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Tale a6 卑怯な差し金(1)

 エルケルとグランは医療区に駆け込んだ。


「腕、治って良かったですね」


「いやー、大事にならなくて良かった! しかし、なんであんな風に曲がったんでしょうか?」


「それは……無我夢中だったからでしょう」


 グランは苦笑いしかできなかった。


「ところで、もうすぐグラン殿の試合の時間ではないですか?」


「あと一時間はあります。大丈夫です」


「私のくだらない怪我に付き合ったせいで不戦敗になってたら、私はどうお詫びしようか……」


 エルケルはそうなった事態を脳内でシミュレーションしていたのか、頭を抱えて慌てふためいた。


「自己管理は得意な方です。エルケル殿が懸念することはそうそう起きませんよ。しかし……少し気を落ち着けたいです」


 自分の試合がもうすぐと自覚すると、動悸が逸った。


「ならば私は邪魔でしょう。ここで別れましょう」


「ありがとうございます」


 商業区と医療区の境目で、二人は別れた。


(……さてどうしようか。予選といえども次は決勝だ。相手が誰かは確認した方が良いか)


 グランは、試合状況が逐一更新される中央広場に向かった。


 彼と同じ考えか、数名の選手が掲示板を眺めていた。


「対戦相手は……ハザード……というのか」


 誰であるかは分かりようがない。ということはなく、自分のブロックの選手のマークはしていた。


 ハザードは目つきの悪い野盗風の男。頭を緑色のターバンで覆っているが、手入れを怠ったボサボサ頭は誤魔化せない。雑なターバンの巻き方から、隙間から跳ねた髪の毛が垣間見えるのだ。


 そして首には緑の厚手のスカーフ。よくも暑くならないなという感想しかグランは浮かばないが、彼が勝ち進むとは思っていなかった。


 ハザードの戦い方は見た目通りに荒っぽい。力技を駆使するようだ。


 しかし実際事を構えるとなると、グランにとって難敵となりうる要素があった。


 それは彼の使用武器が短剣であること。手数が多くなりやすいのだ。


 彼のスピードについていけるか。それが予選決勝戦での勝敗を分ける要因だと分析していた。


「弄ばれないといいがな」


 まるで他人事のようにグランは笑う。そして肩を落とす。


「大丈夫かな……。まあ、防御に徹して隙を待つのも一手か」


 戦いの方針を決めたその時。


「ん?」


 グランは視線を感じた。その発信源を見回して探るが、誰もいない。


 いや、彼の付近に人はいるが、もっと遠くから感じていた。


「気のせい……か。そろそろ控室に入れる頃だな」


 時計塔を見上げると、試合開始前の三十分前だった。余計な心配が駆り立てられそうなので、グランは急ぎ足で会場に向かうことに。


 グランは予選で少し有名人になっており、街中でサインを求められることもしばしば。


 そんな敬服や応援の眼差しならば大歓迎なのだが、異質な視線がやはり混じっているようだ。


 まるで監視されているかのように。


(この視線はどこから湧いて来る……?)


 答えは見つけ出せなかった。今は商業区にいるため、人口密度が広場にいる時より高いからだ。


 命を狙われでもしているのかと最大に警戒したが、大闘技場に辿り着くまで何も起こらなかった。


 最初に感じた視線が気のせいで、それを強く信じたことによる被害妄想だったのか。


(余計な心労は掛けるべきじゃないな)


 グランは自らの、ここぞという時の心の弱さを嘆いた。


 一人でいるとボロが出そうだ。誰でもいいから隣にいてくれることで、グランは自らを律し、強くあろうとするタイプの人間なのだ。


(さあ、行こう)


 深呼吸をし、闘技場内に入ろうとするが――。


「……なんだ?」


 今度は気のせいではなかった。


 物陰で抵抗する少女が一人と、彼女の口を塞ぎその奥へ奥へと引き摺り込もうとする男が一人。


(おいおい、誘拐か? この大事な時に……)


 グランはその男と目が合った。すると男は慌てた様子で、さらに強く少女を掴み始める。


 目撃しているのは、誘拐現場で間違いなかった。


 男は逃げるように遠ざかって行く。


(どうする……)


 グランは眉根を寄せ、闘技場と男の消えた方を交互に見る。


「……仕方がない」


 そして闘技場に背を向け、建物群へ走った。






「どこに行ったんだ……」


 必死に探し回ったが、グランは男を見失っていた。決断がもう少し早ければと内心嘆く。


 今ならまだ試合に間に合う。知らないふりをして戻れば良いという、悪魔の囁きには耳を貸さずに捜索を続けた。


 誘拐犯が主要通りを堂々と歩くはずがない。もう一度、建物が林立する場所に向かった。


「……あっ」


 曲がり角を何回か曲がった時、見覚えのある風貌の男がいるではないか。


 男も目が合うと、目を丸くして硬直した。


「待て!」


 入り組む路地で始まる追走劇。地の利は相手の男に軍配が上がるだろう。グランはそれでも彼を見失わないように食らいつく。


 彼には途中、気になることがあった。


 男が少女を連れていなかったことだ。


 しかし男を捕らえれば自ずとその疑問は解決されると信じ、グランは走り続けた。


「行き止まりか……」


 行き着いた先で、街を囲む高い壁がグランの前にそびえていた。


 相手は逃げられまいと、心に少し余裕ができたのも束の間。


「おい、止まれ!」


 グランは壁を見上げる。


 街壁に引っ掛けたフックから垂れるロープを、男は登っていた。


 男は壁を上り切る寸前だった。そのため牽制もできず、ロープは男にナイフで切り落とされた。


「あいつ、まるで俺を待っているような素振りだったな」


 その予想を支持するかの如く、男がいた壁の頂上から紙切れが風に舞われて落ちて来た。


「なんだこれは。……『北の洞窟まで来い』だと? 随分と簡素な招待状だな」


 グランはため息を吐いてから検問所に向かった。


 ここまで関与したならば、投げ出す選択肢はなかった。






 一方、グランが誘拐犯と鬼ごっこをしている頃。大闘技場ではグラン対ハザードの試合があと数分で始まろうとしていた。


(グラン殿の試合、楽しみだな)


 グランの公式試合を初めて見ることに胸を膨らませていたエルケル。


 彼の正面上階の賓客の席では、


(もうすぐね)


 注目している男の活躍に期待を寄せる女性。


 グランの有事を知らぬ者たちが、その登場を心待ちにしていた。

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