完全に不貞ですー商人オットーと伯爵令嬢ミリアム
「いや待て、いや……返済したとしても、婚約とは別だろう?」
「はい?ええ。債務と婚約は関係ございますけれど、返済の方を優先して聞かれたので、お答えしましたのよ?」
のんびり、おっとりとミリアムは頷く。
確かに、情に訴えるよりはと先に金の話を口にしたのはオットーだ。
だが、もっと酷い暴露が始まるとは思わなかった。
「でも、いつだったか、待ち合わせ場所に現れなかった時がございましたでしょう?うっかり寝過ごしたと仰られた日。前日に別邸で宴があると聞いていたので、お迎えにあがりましたのよ。……でもその、ご友人の方々でしょうか、皆様裸で寝てらっしゃって。侍女が慌ててわたくしの目を塞いで……急ぎ連れ帰られてしまったのでございます」
「……えっ、……あ、ああ、酒を過ごして、いたんだな」
蒼い顔をしてそれだけ言うが、オットーは此処で何時もの言葉は言えなかった。
その代わりにミリアムが無邪気な様子で口にする。
「平民にはよくある事、でございましょう?確かに普通の貴族であれば家令や執事が別邸にもいて、主人の不始末を見せる事は嫌うでしょうし、侍女だってその位弁えて、先に身支度を整えさせたでしょう。けれど、お部屋に向かうまでお出迎えもなければ、誰もいなかったのでございますもの」
うわあ、というように会場の貴族の多くと、学園に入学できた一部の平民達が一斉にオットーを軽蔑の眼差しを注ぐ。
多分、そういった厳しい使用人を置かずに乱痴気騒ぎをしていたのだろうと、平民達は顔を見合わせた。
財産の十分にある放蕩息子がやりそうな事だ、と肩を竦めたりしつつ。
その様な乱行にさほど馴染みのない貴族の方はと言えば、扇の下でまあ、と驚いたり困った様に眉を顰めたり。
「その時も、オットー様はアロッホ嬢と仲良く並んで寝台で寝ていらしたので、本当に仲が宜しいのね、と思いましたの。ですから、二人の間を裂くような真似は、わたくしもしたくなくって。その後は、オットー様との約束はいたしませんでした、何も」
困った様に微笑うミリアムの姿に、オットーは言葉を失う。
寝坊して約束の時間に遅れたから、拗ねているのだとばかり思っていた。
どうせ結婚するのだから、それまでに修復出来れば良いと、贈物は欠かさないでおこう、と。
そのまま遊びに興じていたのだ。
ユイカとの事は勘違いだと言うには、あまりにも酷い姿を見せつけてしまっている。
しかも、温室育ちのミリアムは本心からそう、好きな人がいるならと思っているように見えた。
少なくとも揃って裸で寝ている場面を見られた上に、無駄にいちゃつくところを見せつけていたのだからそれはもう、誤解とは言えない。
巻き返しようが無いとわかって、オットーは項垂れた。
格は落ちるが、男爵令嬢のユイカを娶れば、問題ないと頭の中で計算しながら。
「それで、返済の話は滞りなく済みまして。今回の婚約解消は、オットー様の不貞による有責という形になりましたので、慰謝料を戴く形になりますね」
「………あ」
ずっと、返済を要求している立場で、貴族との婚約、婿入り、伯爵家の領地など好条件が揃っていたのに、欲を掻き過ぎてすべて失った。
だけでなく、得られるかもしれない見返りは、男爵令嬢であった元平民との結婚しかない。
それも王子が愛妾に望めば露と消える打算で。
いま確実にオットーの手に残されたのは、貴族相手に不貞をして全てを失った愚かな男という烙印と、慰謝料という負の遺産だけである。
援助した金も返済されているのなら、慰謝料の相殺すら許されない。
怒り狂った父が、全ての負債をオットーに償わせるのは目に見えていた。
今更、許しを請う事も出来ないのだ。
ミリアムに悪意はなく、ただ自分の悪意がことごとく跳ね返って来ただけ。
たとえ、ヘイディの兄がいなくとも、きっとヘイディ自身が友人のミリアムを不幸から救う為に手を貸しただろう。
バリーク子爵の擁する商会の方が古参で大きく、財もある。
言葉を失くした者達を見遣って、リューリエが静々と前に進み出て提案した。
「今更ではございますけれど、残りのお話は別室で如何でございましょう?これ以上恥を晒される必要もないかと存じますが」
本当は恥をかかせるために用意した茶番が、悉く失敗した上に我が身に降りかかってきたのである。
顔色を失くしたルボル王子が、静かに頷く。
「……そうしよう」
その言葉を合図に、リューリエ率いる婚約者であった令嬢達は静々と、恥をかかされて打ちのめされた側近達とユイカはのろのろと会場を後にしたのである。
別室へといっても聞かなかったので、皆様の前で暴露した結果。




