感謝はしておりましたー商人オットーと伯爵令嬢ミリアム
ミリアム・ヘルツィーク伯爵令嬢は青みがかった銀髪に、桃色の瞳の可憐な少女だ。
更におっとりとしていて、男性からの人気も高い。
ユイカも恋敵視するほどだった。
オットーも大事にしていたし、傍目には破綻していたようには見えない。
「え?いやアロッホ嬢とはただの友人だと何度も説明しただろう。婚約者として僕は君に尽くしてきたはずだよね」
「そうでしょうか?わたくしの目の前でアロッホ嬢と抱き合ったり、接吻もしてらっしゃいましたよね?だから、てっきり……もしかして愛人にしたいという意思表示でございましたの?」
その言葉に、会場がざわりとどよめく。
まさか、仲の良さそうだった三人の間でそんな事が行われていたなどと思わなかったのである。
見せつけていたオットーは、小声で言い訳をした。
「いや……あくまで友人として、だな」
ミリアムはこてんと首を傾げた。
「平民ではそれが普通だから、って仰っていましたけれど、わたくしの方に常識がなかったのかしらと心配になりました。婚約者の前で親し気に振る舞うのは、本当に愛する人がいて、婚約は解消したいという希望かと思っておりましたので。平民と貴族では何か違うのかと思って……だから平民の方に詳しいヘイディちゃんに聞きましたの」
「訊かれたのでちゃんとお答えしましたよ。平民だからじゃなくて、頭がおかしいからですねって。ミリーの事騙さないでもらえますぅ?」
おっとりとヘイディに微笑んだミリアムに、ヘイディも可愛く微笑み返す。
まさか二人の仲が良いとは思っていなかったオットーは、言葉に詰まった。
ミリアムはおっとりしていて馬鹿だから、上手く騙せていたと思っていたのに。
結婚してからもユイカだけではない、見目麗しい女を囲っても小言を封じる為の布石でもあった。
だが、既にその結婚すら危うい局面に来ている。
オットーは余計な入れ知恵をしたヘイディを睨んでから、優し気な笑みをミリアムに向けた。
「だが、我が商会が君の家に援助してきたから今があるって、分かっているよね?君もよく感謝してくれていただろう?」
「そうですね。確かに感謝はしておりましたけれど、事あるごとに感謝しろ感謝しろって強要されますと、わたくし何だかこう……嫌な気分になりますので、お父様に相談致しましたの。わたくしが我慢すればそれで宜しいのでしょうけれど、それはそれとして何も言わないでため込むよりはと思いまして。お父様は大変心配して、お怒りになっておりました」
にっこりと微笑むミリアムは、無垢で可愛らしい。
報連相は大事なのである。
だが、オットーにとっては誤算だった。
感謝をする様に教育をして、逆らえないようにしようとしていたのだ。
天然のミリアム相手に成功はしなかったけれど。
それどころか、自らの首を絞める結果にしかならなかった。
ユイカは遊び相手だったし、伯爵家への婿入りの方が箔が付く。
更に、可愛らしい婚約者は穢れのない新雪のような真っ新な女性だ。
色々な男と奔放に過ごすユイカとは違う。
だから、欲望を満たすのにユイカを利用していただけなのに。
「それで、返済の目途が付いたのかい?」
情に訴えるよりは、と現実的な話を持ち出せば、ミリアムは嬉しそうに大きく頷いた。
そんなに、簡単にすぐに払い切れる額ではないのに、とオットーは焦る。
「わたくしを騙したりせずに、大事にしてくれて、債務と共に引き受けてくださる御方が見つかりましたの」
そして、意味深にミリアムはヘイディを見た。
うふふっと二人で笑い合う姿は、愛らしい。
「わたくしのお兄様の一人が、仕事で遠方に居たのですけれど、そこで任された仕事で大成功して莫大な収入が得られましたの。最近帰国しましたので、ヘルツィーク伯爵に紹介いたしました。だってわたくしもミリーと姉妹になれるならその方が嬉しいし、ねっ?」
「ええ、本当に、わたくし天にも昇る気持ちになりましてよ」
少女達の可愛らしい声とくすくすと笑い合う姿に、他の令嬢達も目を和ませている。
それに、高位令息の中にはミリアムを逃してしまった事に落胆する者もいた。
返済できる財力さえあれば、伯爵という肩書と領地ごと浮気男から奪えたかもしれなかったのだ。




