犯人を捜せー伯爵令息クロウと辺境伯令嬢マルツェラ
クロウは銀色の短く刈り込んだ髪に、涼し気な灰色の目の長身の男である。
騎士としても優秀で、ルボル王子の護衛も務めていた。
騎士科の中では人気が高い……はずなのだが、ユイカは不安そうに見守っている。
今のところ篭絡した男達は皆、問題を抱えていたのだ。
辺境伯令嬢のマルツェラ・ハンズリークは腕組みをして仁王立ちしている。
稲穂のような黄金の髪の毛は編んで後ろで巻いてまとめてあり、やや吊り上がった緑色の眼は厳しい。
「どうでも良いとは何だ」
「どうでも良くなければ、他の女性に現を抜かす事など許す筈もないでしょう」
「だから嫉妬したのではないのか!」
堂々巡りになりそうな話に、ふっとマルツェラは笑った。
「話にならんな。浮気をするような男は願い下げだと言っている。相手の女性どうこうではなく、お前の性根が気に入らんと言ってるんだよ」
淑女の話し方をやめて、騎士の様に言って、射る様な目でクロウを見る。
クロウは一瞬たじろいだが、慌てて言い返す。
「浮気などはしていない。それは誤解だ」
「だから、どうでもいい。実際しているかどうかよりも、そう周囲に思われる行動をとるのが問題だというのが分からんのだな。主君の愛する女性に懸想して贈り物をせっせと貢ぐ愚かな男が、周囲のお前への評価だ」
歯噛みして睨むが、周囲の目は呆れた様に注がれている。
それは、マルツェラの言った事を肯定するかのようで、もう一度大声でクロウは言った。
「誤解だと言っている!」
「子供か、お前は。大声で言えば罷り通ると思うなよ?では聞くが、私への贈り物や同行よりも、お前の愛するアロッホ嬢を優先した事は無いのか?」
問題の核心に触れつつ、是非を問われて、クロウは苛々したように視線を泳がせる。
だが、返答を遅らせたところで、変わりはしない。
マルツェラは呆れた様に代わりに答えた。
「身に覚えがあるだろう?だったらグダグダと言い訳をするな。女々しいぞ」
「だったら何だ。お前が女らしさの欠片も無いのが悪いんだろう!」
「やっと本音が出たようだな。浮気の理由としては弱いが、可愛らしい女性に夢中になるのは分かる。学生の身分でもあるし、目溢ししても構わないと思っていたが、嫉妬で虐めをしたという疑いをかけられるならば話が変わってくる」
コツコツと硬質な靴音を立てて、マルツェラはユイカの近くまでゆっくり歩いた。
「私がこんな華奢で可愛らしい女性に嫌がらせなどする訳がないだろう?私が付き飛ばしたり、階段から突き落としたら無事で済むはずが無いと思わんか?」
長身のクロウと並んでも遜色がない位、マルツェラの背もすらりと高い。
騎士科に属しているだけあって、筋肉も鍛え上げられている。
ユイカの顔色がさあっと蒼くなった。
見下ろしていたマルツェラはにこりと微笑む。
「骨の1,2本で済めばいいが、打ち所が悪ければ死んでしまうぞ。だが、そんな悲しい事故は起きていない。だいたい、無傷で済ませる様な嫌がらせなどに何の意味がある?」
真っすぐに問われれば、側近達もユイカもたじろいだ。
明らかに手心を加えないと、無傷にはならない。
「でも、教科書がなくなったり……」
「新しい物を購入すればいい。だが、個人の荷物は個人で管理するものだ。失くしたにせよ破損したにせよ、管理できていない方の責任も問われるぞ」
教科書は授業が終われば寮へ持ち帰るものであり、学校には置かない。
だとすれば、犯行に及べるとしても休憩時間だが、教室が無人という事もないのだ。
放課後も荷物を置きっぱなしにして他の活動に出かけることは無いし、もしそんな事をしていたのなら、過失があるのはユイカの方である。
「衣装を汚されたりも……」
「それは、寮の部屋に置いていた物がという事か?」
ユイカがこくり、と頷けばマルツェラの顔が厳しさを増す。
「だとすれば由々しき事態だろう。寮長や寮母には届け出たのか?」
「いいえっ……だって誰かが罪を問われたら可哀想で……」
「お前は頭が悪いのか?」
ユイカは優しい、と言いかけていた男達の声が畳みかけるマルツェラの声にかき消される。
いきなりの暴言にユイカは、は?と目を見開いた。
「お前が変な偽善を示した事で、次に別の被害が出たらどう責任を取る?お前だけが被害に遭うと分かり切っているのなら好きにすればいいが、他の寮生の安全を考えないのか?」
「……え、いえ……あの……」
何で私が皆の安全を?と思わないでもなかったが、そう反論する事は出来なかった。
さすがに、性格が悪いと思われたくないユイカは、困った様に目を潤ませる。
「まあいい。調べれば犯人も分かるだろう。……その書類を見せてみろ。お前の調査が入っていたのなら、見張られていたのだろう?犯人についての情報もあるかもしれない」
「い、いいです」
拒否するようにユイカは書類をぎゅっと抱きしめて、俯く。
マルツェラはふ、とため息をついてクロウに目を向けた。
「おい、被害者が非協力的なのは何故だ」
「そ、それは、本人が良いって言っているんだからいいだろう!」
誰もが、書類に書いてある事を見られたくないんだろうなあ、というのは理解している。
勿論、マルツェラも分かっていて聞いているのだ。
はぁ、とため息を大きく吐いてから、再びマルツェラは腕組みをする。
「本人が良いって言っている、だと?それなのに問題視して犯人探しを始めたのはお前らだろうが。疑われる方の身にもなってみろ。潔白を証明するのに一番良い手段を何故使わない」
核心を突かれた側近達は何も言わない。
否、言えない。
ルボルだけが、眉を顰めて口にした。
「リューリエ嬢、もしかして、その書類には本当に犯人に繋がる証拠が?」
「ええ、ございますよ。けれど、わたくしが誰それが何をした、と告発したところで殿下は聞く耳を持たないでしょうから、お伝えしなかったのでございます。認めたくない事実を突きつけられると、嘘だと条件反射の様に仰る方もいらっしゃいますものね」
静かに目線を落として、リューリエはユイカを見た。
けれどすぐに興味を失ったかのようにマルツェラへと視線を戻す。
「そういえば、マルツェラ嬢。改めてのご婚約、おめでとうございます」
「リューリエ嬢、ありがとうございます。わたくしも肩の荷が下りました」
肩の荷が下りた?と不思議そうにクロウはマルツェラを見る。
犯人は勿論……




