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Tale a6 卑怯な差し金(5)

 北の洞窟周辺で、


「ほ、本当にこの先にいるのですか!?」


 茶色の馬を走らせるのはエルケル。


「私の情報網に抜かりは無い。晩飯一回分賭けても構わないぞ!」


 エルケルの先を走るのは、白い馬に跨ったレイン。高らかに叫んでいるのは、この乗馬を楽しんでいるからなのか。


「ほーら、ユリのお友達が見えて来た」


 ユリというのは、レインの馬の名前だ。そしてその友達、もとい血の繋がった姉妹が、洞窟前に待機しているティアナの愛馬ルチェだ。


 二人が馬を止めたその後に、四人は示し合わせたかのように邂逅した。


「姫様!」


「ちょうど良いタイミングで来てくれましたね、レイン」


「グラン殿、無事で良かった」


「エルケル殿……」


 グランは申し訳なさから頭を少し下げた。


「中で何があったかは大体想像がつきます。後は私たちにお任せを」


「ええ。頼んだわ。それじゃあ行きましょう、グラン選手(・・)


 ティアナはグランの手を引いた。


「貴殿はこの馬を使え」


 そう言ってレインが手を置いたのは、茶色いエルケルの馬だ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私に歩いて帰れと?」


「事実それしか無いだろう」


「ええ……」


 馬は三頭しかいない。グランは急ぎの身。合理的な判断だと分かってはいるが、エルケルは唖然としていた。


「エルケル殿、お借りします」


「え、ええ。どうぞ」


 乗馬の経験はないグラン。馬に乗った姿は様になっているような、どこか違和感を感じるような。


「さあ、行きますよ」


 ティアナが鞭を打って愛馬ルチェを走らせる動きを真似して、なんとか出走に成功する。


「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」


 体が揺られるのが安定した頃、グランは恐る恐る尋ねた。


「なにかしら?」


「先ほどの尋問の時のことです」


「尋問?」


「恐怖が剣に宿れ、とかいう奴です。あれは一体……」


 他言無用と口止めされたことを深く掘りたくなってしまうのは、何かの性の現れなのだろうか。


「ああ……。私は幼い頃から剣術の才があるみたいで、それをお父様やお母様に褒められるのが嬉しくて、ずーっと剣の稽古に没頭していました」


「王女という身分で剣を振るうというのは、そうそう見られる光景ではないですね」


「ええ。だから私のことを良く思わない人も周りには多くいて、一時は野蛮姫などと罵られたこともあります」


「……」


「そして極め付けは私が十五になってから目覚めた力です。あなたが見たように、私は剣に感情を込めることができます。……もっと分かりやすく言えば、斬った相手の感情を支配する、そんな力です」


「感情の支配……」


 グランは納得せざるを得なかった。しかとその目で、効力を観察したのだから。


「それからは、元より抱かれていた私への嫌悪はより強いものとなりました。もちろん、このことを知るのは城の中でもほんの一握りなので、一般の民たちは知りもしませんが。……気味が悪いと思うでしょう?」


 ティアナは笑いながらグランを覗く。


「そんなことはありません。少なくとも、あなたは私を助けるために危険を冒してまで一人で来て下さった。そして悪事を暴くため、あなたは恐怖の感情を借り受けて、相手を洗脳した。私が見たのは、そんな(こころざし)立派なお姿です」


「志が立派……」


「はい。これは私の想像でしかないのですが、王女殿下は城内というとても小さな環境で過ごされて来たのではないですか? 王女殿下が少数の大人の嫌悪に耐えて来たというのも立派なことだと、平民の身分の私は思います」


「……本当ですか?」


「その力は醜い物なんかではない。使い所を理解しているからこそ、あなたに相応しい力ですよ」


「……そんな風に言われたのは……初めてです」


 ティアナの頰を涙が伝い、風に吹かれて流れて行く。


「な、なにか気に触ることを言ってしまいましたか!」


「いいえ。この涙は、私の本心からです」


 涙を流しながらの笑み。グランもその喜びの感情を感じ取っていた。


「良かった……」


「安心するのはまだ早いです。これからが勝負ですよ」


 王都は目前だった。


「グラン選手は先に闘技場に急いで下さい」


「はい!」


 馬屋に馬を入れると、グランは走り出した。二回も諦めはしないと心に誓って。


 闘技場に着いた時、聞き覚えのある声が聞こえた。


 実況席の女性が流暢に言葉を届けていた。選手の名をタイミング良く叫んでおり、観客もそれに合わせて沸いている。夕日が差しても、戦場は慌ただしそうだった。


 やはり予定の試合はグランの負けで処理されたらしい。


 現行している試合の終了を待つ中で、グランはこの後はどう動けば良いのか、考えてみたら何も聞かされていない。


 どうやって不正を告発する。そもそもハザードはどこにいるのか。急に不安が入り混じるが、


「さあ、続いての試合は……。えっ、あなたは……ちょ、ちょっと!」


 実況席が騒がしくなる。その原因は、拡声器魔道具を独占したティアナだ。


「大会審査委員長のティアナです。私から皆さんにお願いしたいことがありまして、参った次第です」


 乱れた呼吸を整えて続ける。


「既に終わった第四十九ブロックの決勝戦について、その再試合を要請します」


 会場からなぜ今更と野次が飛ぶ。


「その試合において、不正の疑いがあるからです。ハザード選手、このアナウンスがもし聞こえているならば、競技場までお越し下さい」


 なお、闘技場、もっと広く言えば王都はティアナの命令により、騎士団員が封鎖している。ハザードは逃げられない。


「グラン選手も競技場までお願い致します」


 グランはティアナが描くシナリオに身を預けた。


 そしてハザードは現れた。相も変わらず澄ましたような顔だ。


「あの試合は私の不戦勝という結果のはずだ」


 口を開き、不服を言いたげなハザード。軽々しいトーンで、人を外面で判断するなとはよく言うが、彼が盗賊団の一人と言われればイメージが合致する。よく見れば、彼のターバンは盗賊団員たちの物と似通っているではないか。グランは心の底から怒りが湧いてきた。


「ええ。それはあなたが、ここにいるグラン選手を罠に陥れたからです」


「罠に陥れた……。でも証拠がない。そうでしょう?」


 確信犯のような笑みで、グランとティアナは覗かれる。


「証拠? 真っ黒な証拠ならありますよ」


 ティアナは得意気に続ける。


「北の洞窟には今頃、騎士団が到着しているでしょうね。お頭の命令で動いていた彼らは無残な姿を晒していますよ」


 その時からハザードの様子は変わった。危険を察知したように腰を引いていた。


 だから釘を刺した。


「逃げても無駄ですよ。王都は騎士団に封鎖されています。潜翠(せんすい)のエメラルドのリーダー、ハザード!」


「チッ……」


 表向きのリーダーは洞窟で尋問した男らしい。ハザードは影で指示を出す、中々の隠密派だ。


 すなわち自身がリーダーであることが割れたことが、決定的な証拠だと悟ったのだ。


「王族の娘がゴチャゴチャとうるせえッ!」


 ハザードは両手にダガーを持ち、ティアナに襲い掛かる。


 ティアナは身構えるが、剣で応戦しようとはしない。グランに励まされはしたものの、彼女は大衆の前で剣を振ることを、未だ躊躇っていた。


「……ッ!」


 ――ハザードの刃は届かなかった。


 グランが間に割り込み、盾を突き出していたからだ。


「王女殿下に傷は付けさせない! 【聖なる輝盾(セイントシールド)】!」


 聖盾の複製体が弾丸の速度で、ハザードを壁際まで押し込む。


「ぐぅわぁあああッ!」


 後頭部を強く打ちつけたハザードは気絶した。


 そして状況を把握しきれていないだろうが、観衆が王女を守った騎士を讃えた。これまた見事な手のひら返しだとグランは思ったが、特別気には障らなかった。


「お怪我はありませんか?」


「ええ。ありがとう」


 ハンカチで冷や汗を拭き、ティアナはグランを連れて競技場の中心に立った。


 身長差ゆえに腕を掴んで上げることは敵わなかったが、凛とした態度で言い放つ。


「勝負そこまで! 勝者、グラン選手!」

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