自由にして差し上げますー侯爵令息オトマルと子爵令嬢ヘイディ
ヘイディ・バリーク子爵令嬢は橙色の髪を揺らして、不思議そうにオトマル・アベスカ侯爵令息を見る。
橙の髪は高い位置に左右二つに結い上げられ、瞳の色と同じ水色のリボンで結わえてあり、彼女が動くたびに愛らしく揺れていた。
オトマル・アベスカは黒髪に青い眼を持つ美青年だが、今は疑心に満ち溢れた目でヘイディを見ている。
「君が嫉妬のあまり、ユイカに嫌がらせをしたのか、と聞いている」
「え?何故そんな勘違いをなさるの?わたくしが何故、アロッホ嬢に嫉妬を?」
本当に分からない、というようにきょとんとしながら、左右の友人達を見れば、友人達は扇の下でくすくすと笑う。
「だって、ねぇ?わたくしとオトマル様って、お茶会もしてませんでしたよね?わたくしも別に好きでもない人とお茶を飲むのは嫌だったし……あ、不敬は問わないで下さるんですよね?」
途中で気が付いたように、ヘイディは気軽な感じで王子に問いかけ、王子は苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
「良かろう」
勝手に許可をされたので、オトマルは何か言いたげだったが、ヘイディに視線を戻す。
ヘイディは、一応という感じで淑女の礼を執った。
すかさずオトマルは、ヘイディに疑問を投げかける。
「お前の家は新興貴族だ。それも平民上がりのな。だから我が侯爵家の血筋と縁を欲していたのだろう?それに私も」
「はぁ……それを言ったら、そちらは、お金を欲しておいででしたよね?」
「んなっ……」
明け透けに言われて、オトマルは言葉を失う。
かあっと白皙の頬に血の朱が差した。
確かにアベスカ侯爵家はかつて零落していた時期がある。
だが、もうそれは、過去の事なのだ。
今は既に侯爵家として立派に体面が保てるほどに優雅な生活を送れていた。
だから、ヘイディと婚約解消をするのに問題はない。
恩義と契約がその邪魔をしているだけで。
「自分で言いふらしてたじゃないですか。金に縛られてる、でしたっけ?そこのほら、アロッホ男爵令嬢にもわたくし、言われたんですよぉ。
『お金で人の心を縛り付けるのは良くないわ!自由にしてあげて!』って」
まるでユイカを真似るように、両手を胸の前で組んで、身体を揺らす仕草に会場の子女達がくすくすと笑う。
「それの、何処が悪いの?!」
「そうだ!ユイカは正しいし優しい!」
「ええ、わたくしもそう思います」
二人の反論に、ヘイディも頷いた。
え?と同意された二人が驚く。
それを見てにっこりしたヘイディはゆっくりと歩み寄って、ユイカに顔を近づけて言った。
「ありがとう、ユイカ・アロッホ男爵令嬢。わたくし、貴方に勇気と自由を頂いたわ」
「ど、どういう、事?」
不思議そうに眉を顰めるユイカに、うふふ、と笑いながらヘイディは元の様に背筋を伸ばした。
「皆さんもご存知の通り、わたくしの家は商会を営んでおりますし、平民上がりです。といっても平民だったのは三代前までですけど。ちゃんとしたお家柄の方々は、きちんとわたくしの事もわたくしの家の事も尊重してくださいますけれど、中には見下してくる方もいらっしゃいます。アベスカ侯爵令息もその一人でしたね」
突然の責め言葉に、オトマルは疑問符を浮かべた。
「だって本当の事だろう?」
「ええ、本当の事です。そこのアロッホ男爵令嬢が平民上がりと言われるのと同じですね」
「君は平民を馬鹿にしているのか!?」
「ほらそれ」
激高したオトマルに、ヘイディは扇を突き付ける。
「平民を馬鹿にしていないと出ない言葉ですよね?事実だけを言ったのに。アロッホ嬢が言われると怒り、わたくしには同じ事を仰るの。そういうの何て言うかご存知?二枚舌っていうんですよ」
ハッとオトマルは口に手を遣るが、一度出た言葉は取り返しようがない。
わなわなと震えるオトマルに、ヘイディはゆっくりと微笑む。
「別にその辺は良いですけどね。言葉遣いだって淑女として振る舞えるけど、こうして崩した喋り方だってしますし、お客様には平民の方だって大勢いますから。婚約だって、わたくしの父が良かれと思って見つけてきてくれた良縁だと思ってたんですよ。でも、貴方も貴方の家もただの恩知らずでしたけど」
「何を言うんだ……婚約を解消したわけでもないのに」
「いつでも婚約を解消できるって言ってたの、知ってますよ?もう援助の必要はないし、領地も富んだから必要のないバリーク子爵家とは縁を切って、もっと良い縁を見つけたい、とね」
さっと、オトマルの顔色が変わる。
誰が、そんな事を暴露したのだろうか。
「そこに、ほら、アロッホ男爵令嬢の言葉もあったし、わたくしも納得出来たんです。お金とか援助とかもう終わりにして、自由になったらいいんじゃないかって」
「……!そうか!」
ぱっと嬉しそうにオトマルは笑顔を浮かべてヘイディを見る。
ヘイディもにっこりと、笑顔で返した。
「婚約解消、で宜しいですか?」
「君がそう望むのなら、良いだろう」
頷くオトマルを見て、ヘイディは周囲に笑いかける。
「やりました!皆様、聞きました?」
「ええ、聞きましてよ」
「良かったですわね」
笑顔で讃えたのは、エステルとリューリエだ。
まさか交流があったと思わず、オトマルは眉根を寄せてその光景を見る。




