Tale a6 卑怯な差し金(2)
グランは検問所で足踏みしている。長蛇の列を無視したいと思うほどには、じれったさを感じている。
焦らずとも、わざわざ来ることを待たれているのだから、誘拐された少女の無事は保証されているだろう。
検問も、場所と担当官ごとに厳しさが異なるようだ。今回の担当検問官は見かけだけでおおよそを判断していたため、グランは身分証明をすることもなかった。
そうして事なく検査を終えると、グランは尋ねた。
「あの、一つ伺いたいのですが、この北に洞窟ってありますか?」
「洞窟? 洞窟なんか、北に限らずあちこちにあるぞ」
さも当然と言わんばかりに検問官は答える。
「だがそうだな……。北の洞窟と言えば……」
検問官は首を横に振った。
「あそこはやめた方がいい」
「あそこ、と言うのは?」
「北にも洞窟が点在しているが、一箇所だけ人が寄り付けない場所がある」
「それはなぜですか?」
「入り口に毒溜まりが広がっていて、とてもじゃないが調査もできんのだ。君、冒険者だろう?」
「い、いえ……」
検問官はグランの否定を気にもせず続ける。
「クエストかなんだか知らないが、その洞窟だけは近寄らない方がいい。命あっての冒険者だからな」
「は、はあ」
「さあ、行っていいぞ!」
仕事において厄介なのは、人の話を聞かず自分に溺れるタイプだ。加えてそのような人種は仕事ができないことを痛感しながら、グランは検問所を出た。
彼の目的地は決まっていた。その毒が広がっているという洞窟だ。
相手が山賊やらのガラの悪い集団であるかもしれないことを視野に入れると、人目のつかない場所を拠点にするはず。それに『北の洞窟』という抽象的な文言が、なんの変哲もない洞窟を指しているとは思えない。
ひとまず洞窟の一つでも見えるまで、グランは淡々と歩いた。
偶然にも、最初に見えた幾つかの洞窟は全て単純な構造で、モンスターの気配すらなかった。ゆえに見分けるのは容易かった。
それからしばらくして、
「毒というのは、言い表せない酸っぱさだな……」
泥地で嗅いだものとは異なるベクトルの臭いが、鼻を刺激し始める。
「ここがあの検問官の言っていた洞窟のようだが……」
毒に落ちない場所ギリギリで踏み止まって内部を覗く。
外光で判断が付かない程度には奥が深いようだ。
「この毒をどうやって飛び越えるか、だな……」
グランは策に悩む。
「いや、待てよ……。この体は『グラン』だ」
あくまでもクロス・ファンタジーでのグランの器の中に、意識が宿っている。
「だったら、いけるかもしれない」
グランは屈んで、毒溜まりに指を突っ込んでみる。
……何も感じない。皮膚から毒が侵入して全身に回る気配もしない。
グランは【毒耐性】を有している。つまり、いかなる毒物も効き目がないということだ。
目の前の毒が自分にとっては無害だと知った瞬間、彼は躊躇なく毒溜まりに入った。
毒が侵入を完全に阻んでいたのは入り口の部分だけで、進むほど毒はなくなっていった。いや、除去された可能性もある。
なぜなら――。
「……明るくなってきた? これは……」
真新しい松明が内部を照らしていたからだ。
(人が、いや、他人の侵入を拒む者がいるのは確かだな)
誘拐犯と思しき人物も、この炎を辿れば見つけられると確証した。
一方、グランが王都を離れて少しした頃。
「さあ、やって参りました、第四十九ブロックの決勝戦! 注目の対戦カードは……グラン選手とハザード選手だ!」
意気揚々とした実況席の女性により、試合の開始時間になったことが告げられた。
「まずは素早い動きで相手を翻弄し、勝利を掴み取って来たハザード選手! 鋭い目つきから放たれる威圧感は貫禄さえ感じさせます!」
巧みな話術での紹介と共に、ターバンとスカーフを身に着けた野盗風の男ハザードが通路から現れた。
見た目に反して愛想が良いのか、意外にも歓声に手を振って返す。しかし瞳の奥に秘める温度は冷たいままだ。
「そして今大会が初出場。白い鎧を纏ったその姿は誰もが憧れる騎士様! ずば抜けた攻守のバランスで難なく勝ち進んで来たグラン選手だーっ!」
大きめの歓声が会場をさらに熱く沸かせる。
しかし、その騎士様とやらは一向に現れない。
「あ、あれ……グラン選手?」
戸惑う実況席の女性。彼女のもとへ、背後から駆けつけた騎士団員が耳打ちした。
「え、え、まだ会場入りしてない? ……なんで?」
スイッチが切れていない魔道具を通じて、小声がぼんやりと会場全体に響く。
「お、思わぬトラブルが発生したようです! しばらくお待ち下さい!」
動揺は賓客たちにも伝播していた。数分すると、
「ねえ、ちょっといい?」
賓客の席に座る一人の女性が、護衛の騎士を手招きする。
「はい。なんでしょうか?」
「次の試合って、ここよね?」
女性は手元のトーナメント表の第四十九ブロックを指して見せる。
「そうですが……グラン選手が不在のようです」
「不在……ね」
女性は闘技場を見下ろす。
ただ一人待つハザード。腕組みをして、スカーフで口元が隠れてはいるが、余裕そうに見えた。
無言で欠場を決め込むような非常識人ではないと、女性はグランに第一印象を抱いていた。だから、今の状況は“作られた”と感じてしまう。
「……どちらへ?」
女性は不意に立ち上がった。
「少しお花を摘みに行くわ」
「お、お待ち下さい、王女殿下!」
追いかけるように、騎士団員が一人、持ち場を離れた。




