な存在です」
「究極かつ高位な人物……か。なんだか茨の道になりそうな予感はするが……もし私に協力できることがあれば言ってくれ。この大会を経て出会ったのも何かの縁だろうしな」
「ありがとうございます」
グランはあえて召喚士と明言しなかった。レインを信用していないわけでも、怪しんでいるわけでもない。反対に、グランが怪しまれる可能性を考慮したのだ。
王室の記録内では、数百年前にその存在が消えているのだ。それに加え、記述の内容も不穏めいたものが多く目に留まった。足を踏み入れるのは慎重になるべき、少なくとも酒飲みの場で気安く尋ねて良いことではないと思っていた。
「さて、私はそろそろ戻るとしよう」
「もう帰ってしまうのですかぁ?」
エルケルは久しぶりに口を開いたかと思えば、酩酊状態だった。
「エルケル、私たちは明日試合だ。……よくもまあここまで酔ったものだ。それに、姫様に適当に言い訳してここまで来ているからな。早く戻らねば、私が説教を食らってしまう」
「それならば、今すぐに行かなければですね」
「ああ。グラン、明日はよろしく頼む」
「こちらこそ」
手を握り交わすグランとレイン。その佇まいは古くからの戦友のようだった。
酒場を後に、足のふらついたエルケルと別れ、無事に帰れただろうかと心配が過りながらもグランは客室の扉を開ける。翌日に備え、無駄なことは考えずにすぐに床に就いた。




