自由の代償ー侯爵令息オトマルと子爵令嬢ヘイディ
「じゃあ、婚約の解消に伴って、事業の引き揚げと領地管理に派遣していた人員も撤収させます。あと、今まで援助したお金も全額返済して頂くので、頑張って領地運営してくださいね。誰が運営するのか知りませんけれど」
「……え?……いや、……何を?父が運営しているだろう、何を言ってるんだ」
鼻で嗤うように言うが、ヘイディは首を傾げる。
反対側にもう一度、傾げてから問いかけた。
「アベスカ侯爵令息ってぇ、誰から領地運営について習ってるんですぅ?」
小馬鹿にするような問いかけに、だがオトマルは答えられなかった。
領地の事は、任せていると確か父は言っていたし、授業で習う以上の事はしていない。
夏の終わりに領地に遊びに行く事もあったが、そこで働いた事は無かった。
旅行が終わればすぐに王都に戻ってきていたし、そういうものだと思っていたのだ。
「わたくしは小さい内から父に習ってましたよ。アベスカ侯爵領にも何度も行きましたし、領民の方達とも交流してました。いずれはわたくしがやらないといけないかもしれないって。まあその必要はなくなったけど、この能力を活かす事が出来るお家へ嫁ぐ事も出来ますしね」
スラスラと語られるヘイディの未来についての言葉に対し、オトマルは何も言葉が出ない。
領民と交流などした事が無かった。
王都の華やかな社交や、買い物を楽しんで、美味しい料理を食べて。
田舎暮らしなどする気はなかった。
領地はそこまで辺鄙な場所ではないが、何もかもが王都と比べれば劣っているのだ。
「いや待て、援助したのに返済、だと?」
「ええ。だって結婚する予定だから我が家の財力と伝手をお貸ししたのですもの。もう無関係の他人なんですから、返して貰いますよ、そりゃ。何で無料奉仕させる気でいるんです?大体ですね、今だって普通に暮らせる程度しか税収だって無いのに、贅沢し過ぎなんですよ。帳簿も見てないでしょう?だから未だに我が家に無心に来るんですから」
むしん、と呆けた様にオトマルは復唱した。
蔑むようなヘイディの視線が痛い。
周囲の視線も。
今まで散々、金で縛られている関係で、もう家は立ち直ったのに縋られて困ると言いふらしていたのに。
実際は立ち直らせて貰った上に、まだ独り立ちすら出来ないでいて。
それなのに贅沢をして散財をして、更に迷惑をかけていたのだ。
「わたくしと我が家にとって、あなた方は血筋が良いだけの不良債権でしかないんです。どうぞ、誰かに高く買い取って貰ってください。そこのアロッホ男爵令嬢とか」
「……えっ、なん、何で私」
買ってもらうばかりで買い与える意識など無いユイカは驚いて問い返した。
「慈悲深い行いってあるじゃないですかぁ?ほら、お祝い事があると、お金を払って鳥を逃がしてあげたりとか。だから、自由にしてあげたいアロッホ男爵令嬢がぁ、お金をあげてくださいよ。それでアベスカ侯爵家を救けてあげてくださいね?大丈夫ですってぇ、王子っていう太いお客様がいるんですもの。幾らでもお金引っ張れるでしょ?」
「……え、何、そんなの無理」
「無理とか無責任じゃないですかぁ?自由にしてあげたいなら対価を払わないと。金貨が無ければお買い物出来ないのと一緒ですよぉ?じゃなきゃただの強盗ですもん。大丈夫ですってぇ。何故か王妃殿下の一年の公費よりも、侯爵家の散財の額の方が多いですけどぉ、愛の力があれば何とかなるんですよね?」
ユイカが気前よく言い放った言葉は、責任を持たずに発したものだ。
男爵家は貴族の中でも下に位置するのだからお金など無い。
かといって、王子に工面して貰っても王妃の公費を上回る額など問題外だ。
「あ、でも、感謝はしてるんですよ、本当に。お金に縛られてたのはわたくしの方でしたけれどね。血筋が良いだけの金の亡者に貼り付かれて、仕方ないかなって思ってたところに、自由になっていいよって言ってくださって、嬉しかったです。わたくしの罪があるとしたら、そうですねぇ。甘やかし過ぎたってところでしょうか」
自分の勉強に手一杯だったヘイディは、見下してくる相手に優しくしてやろうとは思えなかった。
将来、何があっても大丈夫なようにと爪を研ぎ続けて来たヘイディと違って、出自の良さにかこつけてオトマルはぬくぬくと楽に過ごしてきたのだ。
しかも、自分に都合の良い部分だけを美味しく頂いて、全てを知ろうなどとは思いもせずに。
だからこそ、手を放してくれたのだから今は感謝しないといけないのだけれど。
「待ってくれ、謝罪ならする、するから……」
「謝罪ってぇ、幾らになります?今までこちらが出してきたお金が謝罪一つで無かったことになるなんて、どんな魔法なんですか。ていうか、どれだけ美貌があって血筋が良くても、要らないものは要らないんですよ。アベスカ侯爵令息の取れる道はお二つ。一つは、散財を止めて領地運営に専念すること。もう一つは、何処かのお金持ちに高ぁく買ってもらうこと。ご用命なら、身売り先くらいはお世話してあげましてよ?これもご縁ですものね」
最後の言葉は、淑女らしく締めくくって、ヘイディはユイカとそれから王子を見た。
「以上ですわ殿下。不要品を貰って頂いた相手には感謝しかございませんの」
ユイカは証拠の書類を抱えたまま、ふるふると震え、大きな瞳に涙を滲ませる。
これでは誰かに虐められた悲劇の女主人公だと気取っても、誰も信じる者はいない。
見た目が美しかろうと、中身が伴っていない男達に囲まれていても、誰も羨むことは無い。
彼女達の言葉を借りれば、塵を塵箱に放り込んだだけの話なのだ。
美男達を侍らせていい気になっていたのも、羨んでいたのも、何も見えていなかった者達だけである。
当事者ですら、その価値の低さを理解はしていなかった。
「じゃあまさか、お前が?」
信じられないと言うように声を上げたのは、クロウ・ベドナーシュ伯爵令息だ。
お前と言われたのは、婚約者であるマルツェラ・ハンズリーク辺境伯令嬢。
二人とも騎士科の生徒である。
「何故でしょうか?わたくしは貴方などどうでもいいのだけれど」
ここもか、と皆が見守っている。
犯人探しが暗礁に乗り上げているが、どんな問題が隠れているかの方が皆の興味を引き始めていた。




