Tale a7 剣術大会-本選-(1)
王都の暗い一室。燭台のろうそくが不気味に揺らめいている。
一人の男が窓のカーテンから夜の街並みを覗いていた。
「ふん、ハザードは予選敗退か。事を盛大に荒立てた上に失敗するとは……。あの騎士が勝ち上がると中々に厄介そうだが、まあ良い。まだ駒は残っている。そうであろう?」
男が振り返ると、その部屋にはもう一人の男がいた。ただでさえ暗い室内で、彼は顔を隠していたから素性は不明だ。
その男は無言で頷いた。
「お前のやるべきことは変わらない。剣術大会を勝ち抜き、そして“脈”を操れる人間を見つけ出せ。分かっているな?」
男は再び頷く。
彼が部屋を後にすると、その主人は再びカーテンを覗いた。
(エターニアの家に潜伏して早三年か……。人目を盗んで見つけた手掛かりから推察するに、パーツがこの王都内にあることは確か。必ず見つけ出してみせよう)
男は大きく息を吐いて、ろうそくの火を消した。
一日の休養日を挟んで、剣術大会は本選へと移った。
いつもの中央広場で、命運を分けるトーナメント表の発表だ。
六十四個のブロックそれぞれからの勝者によって織りなされる本選。シード枠を除き、改めてシャッフルされてトーナメントが構築される。
本選トーナメントをシードのいる場所ごとに四つに分離するならば、グランは第四シード帯に振り分けられた。
もちろん昨年覇者のレインは第一シード。勝ち進めば、グランは準決勝で彼女と当たる。
「いやぁー、グラン殿、良い所に入りましたね」
「そうなんですかね……。そちらはどうですか?」
一方、エルケルは第二シード帯に振り分けられている。そのシードと言うのが、
「強敵揃いですね。特にシードのザルバがね……」
「ザルバ?」
「昨年の決勝でレイン殿と当たった選手です。彼は我流剣術の使い手で、特定の型がないために相手取った選手はみな苦戦したようです」
苦戦した結果敗北を喫したのだから、我流であれ腕は確かなのだろう。
「そこまでの相手ですか……。そんな選手に一泡吹かせたエルケル殿と剣を交えるのが楽しみになりますね」
「おっと、もう既に決勝の話ですか? グラン殿は気が早いなあ!」
「そうなると嬉しいって話です。実際、エルケル殿と打ち合ったことはまだありませんし」
「言われてみればそうですね」
グランはエルケルと知り合ってから、会う時は毎日顔を合わせるが、大抵は会話か食事にとどまっていた。
「では、それは決勝までのお楽しみということで。そろそろ行きましょうか」
「はい」
グランは頷き、エルケルと闘技場の観客席に向かった。
本選の舞台となる中央闘技場。グランの試合もエルケルの試合も当分先だ。
初戦のレインの試合。応援するわけではないが、敵情視察の意味も込めての観戦だ。
「レイン殿の相手は団員ですね」
「団員と言えば……」
グランは先日の第二修練場での泥試合を思い出す。
「予選でのエルケル殿が凄く印象に残っています」
「それは褒めているのか貶しているのか、どっちなんでしょうかねえ」
「それは……想像にお任せします」
気の置けない間柄に近づいた気がするのは気のせいではない。二人は一様にそう感じていた。
「さあ、始まりますよ」
エルケルが視線で促した後、始めの合図が掛かった。
対戦者二人は真正面から剣を打ち合っている。意外にも、勢力が均衡していた。
「あの団員、中々やりますね!」
グランは試合に目を惹かれていた。
団員はレインのスピードについて行けている。それどころか、レインが険しい表情になっているのは、それだけ本選のレベルが高いからなのか。
「そう思うでしょう? ですが……」
エルケルがそう言いかけると、戦況は一変、
「彼は体力がないんです。予選を勝ち上がれたのは、短期決戦を仕掛け、それが功を奏したからでしょう」
団員は息を荒くし、よろけ始める。
「なるほど。レイン選手にその作戦は通用しませんね」
エルケルはただ頷いた。
団員は息を整えるため、距離を取ろうとした。しかしその一瞬の無駄な動きさえも、レインは見逃さない。
「そこだッ!」
レインの剣が団員の鎧の手甲部分を狙い澄ましたかの如く打ち砕いた。
これは言うまでもなく、レインが一本を取った証だ。
「勝負そこまで! 勝者、レイン選手!」
観客が拍手喝采を送る。
「鎧を壊してしまってすまない。もし望むのなら弁償させて貰おう」
「いえ……。同意の上の参加です。対戦ありがとうございました」
礼をして団員は去って行く。負けたが、満足そうな笑みを浮かべていた。
レインの他人への気遣いは、対戦者を清々しい気持ちにさせ、さらには彼女自身が人気である要因の一つだ。
「まあ彼女は確実に勝ち上がってきますよ。そう言えば、グラン殿の初戦の相手は誰なのですか?」
「確か、アシュラって言う人だったと思います」
「その方は結構実力者ですよ。大会参加者にしては珍しい、二刀流剣術の使い手です」
「二刀流と聞くと、圧を感じますね」
「グラン殿を不安にさせたいわけではないですが、その通り、アシュラ殿は攻めに特化した戦闘スタイルです。毎年ベスト十六には入るんですよ」
「それは楽しみだ」
グランは真面目な男だ。たとえ難敵と当たろうが、ハズレくじを引かされたとは思わない。
「まあ、グラン殿ならば勝てない相手ではありません」
「全力でぶつかって駄目ならば、それは私の実力不足なだけです」
「ここから応援してます。試合までここで観戦しますか?」
グランは答える前に立ち上がった。
「少し、気を落ち着けて来たいと思います」
「了解です。では、ご武運を」
エルケルの差し出した手を力強く握ると、グランは一旦闘技場を出た。
少し歩いて、並木道に並んだベンチの一つに腰掛ける。
ちょうど開花の頃で、濃淡豊かなピンクの花が咲いており、道を挟むように広がる透き通った大池には尾ひれの長い魚が遊泳している。
だからデートスポットになっているのか、グランの周囲にはそれらしきカップルが数組、誰にも邪魔できない時間を過ごしていた。
彼らは大抵剣術大会など知らぬという顔をしていて、世間は一緒くたではないと、そこに座っていると実感した。
「そろそろ時間か。……行くか」
深呼吸の後にグランが立ち上がったその瞬間、
「あ、あの!」
その声が彼を引き留めた。
「私……ですか?」
「グラン選手ですよね?」
相手は淡い赤髪をヘッドバンドで纏めた年頃の女の子。剣術か武術か、何かしらの鍛錬をしているのか、一本の芯が入ったようにビシッとしており、体も頑丈そうに見える。
「そうですが……」
「あの……予選見てました。王女様を守るそのお姿、とてもカッコ良かったです! だからその……」
女の子はモジモジしてから、
「サインを下さい!」
まるで意中の男性に告白する勢いで、勇気を振り絞ってそう言った。
グランは一瞬だけ硬直したが、
「いいですよ」
笑って聞き入れた。
やったぁと、道の真ん中で両手を挙げて喜ぶ女の子。すかさず、装着していたヘッドバンドを取り、そこにサインするようにお願いする。
「ここでいいんですか?」
少し書き辛そうに感じたものの、女の子は頷く。彼女の持っていた太めのペンを借りると、何を書こうか悩んだ。
その結果、聖剣のデザインを参考に、デフォルメされた剣を描き、その傍らに『グラン』の名をこの世界の言語で刻んだ。女の子ならば、多少可愛いデザインが良いのかと思ってのことだ。
「わぁ……! ありがとうございます! ……これから試合ですか?」
「はい。今から向かうところです」
「私も応援に行きます! 頑張って下さい!」
そんなファンからの熱いエールを貰った時だ。
「おうおう、実の父を差し置いて相手を応援すんのか?」
女の子の背後から、中年の髭を生やした男が近づいて来た。
「お父さん!? 先に会場に行ったんじゃなかったの?」
「お前がどこほっつき歩くのか心配で見に来たんじゃねぇか。ま、そんなことよりもだ……」
男はグランを指す。
「こんな風雅な場所で顔合わせできるとは光栄だ。聖騎士グランさんよぉ」




