第507話 16歳のイングリス・和平交渉14
「あぁずるいですよジル様! わたしが先です! ともかく偵察はわたし達に任せて下さい!」
イングリスも一歩遅れて武公ジルドグリーヴァの後を追う。
あっという間に砦の門前に接近すると、門扉が内側から弾け飛んだ。
「おっ!? 何だ何だ!?」
武公ジルドグリーヴァがにやりとする気持ちはよく分かる。
「いい歓迎ですね!」
イングリスも同じ表情を浮かべる中、砦の内側から多数の魔石獣が飛び出して来た。
「ほぉ。魔石獣か……!」
「中々の大物揃いですね」
犬や猪のような動物型に、蟷螂や飛蝗のような昆虫型もいれば、巨鳥型の魔石獣もいる。
イングリスとしては、巨鳥型には見覚えがあるような気もする。
以前戦った氷漬けの虹の王が生み出した眷属だ。
氷漬けの虹の王は一度カーラリア国内のアールメンからヴェネフィクとの国境付近に輸送をした経緯があるから、この付近で生み出された個体がはぐれて残っていたのかも知れない。
全体的に雑多な混成部隊という様相だが共通点もある。
それはどの魔石獣もかなり巨大で体を覆う魔石の面積も多く、強力そうだという事だ。
故郷ユミルで修行がてら魔石獣討伐を繰り返していた経験から言わせて貰うと、群れに一体いれば上出来といったくらいの上物ばかりだ。
さらに、中には魔石の部分が単色では無く虹色を帯びつつある個体もおり――
これは以前王とカイラルに現れた虹の王の幼生体の更に一歩手前まで成長しているかも知れない。
かなり良い手応えを期待出来ると言えるだろう。
「ここで落ち合うと呼びつけ――その実砦の中に魔石獣を詰め込んどいて、開けてびっくり玉手箱ってか」
「この策であればたとえ失敗したとしても、不幸にも魔石獣に砦を乗っ取られてしまったと方便も立ちますね」
「ああそうだな。だがまあ――」
「ええ、むしろ――」
「「ありがたいっ!」」
イングリスと武公ジルドグリーヴァの声が揃う。
こちらは罠は織り込み済みで、襲ってくる刺客との戦いを目当てとしている。
思う存分強者達との手合わせを楽しみ、その後の事はウェイン王子やメルティナが何とかしてくれるだろう。
これはその第一陣。前菜のようなものだ。
ならば喜んで頂くのみ、である。
「ジル様! あの右から三番目蟷螂の魔石獣はわたしにやらせて下さい!」
イングリスが指差したのは、一番の巨体かつ魔石が虹色を帯びつつある個体だ。
「何ィ……! ずりぃぞ、一番良さげな奴を……!」
「そこを何とかお願いしますっ。ね?」
少し猫撫で声で、可愛らしく笑顔でお願いしてみる。
「う……っ。しゃ、しゃあーねえなぁ」
「ふふ……ありがとうございます」
イングリスの色香に迷っている武公ジルドグリーヴァは、少し艶を出せば割とすんなりとお願いを聞いてくれてしまう。
分かっていてそれをするのは可哀想な気もするが、ここは仕方ない。譲れない。
「では、お先に!」
イングリスはそう告げると、一足先に魔石獣の集団に突進していく。
狙いは先程も言った、魔石が虹色を帯びつつある蟷螂の魔石獣だ。
しかしこちらの動きに反応してか、猪型の魔石獣が立ち塞がるように動き出す。
蟷螂の魔石獣は後方に控え、猪型の魔石獣が突進してくる形だ。
「なるほど、猪だけに……!」
猪突猛進というわけだ。血気盛んである。
お互いの距離があっという間に詰まり、鋭く尖った牙がすぐ目の前だ。
勢いのついた巨体の突撃は是非受け止めてみたくはあるが――
「はあぁっ!」
イングリスは軽く地を蹴り飛び上がり、猪の魔石獣の鼻先を足場にして更に大きく飛び上がる。
「ジル様! こちらはお譲りします!」
空中で身を翻しつつ、武公ジルドグリーヴァに呼びかける。
この猪型は武公ジルドグリーヴァに譲る。独り占めするのも申し訳ない。
「おうよ! そうさせてもらうかぁ!」
返事を聞きつつ着地をするのは、魔石獣の巨体を完全に飛び越した真後ろだ。
着地の際には足元が地面に埋もれそうなくらいに沈み込み、乾いた地盤にひび割れが走る。 超重力の魔術と超重量の下着が合わさるとこうなるようだ。
体感としては、心地の良い重みだ。イングリスは前方に視線を向ける。
目当ての蟷螂とこちらとを隔てるものは、何も無い。
「さあそんな所でのんびりしていないで、かかって来なさい!」
ギイイイィィィィィッ……!
突っ込んでくるイングリスを威嚇するように、大きく振り上げられる蟷螂の左右の鎌腕。
鎌を覆う煌めく魔石は、虹色を帯びている。
その虹色の鎌が、イングリスが間合いに踏み込んだ瞬間に即応して振り下ろされる。
人体など容易に切断しそうな斬撃はしかし、イングリスの身に触れる寸前でぴたりと止まる。
そしてゆっくりと、押し開かれて離れて行く。
ギギィ……?
蟷螂が首を傾げると、まるで戸惑っているかのようだ。
だが何の疑問に思う事も無い。単に力で受け止めて、力で押し返そうとしているだけだ。
蟷螂の左右の鎌を、イングリスは指先で抓むようにして食い止めている。
「ふふふ……いいですね」
獰猛な殺意はいっそ清々しい。実戦はこうでないといけない。
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