Tale a5 剣術大会-予選-(3)
ハインツは接近中のグランを前に、微動だにしない。それよりも、どこを見ているのか。
「皆さん、見ていて下さい。このノーチェルの最後の砦である俺が、華麗に勝利を収めてみせましょう」
観客席の一端で、そんな彼を応援する――いや、睨み付ける者がいた。
二人はハインツの同僚冒険者の男組。
「ハインツ、大丈夫かなー」
心配する素振りだけ見せて、声色は全く平坦だ。もう一人の男は何も言うことなく、目下の戦場を眺めている。
そしてもう一人は艶やかな髪を提げた、大人びた雰囲気の女性。品の良い調度品を身に付けている。
「珍しくハインツがやる気になったようですが、あれでは……」
彼女から見れば、ハインツは未だ戦闘体勢には入っていない。まだ名乗りを上げている真っ最中のようだ。
「はぁ……」
女性が深くため息をついて立ち上がる。
その直後、闘技場の中央からは、
「そこまでっ!」
凛々しい声が響いた。
「勝者、グラン選手!」
「あららー、負けちゃった。まあ、いつも通りのことか」
男の一人は残念そうに言う。またも上辺だけだが。
「って言うかあいつ、なんで参加したんだよ」
先ほどは黙っていた男は試合結果を鼻で笑った。
その疑問は観客全員が抱いたことだろう。
男二人で面白おかしく笑っている一方で、女性は背を向ける。
「あれっ、マグノリアさん、どっか行くのー? 観光? 俺たちも連れてってー」
男は調子良さそうに、ノーチェルの冒険者ギルドの職員であるマグノリアに尋ねた。
「観光? 私は帰るのです」
次の瞬間、怒りを仄めかした睨みが男二人を襲う。
「完全に無駄足でしたからね。あなた方もふらふらとしてないで、早く帰って来てください。それと……」
「「それと?」」
「ハインツには覚悟していろとお伝え下さい。……分かりましたか?」
二人の前には今、鬼が顕現した。逆らえないオーラを纏った、いと恐ろしき女帝に昇華しそうだ。
「「は、はいーっ!」」
気圧され、遠ざかるマグノリアにペコペコとお辞儀を繰り返すのであった。
一時の修羅場と化していたことを露も知らない、ハインツを取り巻く環境は、
「勝った……のか?」
予期していたことが何も起こらず、一方的に勝利を収めたことにグランが唖然としている最中だ。
「やれやれ、負けてしまったようだ」
何もしていないのだからそりゃ負けるだろと言ってやりたい気持ちを抑え、グランはハインツに尋ねる。
「あなたはなぜこの大会に出場したのですか?」
「街でたまたま貼り紙を見たからかな。……それと、俺の雄姿を多くの人に見てもらうためさっ!」
「はぁ……そうですか……」
深い意味があるとは思えず、グランは考えるのをやめた。
しばらく休憩を挟み、第二回戦の相手は王国騎士団員だった。
ハインツと比べれば、まともな試合が繰り広げられた。それでも実力差は歴然としており、結果としてはグランの圧勝。
観客はグランのことを格好良いとか、何者だとか、そんな話題で持ちきりだった。
そして、大会二日目に巡って来た予選の準決勝。次の相手はやや強敵なのか、その登場と共に歓声が沸いた。
相手の名はベンゼル。実況の女性の解説によれば、腕利きの魔術師らしい。
しかしこの大会は“剣術”大会。言葉の如く、参加者は必ず剣を交えて戦わなくてはならない。
どうやらベンゼルは試合中に剣は使うものの、魔術の術式を剣に付帯させて戦うという、変則な手法を取るらしい。
これまた戦術がギールと似ていると思ったグランにとっては別段驚くことでもなかったが、ストラティアでは高等技術なのか。観客たちの予想レースは古株のベンゼルと新参のグランできっぱり割れた。
「両者、準備は良いか?」
審判に頷いて返すと、間もなく開戦の合図が。
「では、始め!」
グランの作戦は始めから決まっていた。
短期決戦だ。
距離を取るという選択は万に一つもなかった。それは、剣術大会の規則に理由がある。
剣術大会においては剣の使用が必須。より厳密に言えば、メインウェポンは必ず剣でなくてはいけない。
すなわち、火炎を飛ばすことや雷を落とすことなどの、純粋な魔術での攻撃は禁じられているのだ。
だからこそベンゼルはわざわざ剣を振らなければならない。
(相手は未知数。まずは探り探りといきましょうか)
「【攻撃付与・猛炎】」
ベンゼルが翳した左手は、右手に持つ細剣に赤い光を灯す。その光が弾けるように煌めくと、刀身が炎に包まれた。
そして剣の軽さを活かして空を斬る。その方向に波状に炎が飛び、グランを襲った。
「……!」
グランは咄嗟に聖盾を前方に構えて炎を防いだ。
(なんだと!?)
グランは審判員を一瞥するも、試合の動向に注目している。
(今の攻撃は剣による攻撃と言うよりは、魔術で炎を発生させたという認識が適切なはず……)
試合中に剣を振ってさえいれば、いかなる攻撃方法も許されるらしい。確かに多彩な攻撃手段により試合風景は映えるだろうが、グランが想像していたものとは違った。
しかし作戦を変えはしなかった。
ベンゼルの戦法が正当化されるのならば、なおさら距離を取るわけにはいかない。
(まずは俺の剣が届く距離まで行かなければ。……いや、待てよ……)
グランは視線を聖盾に落とす。そして不敵に笑った。
(相手がその手を使い、容認されるのであれば“俺も甘い蜜を吸わせて貰おう”)
「【聖なる輝盾】!」
前方に突き出した聖盾から、全く同じ見た目の盾が生成された。その色彩は半透明で、それが偽物であることは一目瞭然であるが――。
「おおっと! グラン選手、大技か?」
実況席から、はつらつな声が響き渡る。
【聖なる輝盾】の特徴は、全く同じ性能の聖盾を任意の大きさで生成することができる点にある。
グランの身長を超える大きさの複製体が、真っ直ぐベンゼルに向かった。
(得体の知れない魔術……。いや、魔術なのか? とにかく……)
思惑するベンゼルは同じく魔術を付与する態勢を取り、
「【防御付与・土壁】」
黄土色の光を纏った細剣を地面に突き刺すと、前方に進路を妨害するように土の壁が競り上がった。
それも一瞬のことで――。
「チッ……!」
土壁は無残に崩れ、勢いを増した聖盾の複製体に、ベンゼルは身を押される。
(この盾……想像以上に堅い! まずい、このままでは……)
ベンゼルが後ろをチラ見する。
その先は闘技場の壁。何もしなければ、両側からの圧力で潰される。
(抜け出さなくては……)
必死に踏ん張った結果、ベンゼルはぺしゃんこにならずに済んだ。しかし肉体派でない彼は息を切らす。
「どうも」
ベンゼルが抜け出した先。
そこにはグランが笑顔で待ち構えていた。
息を切らしながらベンゼルはグランのそばで輝く刃を見つめる。
「そこまで! 勝者、グラン選手!」
剣を振らずして収めた勝利。観衆はグランのその実力に沸き上がった。
同時に選手たちの警戒の色も強まったが、本人はただ満足していた。




