第508話 16歳のイングリス・和平交渉15
ゴオオォゥッ!
口元に笑みを浮かべるイングリスの頭上を、何か大きな影が物凄い速度で飛び越して行く。
「……!」
先程の猪型の魔石獣だ。
武公ジルドグリーヴァが早速殴り飛ばすか何かしたらしい。
凄まじい勢いで飛んで行き、砦の外壁に衝突して大きな窪みを穿ってみせる。
流石、尋常では無い威力である。
「負けていられませんね……!」
更に虹色の鎌の刃を押し込み、無理矢理相手の体勢を崩しに行く。
強く刃を押し上げられた蟷螂が大きく後ろに仰け反って倒れそうになった瞬間、横から突進してくる気配を感じる。
巨鳥型の魔石獣だ。こちらが足を止めている隙を狙い、巨大な嘴を突き刺そうと急降下して来たのだ。
それはそれで面白い――
対応のために動き出そうとしたイングリスだが、一拍置いてそのまま踏み止まる。
別の影が、イングリスと巨鳥の嘴の間に割り込んできたのだ。
「よっしゃあぁ!」
片手一本で嘴を掴んで押し止めたのは、武公ジルドグリーヴァだ。
「ヘヘッ。こいつも貰うぜ!」
「こちらも負けていられませんね……!」
蟷螂の魔石獣を完全に押し切り、仰向けに転倒させる。
それだけでは大した痛手では無い。魔石獣は俊敏な動きですぐに起き上がろうとする。
が、イングリスはそれよりも更に俊敏に魔石獣に肉薄し、蹴り足を振り上げていた。
「はあぁぁっ!」
上段の回し蹴りが直撃した蟷螂の魔石獣は弾丸のように吹き飛び、砦の外壁にもう一つの大きな窪みを穿つ。
魔石獣のいい所は、通常の武器では傷もつかない事だ。
少々手荒に殴り飛ばしたとて、純粋な物理的な打撃で倒してしまう事は無い。
だから魔素や霊素抜きでなら全力で蹴り飛ばしても構わない。
「うん、わたしの穴のほうが大きいですね」
「い、いやそりゃいいが、無遠慮に脚上げすぎじゃねえか、その……」
「……そちらの位置からは見えていないはずですが?」
わざわざ顔をこちらに向けなければ、だが。
「う……! それはそうだが、何というかその……すまねえ」
武公ジルドグリーヴァは気の毒なほど項垂れて、耳元も少々赤らめている。
まるで純情な少年のようだ。これ以上追求するのも可哀想になる。
「次は目を閉じていて下さいね!」
「わ、分かった……!」
今すぐ閉じろとは言っていないが、目を閉じる武公ジルドグリーヴァだった。
そんな中、イングリスは砦の壁に叩き付けた蟷螂型への追撃に移る。
物理的な打撃では魔石獣は倒せない。逆に言えば、もっと攻撃して大丈夫。
格闘の実戦訓練に付き合って貰うとしよう。
「さぁ、まだまだ――」
と、イングリスの言葉が終わる前に目の前にふっと影が差す。
屋外から薄暗い部屋に入った時のような――
つまりそれ程巨大な質量が、すぐ真上にいる。
「どぅりゃあああああぁぁぁぁぁぁっ!」
聞き覚えのある声がする。
そして巨大な地響き。巻き上がる土埃。
新たな巨大な影が、砦の防壁のすぐ側に落ちてきた。
イングリスと蟷螂の魔石獣とを隔て、立ち塞がるような格好だ。
「おぉ……!」
こちらとしては、新手は大歓迎だ。
そして強ければ強い程いい。
そういう意味で今現れたのは格好の相手だ。
その場の魔石獣達よりも更に一段も二段も大きい人型。
顔には目も鼻も無い無貌。先程の声を発したのは胸部に埋もれている人物だ。
魔素流体による無貌の巨人。それを操るのはヴェネフィクのマクウェル将軍だ。
「マクウェル将軍! お久しぶりです、お元気でしたか?」
イングリスは気色を満面に浮かべて丁寧にお辞儀する。
是非とも再び手合わせしたかった本命の一人だ。いきなり出てきてくれて嬉しい。
やはり敵地の罠はこうでないといけない。
「久しぶりですねぇ、イングリス・ユークス殿! あの時は決着が付く前にお帰りになられてしまいましたが――」
あの時はマクウェル将軍との手合わせが終わる前に、イルミナスや住民の天上人を神行法で救助するしかない状況だった。
それがラフィニアの望みだったので仕方が無いが、手合わせが中断されたのはとても心残りだった。
「ええ、今度は心ゆくまで楽しみましょう……!」
イングリスは腰を落として身構え、霊素殻を身に纏う。
はじめからこのくらいの備えをしておいて何ら問題ない相手だ。腕が鳴る。
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