婚約の組み直しー伯爵令息クロウと辺境伯令嬢マルツェラ
「……何の話だ。何故今更祝いの言葉を?」
全然目出度くないと言いたげに、眉を顰めるクロウに、マルツェラは不思議そうに答える。
「家からの手紙も見ていないのか。……お前との婚約はお前の有責で既に解消されているよ。改めて、お前の兄との婚約が決まった」
「は?……お前は辺境伯家を継ぐのだろう?兄は伯爵家を継ぐはずなのに……もしかして、俺が後継か!」
ぱああっと未来が開けたというようにクロウが希望を抱くのを見て、呆れた様にマルツェラが言った。
本当に、情報に疎い上に都合の良い事しか頭に入らない男なのである。
彼はこう勘違いしている。
辺境伯家をマルツェラが継ぎ、兄を婿入りさせるのだと。
伯爵家を継ぐはずだった兄が婿入りするのなら、自分が当主になり新たに誰かを娶れる権利を得たという全く都合の良い勘違いをしていた。
即座にマルツェラが否定する。
「違う。ハンズリーク辺境伯家は兄上が継ぐことになったのだ。帝国の第五皇女が降嫁される事となったからな。ベドナーシュ伯爵家は変わらずお前の兄のレイン殿が後継で、私がそこへ嫁ぐ事になる」
「は?……お、俺はどうなる」
「他家の事は知らんよ。手紙にでも書いてあるのではないか?そもそもお前が原因だしな」
冷たく吐き捨てるように言われた言葉に、クロウは焦った様に言う。
「俺は何もしていないだろう!」
「言い得て妙だな。何も対処しなかったから、そうなっているのだ。婚約者から男達を寝取る様な令嬢に侍り、自分の婚約者を蔑ろにする頭も股間も緩い男だと、そう周囲に思われるままにしていた事が原因だ」
「だが、それは噂であって事実じゃない!」
「そう、皇女殿下に言ってみたらどうだ?殿下も不憫な婚約破棄をされて、私がお前に冷遇されているのを見てご自分を重ねて憂えた結果、こうなっているんだ。婚約者を差し置いて別の令嬢を同行するお前を見たのだそうだよ。勿論、お前と私の父上や兄上達もご存知だ」
クロウははくはくと口を動かすが、何も言葉が出てこない。
不貞かどうかはさておき、冷遇したのは本当だ。
ユイカを優先していた事も。
「お前はそもそもこの婚約について最初から勘違いしているな。何故辺境伯家に優秀な兄が二人も居て、わたしが後継となる事に疑問を感じない?三国軍事協定の結果、兄達は他国への婿入り、先方からも嫁入り婿入りが組まれたんだ。だから、お前のような男でも仕方がないと諦めていた。レイン殿の婚約者殿と皇女殿下が話し合って決めて、父達に持ち掛けて下さった。この協定で結びつきを強くしたいのであれば、不幸な婚姻を行っては意味がない、とね」
「ふ、不幸な……」
「ハンズリーク辺境伯家はレイド帝国とエニシダ公国の二国と、それから国内の軍人を輩出するベドナーシュ伯爵家との婚姻だけはどうしても外せない。だから、帝国のお二人が心を砕いて下さり、婚約を結び変えて下さったのだ。リューリエ嬢や他の家門の方々にも色々と世話にもなった」
ハンズリーク辺境伯家の長男がレイド帝国に、次男がエニシダ公国に婿入り予定だったのを、急遽帝国側の女公爵となる女性が辞退し、第五皇女が降嫁する事になった。
公国との縁組はそのままで、帝国との縁は相手を変更して保たれることになる。
更にベドナーシュ伯爵家の長男レインに嫁ぐ予定だった帝国の令嬢もまた、その縁をハンズリーク辺境伯令嬢であるマルツェラに譲った。
その代わりこの帝国の二家に対し、リューリエや他の家門が別の縁を用意したのである。
「愛だの恋だのではないにしろ、信頼関係は最も大切だ。まあそれに、定められた相手に不義理をするような男はそもそも結婚に向いていないのだよ」
それはユイカの周囲の男達全てに当てはまる言葉だ。
婚約者を大事にした上で愛玩していただけならまだ救いようはあった。
学生の間だけの火遊びだと思ってもらえただろう。
だが、婚約という契約自体を反故にしかねない程の不信感を与えてしまえば関係に皹が入るのは仕方がない。
ぶつぶつと文句を言っていたクロウが、怒鳴り始める。
「そうだとして!何故手紙なんだ!お前が直接俺に言えば良かっただろう!」
「言って何になる。今まで私がお前に伝えた事で、お前が聞いた事なんてあったか?」
冷たく返されて、答えに窮する。
何度も注意はされていた。
嫉妬とは違う穏やかさで、いい加減に態度を改めるよう言われて。
だが、女が口出ししてくるなと相手にしていなかった。
「……こんな、卒業間近に言うなんて悪意があるだろう!」
「はぁ、それはお前らに悪意があったと告白しているようなものだがな。まさか、お前達はアロッホ嬢の件を大々的に騒いで自らの婚約者を貶めたのに、そのまま結婚する気でいた、などと言わないだろう?」
図星を突かれたのか、クロウは思わず一歩後ずさった。
特に何かを考えていた訳ではない。
けれど、ユイカの事で罪を暴いて、嫉妬する女は醜いと証明をして、結婚しても自由に過ごせる口実が欲しかったという打算はあった。
「余程のお人好しか馬鹿か愚鈍な者以外は、そんな話に唯々諾々と従う訳ないだろう。まあいい、お前の将来はもう決まっているのだから、私がこれ以上何か言うことも無いな。……そうそうアロッホ嬢、貴女には感謝を伝えたい。私を不幸な結婚から救い出してくれてありがとう」
ユイカはまたも、宝物が屑になるのを見せられて落胆していた。
奪ったのに、感謝されるという屈辱に、頬が赤く染まる。
「私の罪があるとすれば、殴ってでも腐った性根を叩き直さなかった事かもしれんが……親の仕事であって婚約者の仕事ではないな」
言い捨てながらクロウを一瞥した後、マルツェラは優雅に輪の中に戻っていく。
残された男はあと一人、平民のオットーだ。
彼はハッとしたように、自らの婚約者に目を向ける。
「僕たちは、結婚するよな?」
「えっ、アロッホ嬢と結婚するのではありませんの?」
オットーに語り掛けられた婚約者、ミリアムは桃色の目を丸くして、扇を口元に当てる。
それはもう心底驚いたような顔で。




