第504話 16歳のイングリス・和平交渉11
カーラリア領内、東部国境付近――
ヴェネフィクとの国境を隔てる峠の隘路は、巨大な岩石によって完全に塞がれている。
「うわあ、これは見事に塞がっちゃってますねえ」
ミリエラ校長がその有様を見てため息をつく。
「これをイングリスがやったんですか――」
メルティナを目を丸くしている。
「うん、そうよ」
「あっという間だったわよね」
その現場を目撃していたラフィニアとレオーネが頷き合う。
イングリス達は空路で移動出来るが、今後のためにヴェネフィクへの陸路は復旧しておこうという話になったのだ。
こちらに含む所はないとの姿勢を見せるためでもある。
先日ここを塞いだばかりで、すぐにこうなるとは思っていなかった。
「急いで道を復旧して、先に進みましょう」
リーゼロッテは少々気が逸っている様子だ。
早くシャルロッテに会いたいのだろう。
使者としてカーラリア王城を訪れたシャルロッテはウェイン王子やカーリアス国王の返答を受けるとその日のうちに王城を後にしてしまっており、丁度その日は所用で騎士アカデミーを空けていたリーゼロッテと引き合わせてあげる事が出来なかったのだ。
そんなに急いで退去するとはイングリス達も思っておらず、可哀想な事をしたと思う。
ならば、リーゼロッテの気持ちを叶えてあげるためにも――
「じゃあ、手っ取り早く済ませようか」
イングリスは一歩進み出ると、隘路を塞ぐ岩山に向け掌を翳す。
――霊素弾!
スゴオオオオオオオオォォォォッ!
青白い巨大な光弾が、岩山を撃ち貫いて通り過ぎていく。
「お、おお……! 何と凄まじい……ッ!?」
ウェイン王子が目を見開き驚愕している。
そう言えばウェイン王子の目の前で披露するのは初めてかも知れない。
「父上が激賞なさるわけだ――これ程とは……」
ウェイン王子は納得した様子で何度も頷いている。
カーリアス国王の眼前では何度か霊素弾も戦う所も見せているから、話を聞いたのだろう。
「国王陛下、そんなにクリスの事褒めてたんですか?」
「ああ。あんなにはしゃいだ様子の父上は初めて見た程だったよ」
ラフィニアの問いかけにウェイン王子が微笑む。
「そう言えば前に王立劇場で公演した時は国王陛下も見に来てたし、国王陛下もレダスさん達と同類なのかも……?」
それはあまり想像したくないかも知れない。
皆で集まって一斉にかけ声をされるのは非常に居心地が良くない。
「あ、あまり想像したくないけど――」
「とにかく、これで片付きましたわね!」
と、リーゼロッテが声を弾ませた直後――
霊素弾で打ち抜いた岩山の残骸がガラガラと崩れ、再び隘路を塞いでしまった。
一撃で全ての岩塊を消滅させるまでには至らなかった。
ならばもう一撃。
再び霊素を集中させるイングリスだが――
ゴオオオオオオオオオオゥゥゥッ!
その横を、轟音を立てて何かが通り過ぎていく。
それは、掌打の形をした紅い衝撃波、深紅掌だ。
前見た時よりも大きさが増し、霊素弾の光弾に匹敵しそうなほどだ。
それが岩山の残骸に飛び込むと盛大な音を立てて粉々に破砕し、今度こそ隘路を塞ぐものは何も無くなった。
「おお……!」
凄まじい威力だ。
物凄く正面から受け止めてみたい衝動に駆られてしまう。
「凄いですね、前より一撃の威力が増しているようです!」
振り向いた先にいるのは、カーラリア王国兵の標準装備を身につけた、熊のような体格の大男だ。
深く被った鉄の兜で顔は半分隠れているが、口元に浮かぶ豪快な笑みは見知ったものだ。
「おう。元々は乱打の手数で押し切る技だが――一撃に収束してデカく打てるように鍛え直したぜ!」
「流石です、ジル様!」
イングリスは目を輝かせて武公ジルドグリーヴァを賞賛する。
何故彼がここにいるかと言うと、イングリスのヴェネフィク行きを聞きつけて同行したいと言い出したからである。
イングリス達がヴェネフィクに行っている間の王都の守りとしてラファエルやリップルの聖騎士団が残っているが、そこに武公ジルドグリーヴァのリュストゥングが駐屯し続けていてくれれば万全である。
そうしてくれるように事情を説明してお願いをしたら、その代わりにとこうなった。
理由は当然イングリスと同じ、強者と戦えそうだから、である。
後は今の姿をしたイングリスに早く慣れて本気で戦えるようになるため、だ。
前者は獲物を取られそうで心配だが、後者は早くそうなって頂けると有難い。
とはいえ三大公派の首領の一人が同行するなど目立つ事この上ない。
ヴェネフィクの人間はともかく、大公派の天上人達に見られればどんな大問題になるかも分からない。
だからこうして一般兵の姿に偽装して紛れ込んでいるのである。
今回のヴェネフィク行きの使節団はイングリス達五人とミリエラ校長、ウェイン王子にお忍びの武公ジルドグリーヴァ、他は事務役の文官や警護の兵が数人ずつ。
総勢で十数名というところだ。
「その強化した技をわたしに撃ってはくれませんか!? 受け止めてみたいので……!」
「い、いやぁ、まだまだそれはできねえよ。悪いが勘弁してくれ」
そこはばつが悪そうに後ろ頭を掻かれてしまう。
「もう……早く慣れて下さいね」
目の前にこんなにも素晴らしい手合わせ相手がいるのに、それがままならないのは受け入れかねる。イングリスとしては思わず唇を尖らせてしまう。
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