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Tale a5 剣術大会-予選-(4)

 グラン対ベンゼルの試合が始まった頃のことだ。


 大闘技場の上階にある、賓客の席に座す女性の後方。彼女を護るように配置された騎士団員が、一人の行く手を阻む。


「困ります! こちらはお客様が来る場所ではありません!」


 昼間から酒に酔いしれた一般客でも紛れ込んだのかと、賓客たちは騒々しさに目を瞑りながら試合を見物中だ。


「私はここに来てはいけないような身分なのか?」


 そう言われてから、騎士団員は女性の顔を覗いて引き締まった表情になる。


「こ、これはレイン様! ご無礼をお許し下さい!」


 頭を深々と下げる騎士団員に何も言うことなく、レインは賓客の中に紛れ込んだ。


「あらレイン、またいつもの茶番ですか?」


「茶番とはまた大層なご戯れを。それでは彼らの対応が“わざと”のように聞こえますが」


「彼らとて私を護衛する任を受けてここにいるだけのこと。決して責めないであげて下さいね」


「もちろん分かっていますよ。ところで、大会をお楽しみになっていますか?」


「そうね……。まだワクワクが足りないわ」


 賓客の席に座る女性は、頬杖つきながら答える。


「そもそも、あなたたちの試合が短すぎるのよ」


「それは……仕方のないことでは……」


 なぜ仕方がないか。それに関してレインは明言しない。


「あなたの相手を(おもんばか)る気持ち、私はとても大好きです。まあ、大会に関しては今後に期待しておくわ」


「気になった方はおられましたか?」


「まるで狙ったかのような質問ね」


 女性はクスクス笑いながら、目線を闘技場のど真ん中に向ける。


 そこではグランとベンゼルが戦っていた。


「あの白い騎士。私は彼が気になるわ。……それはあなたも同じでしょう?」


「まあそれなりに。彼は確実に上がってきますよ」


「私もそれを望んでいるわ。……あっ」


 女性はレインを見上げると、残念そうに笑った。


「もう終わっちゃったわね」


「白い騎士の相手、ベンゼルは予選の決勝まで勝ち上がる程度には実力がありますが、彼に悪足掻きもさせずに勝ってしまうとは……。これは番狂わせが起きそうです」


「ええ。あなたも狂わせられないようにね」


「……肝に銘じておきます」






 賓客の席で自分が話題になっているとも知らず、グランは控え室に戻り、しばしのクールダウン中だった。


「あと一勝で本選……か」


 グランの胸は高鳴る。勝ち進むにつれ、確実に手応えを感じていたからだ。


 目標云々を抜きにしても、自分はこの先に待つ試合を楽しむことが十分できるだろうと、大会参加を決めて良かったと改めて思う。


「予選の決勝戦は確か……夕方辺りだったな」


 二日目の総試合数は一日目の半分以下なので、猶予時間はたっぷりある。


「ちょっと他の試合観戦にでも行くか」


 そう言って、昼食を取ってからグランが目指したのは第二修練場。第三ブロックを筆頭に試合が行われている場所だ。


 修練場は大闘技場と比べて味気なく、本当に修練するためだけに広さだけが十分に確保された石造りの建物と言えた。


 特に観客席と呼べるものがない。それどころか、安全のための施策がないので観客が入る余地がなかった。


 修練場での試合は選手二人と審判一人。彼らが奮起しているのを想像すると、グランはむなしくなった。敗者は大闘技場に立つことも敵わないのだから。


「確かここで……」


 周囲にそれらしき人影がないか探す。その途中、肩を掴まれた。


「おお、グラン殿! 進捗は如何ですか?」


「夕方まで決勝戦待ちです。エルケル殿こそ、調子はどうですか?」


「私はちょうどこれから決勝です。あまり観戦に適した場所ではありませんが、どうか見届けて行ってください」


「ええ、応援してます。ちなみに相手は?」


「ああ……」


 エルケルは視界の隅にその対戦者を捉えた。大声と身振り手振りでその人物を呼ぶ。


 引き締まった顔に、筋肉の付いた男だ。見ればエルケルと格好は似ている。


「こいつは私の一番弟子……みたいなもんでしてね」


 グランは、エルケルの一番弟子と言われた騎士団員と挨拶を交わす。


「なるほど、師弟対決ですか……」


「そんな所です」


 恥ずかしがっているエルケル。鎧を突かれ、


「そろそろ始まりますよ」


 と弟子に釘を刺されると、


「それじゃあまた後ほど」


 そそくさと修練場へ駆け込んだ。


 試合中、修練場はその大扉が解放されている。だから試合の様子は扉の開いた真正面からしか見物できない。


 何人か立ち見の客がいたので、グランもその一人となった。


(そう言えば、エルケル殿の戦う姿、まともに見てなかったな)


 とりとめのないことを考えている間に、試合は始まった。


「いざ、尋常に!」


 エルケルは真正面からぶつかりに行く。彼らしいと言えばその通りの戦い方だ。


 弟子騎士団員はその剣を受け止める。地力の差なのか、彼は押され気味に見えた。


 グランはその様子を見て安心した。彼も二戦目は騎士団員と剣を交えたが、それ以外は意味のない一戦目と魔術を使われた三戦目だ。剣術大会の形は派生しようが、原形はここにあるべきだと思った。


「腕を上げたか……」


「そりゃあ毎日鍛錬してきましたからね!」


 睨み合う二人。


 弟子騎士団員は力を込めてエルケルの剣を押し返す。その勢いのまま体重をエルケルに掛けた。


「なる……ほど。少しは……張り合えるようになったみたいで嬉しい……ぞ!」


 エルケルは両手持ちしていた片方の手を放す。それでも弟子騎士団員の押し潰しに耐え、震えながらも片手の拳を鳩尾(みぞおち)目掛けて放った。


「……っ!」


 勢いに負け、弟子騎士団員は目を剥きながら数歩後ろへよろける。


「だが、まだまだだ。本選への道を開けてやるわけにはいかない」


 エルケルは副団長らしく、いや、師匠らしく弟子の前に立ちはだかる。


(エルケル殿、楽しそうだ)


 グランには遠目からでも分かった。エルケルが生き生きとして剣を振っているのが。


 しばらくは師弟で剣を打ち合っていた。時々、弟子騎士団員が隙を晒しかけるが、彼は態勢を整えるのが早く、それが試合の膠着化を招いた。


 最初は興味本位で見物していた観客も次第に離れて行くが、グランは見届け続けた。


「お前のしぶとさ、相手をしているとうんざりして来るぞ!」


「副団長から教えられたことです! いかなる時も諦めるな、と!」


「そうだったな!」


 二人の剣が再び拮抗する。


 これを制したのはエルケル。荒い叫び声と共に、弟子騎士団員を押し倒すまでに至った。


「終わりだ」


 エルケルは剣を垂直に突き立てようとした。


 審判も、そこまで、と言いかけたが――。


「まだ終わりじゃ……ないですよ」


 咄嗟に体を回転させ立ち上がったかと思えば、今度は宙を回転しながらエルケルを絡め倒した弟子騎士団員。


「しまった……」


 柔道の寝技を掛けられたように、エルケルが藻掻いても簡単には抜け出せない。


「お前の十八番の体術にやられるとは……」


「副団長にはない、俺の強みですから」


 エルケルは強く締め上げられている。


 グランは勝負あったと思っていた。体が拘束され、剣も触れない状態のエルケルに打開策はないと思っていた。


 その時が来るまでは。


「俺はお前の師匠だ。弟子に負けてやるわけには……まだいかない」


「……!?」


 弟子騎士団員の背中に、いつの間にか腕が回されていた。


「さあ……反撃の時間だ!」


 今度は弟子騎士団員が強く締め上げられる。


 エルケルの関節が変な方向に曲がっているが、本人は気にもせず必死だ。


「いいい、いだいいだい! ごうさん!」


 泣き顔になった弟子騎士団員から発された濁った“降参”の一言で試合は止められ、エルケルが勝利をもぎ取った。


「お手合わせありがとうございました。……でも副団長、酷いです」


 弟子騎士団員はまだ半泣きだった。


「あそこから巻き返す方法があれしか思いつかなかった。強引になったのは……許せ」


「まあいいです。訓練中はよくあることでしたし……」


 弟子騎士団員はもう一度お辞儀をすると、修練場を去った。


 そして入れ替わるように、


「エルケル殿、お疲れ様です」


 グランがエルケルを労いに行く。


「グラン殿! 私の雄姿、見ていただけましたか?」


「まあ雄姿ではあったのでしょうか。なんだか後半は泥仕合でしたが……」


 苦笑いしながらのグランは気に掛かっていたことが一つ。


「それよりもエルケル殿……」


「なんでしょうか?」


 エルケルは平然としているが、


「その腕、早く治した方が良いのでは?」


「えっ……?」


 勝利の慢心から鈍っていたのか、右腕に視線をやると、


「な、なんじゃこりゃぁああ!」


 百八十度回転し、あらぬ方向を向いた手のひらに驚嘆した。

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