第506話 16歳のイングリス・和平交渉13
「は、速っ!? 逆にこっちが追いつけないかも知れないわ……!」
「で、ではこちらも出発してしまいましょう、レオーネさん」
「ただし彼らに見えるよう、高度を取り過ぎぬように進んでくれ」
「はい、分かりました……!」
ミリエラ校長とウェイン王子の指示に、レオーネは頷く。
「はぁ。クリスが二人に増えたみたいよねえ、あの人がいると……全然、天上領の偉い人っぽくないわ」
「確かに……とても馬が合うのは、いい事ですけどねえ」
「いっそ政略結婚でもして下されば、天上領との関係が今より良くなって、大分世の中が平和になりそうな気がしますわ」
「ははは。イングリスのこの間の様子じゃ、絶対なさそうだけど――」
リーゼロッテの思いつきにレオーネが反応する。
「我が国の国益としては、歓迎したい所ではあるな」
「あの、ウェイン王子……やはり国を治める立場としては、そういう事も必要とお考えですか?」
「いえ冗談です。特別な意味ではありませんので、聞き流して下さい」
メルティナの質問にウェイン王子はそう応じていた。
ともあれ重い服を身につけながら走る際に一人ではなく二人なのは、話し相手がいてくれて退屈せず、とても助かる。
更にもう一つとても有難い事があり――
それはすっかり日が暮れた夜、野営のために皆が合流した時のことだ。
「うわぁ……! ジルさん、料理上手なんですね!」
「本当ですね、凄く美味しそうです……!」
「凄いです、ジル様……!」
ラフィニアもメルティナもイングリスも、食べる事が好きな者達は目の前の光景に目を輝かせていた。
野営と言えば当然食事なのだが、武公ジルドグリーヴァが食事当番を引き受けると買って出てくれて、そして出てきた料理がとても美味しそうなのだ。
どうも武公ジルドグリーヴァはとても料理が得意らしい。
料理中の動きもとても洗練されており、本職の料理人顔負けだった。
「本当に美味しそうだし、助かります! ありがとうございます!」
だが一番喜んでいるのはレオーネかも知れない。
こういう遠征の場合は、イングリス達の中で一番料理が得意なレオーネに負荷が偏りがちなのである。
それを全て武公ジルドグリーヴァが引き受けてくれたので、楽が出来てとても上機嫌だ。
「おう、いいって事よ! 鍛えて強くなるにはメシも重要だからな。何をどれだけ、どういう調理法で食うかまで拘らねえといけえねえ」
なるほど武公ジルドグリーヴァの用意した食事は、こんな野外調理にも関わらず一皿に肉や野菜が主菜副菜として備えられており、如何にも体にも良さそうである。
「なるほど、勉強になります」
レオーネが真面目な顔をして頷いている。
「全部理想通りにしようとしたら、どうしても自分でやるのが一番に……」
「ジル様! とても美味しかったです! おかわりを下さい!」
イングリスはにこにことしながら、空になったお皿を武公ジルドグリーヴァの前に差し出す。
「えぇっ!? もう食ったのか……!?」
「あたしもください!」
「済みません、私もお願いします……!」
そして笑顔で差し出される空のお皿がもう二つ。
ラフィニアとメルティナだ。
「む……? そんなに皆足りねえのか。少なく作り過ぎちまったか? そういや地上の娘が食う量なんて知らねえしな……いいだろう、ちょっと待ってろ」
「「「ありがとうございま~す♪」」」
それはもうにこにこと、声を揃えるイングリス達だった。
「ま、まずいような気がするわね……」
「そうですわね。何か勘違いが起きているような気がしますわ」
その後延々と繰り返されるおかわりの要求は、食材の大半が消滅するまで続いたのだった。
◆◇◆
そして、機甲親鳥に積み込んできた食料が無くなってしまう前に――
「見えてきましたね」
「お。あの砦か」
訓練がてら地上を走っているイングリスと武公ジルドグリーヴァの前に、高い防壁に囲われた大きな砦の姿が目に入ってくる。
防壁の上にはヴェネフィクの旗も立っており、風に威風堂々とたなびいている。
中々堅固そうな、良い砦である。
「ふぅむ……」
「なるほど――」
二人は足を止めて、弾んだ息を整える。
「ジル様。ラニ達が追いついてくるのを待ちましょうか」
「おう。しかし食料が無くなる前に着けたはいいが……ここで補充が利くかねぇ」
「今度はまたジル様の別の料理も食べたいので、色々な食材があるといいですね。こちらの土地のものですとか――」
「しかしあんだけ食ってよく体形が崩れねえもんだ。マジでどうなってやがる……俺が強くなるために研究してきた栄養とかメシの知識がぶっ壊れちまうぜ」
武公ジルドグリーヴァはまじまじとイングリスのほうを見てくる。
「おや、少々幻滅されてしまいましたか? であれば逆に殴れるようになっていますよね? ね? さあ試してみて下さい!」
「いや、そうはならねえよ……! キレーなねーちゃん過ぎるのは何も変わってねえ」
「ふふ、地上の女性はいくら食べても体型が変わらないんですよ?」
「何ぃ!? そ、そうなのか……!?」
「そんなはず無いでしょ! 何をジルさんを騙そうとしてるのよ!」
「あ、ラニ」
追いついてきた機甲親鳥から、ラフィニアが顔を覗かせている。
その隣にはミリエラ校長達の顔も見える。
「校長先生。あれが合流予定の砦で間違いないでしょうか?」
「ええ、そうですよお。早速お邪魔しちゃいましょう」
「いや、止めときな!」
「その通りです、校長先生。ここは機甲親鳥はこれ以上近づかずに待機をお願いします」
これを言うために、機甲親鳥を待って足を止めていたのである。
「どうしたの? クリス?」
「見て、ラニ。砦の防壁とか門とかにも、全然人がいないでしょ?」
「言われてみれば、その通りですねえ……何かあったんでしょうか」
「もしくは、わたし達を罠に嵌めて襲おうとしているか……」
「! だとしたら――」
「はい、ありがたいですね! 大歓迎です!」
久しぶりの実戦だ。
シャルロッテでもティファニエでもマクウェル将軍でも、誰が来てくれても構わない。
「いやいやいや、そういう問題では……」
「そうよ縁起でも無いでしょ!」
「ともあれ、確かめてみないと行けませんわね。わたくしが偵察に……」
そうリーゼロッテが言い終える前に――
「ハハハハ! よっしゃあ、腕が鳴るぜ!」
武公ジルドグリーヴァが先に砦の門に向けて走り出してしまう。
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