第502話 16歳のイングリス・和平交渉9
なるほどそこまで見据えるならば、ウェイン王子に直接来て貰って人心を安定させて欲しいと言うのも頷ける。
イングリスは必要な実力行使を行うための武力担当、と言う事になるだろうか。
「それ程のお覚悟を以て、我が提案に応じて頂けると言う事か」
ウェイン王子も深く感じ入った様子だった。
「それ程の事を行わねばならぬ事情があるのか、それとも――」
瞑目するカーリアス国王の、飲み込んだ言葉は容易に想像が付く。
「こちらからは以上です。すぐにご回答を……とは申しませんが、なるべくお早くご検討頂ければ幸いです」
そう言い残してシャルロッテが退出して行くと、カーリアス国王とウェイン王子は早速対応策の協議を始める。
「父上、如何お考えか? 勿論油断はなりませんが、私としては先方からの前向きなお答えには、前向きな姿勢で応じる姿を見せねばならぬと思いますが――」
「ふむう……メルティナ皇女、そなたはどう考えるかお聞かせ願えるか?」
カーリアス国王はメルティナに水を向ける。
「冠は本物だと思います……! 兄は――皇帝陛下は誇り高く苛烈な性格です。皇位継承順は低かったですが、次々に政敵を滅ぼして皇位を奪いました……それ程までに欲しがったあの方の誇りそのものを、嘘偽りで譲り渡そうとするとは思えません。きっと本当にそうしようとしている……と思いたいです」
「信じても良い、と言う事ですね?」
「は、はい! そうであって欲しいです……!」
ウェイン王子に念押しされると、メルティナは表情を引き締めて頷く。
「だがその苛烈な人物がかような覚悟を見せるとは、尋常の事態では無いぞ? 何がそうさせているのか、探ってからでも遅くはあるまい?」
「しかし、こちらが手をこまねいている内にヴェネフィク側の事情が更に変わってしまっては――みすみす絶好の機を逃す事になりかねませぬ」
「焦るでない、ウェインよ。まだ罠とも限らぬのだ。急いては足元を掬われるぞ」
カーリアス国王はウェイン王子をなだめるように言った後、イングリスのほうに視線を向ける。
「イングリスよ。先方はそなたの同行も要請している――そなたはどう思う?」
「……罠ですね。間違いなく」
イングリスはカーリアス国王の懸念を肯定する。
「ですから、すぐにヴェネフィクにお伺いしましょう」
そしてにっこりと笑顔で、ウェイン王子の方針を支持した。
「「む……?」」
カーリアス国王とウェイン王子の声が揃う。
首を捻るような仕草が似ているのは、流石は親子と言えるだろう。
「何故、罠だと断言出来るのだ?」
「はいウェイン王子。彼女――シャルロッテさんは天恵武姫であり大戦将でもあります。大戦将は天上領の幹部。エリスさんやリップルさんのように、下賜された国のために働いて下さるわけではなく、あくまで天上領の――教主連側の都合で動くはずです。教主連側にとって、カーラリアとヴェネフィクを和平させる意味などありません。自分達の支配地を減らす行為ですから。となるとこれは、ヴェネフィク皇帝の頭ごなしに教主連側が主導した策略でしょう。メルティナのお話ですとヴェネフィク皇帝の性格的には腹立たしいでしょうが、天上領に命じられては仕方が無いでしょう」
「ぬう……」
「なるほどな。使者の立場を考えれば――か。そうかも知れんな」
「ウェイン王子とわたしを含めた封魔騎士団と……それらをヴェネフィク領内に引き込み、必殺の罠を敷いて一網打尽にするつもりですね」
「イングリスちゃん、あっちがイングリスちゃんを指名して来てるのはどうしてだと思うの?」
聞いていたリップルがそう問いかけてくる。
「前はロシュフォール先生とも手合わせさせて頂きましたし、イルミナスでもヴェネフィクのマクウェル将軍や教主連の皆様にお世話になりました」
更にそれ以前ではこの王城に訪れた大戦将イーベルや、北のアルカードに遠征した時は、あちら側の天恵武姫のティファニエに。
いい加減顔と名前を知られてしまった、と言う事だろう。
「ですから、目下最大の敵戦力だと見做して頂いているのではないでしょうか? 総力を挙げてそれをまず潰そうというのは理に叶っていると思います」
何と有難い話だろう。
こちらが探しに行って手合わせを挑まなくても、向こうから戦いを挑んでくれるのである。 それも、教主連合とヴェネフィクの総力を挙げて。
どんな食事やダンスのお誘いよりも、魅力的なお誘いである。
今度こそ思う存分、全力で戦わせて貰えそうだ。
「……」
「罠と断じた上で、あえて飛び込もうというのは何故か聞かせて貰えまいか?」
ウェイン王子がそう問いかけてくる。
「そうですよお、イングリスさん。ウェイン王子に何かあっては……」
ミリエラ校長も心配そうにしている。
勿論言うまでも無くそこに強者達が待っているから、だ。
とはいえ自分が戦いたいから、と素直に言うわけにも行かない。
隣に座るラフィニアが、変な事を言うなと視線で牽制してくる気配も感じる。
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