第503話 16歳のイングリス・和平交渉10
「まず、先方があくまで封魔騎士団構想を受け入れるという姿勢を示している以上、罠であっても一旦はそれに応じる姿勢を見せてみせなければ、分け隔て無く全ての国にと協力するという理念そのものに、結局政治的に相手を選んでいるとの誹りを受けかねません。それを他国に吹聴されれば、封魔騎士団構想そのものの信頼性が損なわれてしまいます。ヴェネフィクとしては、そういう手に出る事も可能です」
「それは、確かにな――」
「とはいえそれだけでは、ウェイン王子自ら危地に飛び込まれる代償としては薄いです。本当の狙いは、あえて罠に飛び込む事で、こちらも相手の中枢に迫れるという事です。あくまで相手がこちらに危害を加えてきた場合に限りますが、ヴェネフィク皇帝を初め、体制中枢を討伐する好機です。こちらも皇位の証を受け取っているのですから、名分は立ちます」
「う、ううむ……そこまで――か」
「なるほど、な」
「なるほどそれが出来るならば手っ取り早い……!」
やや渋面で頷くのがウェイン王子とカーリアス国王で、喜んで手を打ったのがリグリフ宰相である。
王子と国王にしてみれば、それが成功した所でヴェネフィク国民からの反発は必至で、その後の統治が極めて難しいと懸念しているのだろう。
リグリフ宰相はヴェネフィクとの国境に近い東部地方に領地を持つ大貴族だ。
ヴェネフィクがカーラリアのものになれば、自分の領地が増えるであろうと単純に喜んでいるのだろう。
「ご心配には及びません」
イングリスは微笑みながら、ラフィニアとは逆側の隣にいるメルティナの肩をぽんと叩く。
「こちらにはメルティナがいますから――彼女に皇位に就いて貰えばいいでしょう」
「え……!? わ、私が!? そんな――」
「なるほどな、メルティナ皇女に後をお任せすれば」
「皇帝が退位をし、交代したというだけになるか。後の統治も滞りなく、我が国としては大きな脅威が減る事となる……」
「す、少しくらい新たな領地を割譲して頂けると有難いですがなあ」
ウェイン王子とカーリアス国王は目を輝かせ、リグリフ宰相は少々顔を曇らせる。
以前アルカードに潜入した時も、場合によってはアルカードの現体制を転覆する事も想定して動いたが、結局はそこまでせずに済んだ。
今回は本当にそれを実行する事になるのだろう。
「とはいえ、封魔騎士団まで総員で向かってしまえば、こちらの被害も大きくなってしまうかも知れません。ちょうど封魔騎士団の本隊は遠征中ですし、少人数の使節団だけが先行するという事で回答すれば良いかと思います。その方が中枢まで近づきやすいかと」
こちらの数が多ければ多い程、守り切るのも大変になる。
出来るだけ気兼ねなく戦うために、同行するのは少人数の方がいい。
その方が相手の戦力もイングリスに集中してくれて、いい事づくめだ。
「勿論、私の見込み違いで今回の申し出が本当であれば何も問題はありません。ですから……危険を冒しても出向く価値はあるかと思います」
イングリスはそう言って部屋の中の皆を見渡した。
「父上。私はヴェネフィクに参ろうと思います。無論、メルティナ皇女にもご協力頂ければ、ですが……」
「そうだな。メルティナ皇女……我が国にご協力頂けるだろうか? 無論、もしそなたが女帝となられるような事態が訪れれば、我等としても全力で支援させて頂く」
「は、はい……! 皇帝陛下を……兄を討つような事態が訪れなければいいと思いますが、こちらで皆様にお世話になって、両国が分かり合えない筈がないと確信しました。もし皇帝陛下が心を改めておられないのであれば……仕方がありません。止めるための力をお貸し頂く事、私の方からお願い致します」
メルティナは少し目を伏せながらも、しっかりとした意思を感じさせる声でそう述べる。
「では、使節団は可能な限りの少数精鋭で――私も同行させて下さい」
そうウェイン王子とカーリアス国王に申し出るのは、ラファエルだ。
「ボクも行くよ……!」
リップルもラファエルに続いてそう言った。
「そうだな、少数精鋭ならば……」
「いえ、お待ちを」
「どうしたんだい、クリス?」
「ラファ兄様とリップルさんは聖騎士団の象徴ですから、封魔騎士団ではないと非難する事も出来ます。それにヴェネフィク側に精鋭を引き寄せて、その隙に手薄になった王都を攻撃する手もあり得えるかと。こちらの出方に応じて、向こうも動きを変えられるのが上手い所です。こちらとしては、本国に十分な戦力を残しておく事は必須だと思います」
「なるほど、それは尤もではある」
イングリスの考えにカーリアス国王が頷く。
「クリス……それはそうかもしれないけれど――」
「ご心配をおかけして申し訳ありません、兄様。ですが、兄様がいてくれるおかげでわたし達も安心してヴェネフィクに向かえます。どうか留守の事はお願いします」
イングリスはたおやかな微笑みをラファエルに向ける。
「……仕方がない、か。くれぐれも気をつけるんだよ」
「はい。頑張ろうね、ラニ?」
イングリスはラフィニアに微笑みを向ける。
「あ、やっぱりあたしも行く事になってる……」
ラフィニアが苦笑を浮かべる。
「ふふふ、それはそうだよ。分かってたでしょ?」
王都の守りも重要だというのは、何も自分が多くの強敵を独り占めしたいからではない。
本当に王都の奇襲もあり得ると思っている。
そういう可能性がある場所にラフィニアを残して行くより、危険でも自分の側にいてくれた方がいい。
見える範囲にいてくれれば、自分の手で守る事が出来る。
ラフィニアも微弱に霊素を身につけたり確実に力が向上しているが、やはり可愛い孫のような存在は、いつまでも守るべき対象だ。
「まあいいけどね。あたしもメルティナの力になってあげたいし」
「ラフィニア……イングリスも、ありがとうございます」
「いいのよ、友達でしょ!」
「こちらこそありがとうだよ。ふふふ……」
メルティナのおかげで、ヴェネフィク行きの説得力が格段に増した。
罠を覚悟でウェイン王子のヴェネフィク行きを説得するには、メルティナの存在がかなり重要だったのだ。
「ちょ、ちょっと怖いですね……」
「まあ、クリスはいつもこうだから、大丈夫よ」
ラフィニアとメルティナが囁き合っている。
「ウェイン王子、私からはヴェネフィク行きの供として、後はリーゼロッテ・アールシアとレオーネ・オルファーを推薦します」
リーゼロッテはシャルロッテと接触する機会を少しでも持ちたいだろう。
あの容姿、そしてシャルロッテという名前はリーゼロッテの母と同じであるらしい。
とても他人とは思えないのだ。
レオーネにはそういう理由は薄いが、いつも共に行動してきた面々だ。
気心も知れているし、今回も付き合って貰う事にしようと思う。
「……うむ。いつも君達には迷惑をかけるな、よろしく頼む」
「またイングリスさん達の講義の進行が遅れちゃいますねえ。いずれお休みを返上して貰って、集中講義の段取りを組まないと――」
ミリエラ校長が校長らしいため息をつく。
「ならばお前も同行してくれ、ミリエラ。そうすれば移動中にも講義が出来るだろう? 彼女らの纏め役も必要だ」
「えぇっ!? 私もですかあ? も、勿論事情が事情ですし、喜んで協力させて頂きますが――」
と、ミリエラ校長はカーリアス国王の方に視線を向ける。
「父上。ミリエラも言うように事情が事情です。彼女の同行もお許し下さい」
「うむ……お前に任せよう」
ウェイン王子の申し出に、カーリアス国王は重々しく頷いた。
「皆、ウェインの身を守ってやってくれ。頼んだぞ」
そして、イングリス達に向けて頭を下げる。
王としてより親として、心配する気持ちがそうさせるのだろう。
その心境はイングリスにも理解が出来る。
「「「はいっ!」」」
イングリス達は声を揃えて頷いた。
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