慰謝料の話し合いーリューリエとヘイディ
別室に移った人々は卓に着くが、見事にその明暗は分かれていた。
侯爵令嬢で王子の元婚約者であるリューリエが、口火を切る。
「調査を入れていた事からもお分かりでしょうけれど、殿下とわたくしの婚約を破棄する流れは存じ上げておりました。殿下有責である事も、最早動かしようのない事実にございます」
「……それは、分かっている。だが、君なら誤解があった事も理解しているだろう?」
ルボルの問いかけに、はい、とリューリエは素直に頷いた。
だから何度も、身を慎むようにと進言はしていたのだ。
一向に聞く気はないようだったが。
「それなら、婚約を元に戻せるだろう?無かった事に…」
「出来ませんし、したくございませんの。また何時どなたか別の方を見初めるだけでなく、わたくしを冷遇したり罵倒したりなさるか分からない方に人生を捧げるなどという、博打を打ちたくはございません」
にっこりと微笑んで言われた言葉に、ルボルは撃沈して俯いた。
既に大勢の貴族子女がその荒唐無稽とも言える宣言を聞いてしまった後である。
無かった事に出来る筈もないのだ。
しん、と静まり返ったところで、リューリエが再び口を開く。
「まずは、ルボル殿下。既に王室との話し合いは済ませておりまして、殿下の臣籍降下は決定されておりますの」
「……は?……いや、何故……」
「侯爵家の後ろ盾を失ったから、という理由ではございませんよ。先程申し上げましたように我が家にはそれ程の力はございませんもの。それでもですね、殿下をお支えしたいと思われる家門が無いのでございます。幼い頃からの傲慢な言動もそうでございますが、男爵令嬢へのご寵愛が高じて、侯爵令嬢を冷遇するという身分への冒涜。王としての資質無しと判断されたのでございます。当然でございますわね」
理路整然とした言葉に、令嬢達は頷き、令息達は俯いた。
散々身分をひけらかしながら、自分は好き勝手にその身分を無視する決定を下すのは理に適っていない。
その様な者が王になった暁には、気に入らない者の爵位を落としたり奪ったりして、気に入った者には平民にすら爵位を与えるなどという暴挙を起こすだろう。
「ですので、今後、殿下は一代限りの男爵となり、アロッホ嬢との結婚が認められております。領地はございませんが、日々の暮らしに困らない程度の…庶民としてなら暮らせる程度ではございますが、年金は支給されます。長年拘束されたわたくしに慰謝料をという話も戴きましたが、既に領地を頂いておりますもの。あとは、殿下がお選びになったアロッホ嬢とお幸せになって頂きたくて」
殊勝な申し出だ。
けれど、ユイカ・アロッホの行状を鑑みれば、幸せとは程遠い。
だが、ルボルに逆らう気力は残されていなかった。
ユイカもどこかほっとした表情をしている。
「ああでも、殿下におかれましては断種も施行される予定ですので、その点はご了承くださいませ」
「そうか……」
一代限りの爵位とは、そういう事だ。
どちらにしても子供は平民にしかなれないのだし、どうしても残したいという気概もない。
ルボルは静かに相槌を打つ。
何処から間違っていたのかと問われれば、幼い頃から既に間違っていた。
教育係の言う事も聞かなかったし、嫌われているなどと露にも思わなかったのだ。
王子という地位は絶対であり、誰もがその隣に立つことを求めるのだと愚直にも信じて来た。
たとえ、懇切丁寧に選ばれないこともあると教えられたとて、馬鹿にして信じなかっただろう。
今日の今日まで気づかなかったのだから。
次に口を開いたのはエステルだ。
「わたくしは既に公爵閣下より、慰謝料の支払いを約束頂きましたけれど、他の皆様は請求されますものね」
エステルの言葉に、令嬢達は考える。
ヘイディは首を傾げた。
「払い切れるかしらねぇ?爵位を返上して、今まで支払った諸々を取り返すとしたら領地丸ごとと相殺は出来るけれど、慰謝料までは難しいですもんね。でもアベスカ侯爵令息は美貌がございますから、それこそ高く売れますもの」
残酷な言葉に、ユイカがキッと睨みつつ歯向かった。
「何で、そんな酷い事を言うの!?」
「じゃあ、アベスカ侯爵令息と一緒に、借金返済してくださいね、決まりです」
「えっ」
ヘイディの決定に、ユイカが驚くが、ヘイディは首を傾げる。
にんまりと笑いながら。
「別にぃ、わたくしはどちらでもいいですよぉ。慰謝料を支払って下さるのが、お金持ちの未亡人でも、美男が好物の狒狒爺でも、貴女でも。ねぇ、口先だけで綺麗事言うってどんな気持ちですぅ?もしここでアロッホ嬢がアベスカ侯爵令息と一緒に暮らして、借金も一緒に支払うって言うのなら、半分に減額しますよ」
「……断ったら、どうするの?」
「断るって事は貴女が売るって決めた事になりますねぇ、この場合」
オトマルは、縋る様な目でユイカを見つめていた。
売られたくないのは誰の目にも明らかで。
「返します、一緒に。ね、いいでしょ?ルビー」
ルボルの愛称を呼んで、可愛らしく強請れば、ルボルは生気のないまま頷いた。
売られるかもしれない友を見捨てる気にはなれなかったのだ。
「構わない」
「ありがとう、私、頑張るね!」
前向きなユイカの笑顔を見ても、以前の様にルボルの心は浮き立たなかった。
寧ろ、手近に他の男を置きたかったのではと、疑心暗鬼になってしまうのである。
逆にオトマルは、感激したようにユイカを見ていた。
「ありがとう……ユイカ、私の為に……」
「ううん、いいの。一緒に返して行こうね」
仲睦まじそうに約束する二人を見て、ヘイディは笑顔で頷いた。
「良かった、さすがです、アロッホ嬢はお優しいですね。では、こちらの書類に署名して下さい。アベスカ侯爵令息も」
二人は言われるままに、書面を確認して署名をする。
慰謝料は莫大な物ではなく、法律で定められた金額から減額されたものだった。




