実家との断絶ークロウとオトマル
「何で勝手な事をするんだよ!!」
自分の私物が売り払われていた事を知ったクロウは、父と兄を怒鳴りつけた。
「勝手な事をしていたのはお前だ、この痴れ者がぁ!!!」
騎士団長でもある伯爵が怒号と共に拳を振るえば、クロウは壁に叩き付けられた。
ぐあっという絞められた鳥のような鳴き声を上げて、叩き付けられたクロウはずるずると壁に凭れて尻を着いた。
「父上、その辺で。怪我をさせて働けなくなったら怠ける男です、この馬鹿は」
「ふん、それもそうだな。軟弱なうえに、口と態度だけはでかく育ちおって」
「注意を与え続けてはいたのですが、耳を貸さなかったこの馬鹿が悪いのです。マルツェラ嬢も言っておりましたよ。頭に大鋸屑でも詰まっているのではないか、と。俺としては空なのではないかと思いますがね」
馬鹿にするような目を嫡男のレインに向けられて、クロウはぎりっと歯を食いしばった。
本当なら、レインよりも裕福な辺境伯の婿に収まる筈だったのに。
爵位だってただの伯爵よりも、格が上だった。
いつも比較されて来た優秀な兄を見下せる機会を、クロウは永遠に失ったのだ。
「お前の私物など、慰謝料には足りぬが、お前にその幾許かの金が渡ったところで、どうせ自分の飲食にでも使って終わるだろう。それなら直接、謝意として少しでもマルツェラ嬢の手に渡る方が良い」
生意気なあの女のせいで、クロウの人生は台無しだ。
しかも、平民に落ちた事をさっき知らされた。
本来なら家に立ち入ることさえ許されないのだ。
「良いか?お前は除籍した。我が一族の家系図にも載らぬ余所者だ。疾く出て行き、二度と戻るな」
「そんな事言ったって、住む処だってねぇんだよ!」
悲壮な顔をしてクロウが言うが、伯爵はため息を軽く吐いただけ。
レインが父親に代わって、静かに言った。
「貴族同士の約束は簡単に違えて良いものではない。お前には分からぬのだろうがな。いいか?厩舎を一晩貸してやるから、そこで寝泊まりするがいい。明日の朝には騎士達に放り出させるから、二度と顔を見せるな」
言い終わると、伯爵家に仕えていて騎士団でも見習いをしている屈強な従僕達が現れて、座ったままのクロウを無理やり立たせると、文字通り玄関から放り出された。
「食事もまだなんだ!!せめて、」
言葉の途中で無情にも扉は閉められた。
玄関から見上げた伯爵家は住んでいたころのまま。
どの部屋にも明かりが燦燦と点っている。
それが、どれだけ恵まれていた事だったのか。
今になってじわじわと、クロウの胸に苦みと共に広がっていく。
こんな未来に行き着くのなら、あの女なんて選ばなかったのに、と思ったところでもう遅い。
あの時は、あれでいいと思っていた。
女らしくないマルツェラを妻にしても、可愛い恋人を作ればよいだけだと。
学生の内は自由に楽しむものだと、勝手に。
「なあに?今更。お前の私物なんてないわよ」
冷たく母親に言われて、オトマルはそんな、と声を絞り出した。
言った母親は未だにごてごてと飾り立てられた衣装を着ている。
「お前が余計な事をしなければ、このまま悠々自適に暮らせて行けたのに、何て事をしてくれたんだ、この疫病神が」
父親に言われた言葉に、オトマルは何も言い返す事が出来ない。
既に侯爵家の外壁にも差し押さえ物件の札が貼られていた。
「いや……いや、まだ遅くない。ヘイディ嬢に頭を下げて、何とか許しを請うのだ」
「せめて、高く売れる場所に売って貰って、わたくし達を助けるくらいしなさいな」
親とも思えぬ言葉を聞いて、オトマルはふらりと壁に寄りかかった。
「父上と母上が散財しなければ、こんな事には!領地運営だって何故自らしなかったのですか!」
「お前とてそれを享受していた癖に責めるのか?自分の事は棚に上げて」
「そうよ。大体それでも貴方が婚約解消などと言い出さなければ問題は起きなかったのよ、この役立たず」
親の怠慢を論ったところで、オトマルも同じ穴の貉である事に変わりはない。
いや、決定的な過失を犯した分罪は重いと言えよう。
遅かれ早かれ、この家も領地も全て無くなるのだ。
名家としての歴史すらも。
「お二人もその内同じ運命を辿るのですから、餞別は要りません。ではお元気で」
そのまま屋敷に留まる事も出来ず、オトマルはとぼとぼとルボルとユイカの住処へと帰って行った。
ユイカは翌日も朝から同じ献立の朝ご飯を作ると、さっさと仕事に出かけた。
オットーは自分の仕事と、クロウやオトマルの仕事まで見つけてきたので、その日早速オトマルは面接へ連れていかれたのである。
黙っていても借金は減らないのだから仕方がない。
高級サロンで酒の給仕をする従僕を探しているという話で、礼儀作法も見た目も良いオトマルはすぐに採用されて、働き始めた。
全員が働き疲れて戻り、食事を囲んでいると扉を叩く音がする。
クロウも実家に受け入れて貰えなかったのだろう、と予想はついたが、ユイカは立ち上がろうとしない。
仕方なく、オットーが扉を開けた。
「君の分の夕飯は無いよ」
「はぁ?何でだよ」
「連絡も寄越さないし、皆働いて来て疲れているんだ。働いていない奴に食わせる飯なんてないんだよ。それに、ここに居ても良いってユイカが言ったのは、君が行く宛てがないから声をかけたのに、何で世話になる君がそんなに偉そうなんだよ」
それは帰って来たユイカが困った様に零していた言葉だ。
オットーだって住む場所が無ければもっと困窮していたか、稼ぎは悪くなっても住み込みの仕事を探すかしかなかった。
クロウはそんな事すら分かっていない。
「ユイカだけじゃない。僕たちは婚約者達にも恩情をかけられたんだよ。住む場所がないだけで、仕事に就けない事だってあるんだ。家賃を払って借金まで返すのが大変だから、こんな事が許されてるんだよ。もう少しルボル様にもユイカにも感謝した方がいい」
「………分かったよ」
渋々、という体でクロウはため息を吐きながら言った。
昨日はちくちくする藁の上、馬の糞の匂いのする厩舎で一夜を明かしたのだ。
簡素とはいえ、寝台がある家が有難いのは身に染みている。
「俺は先に寝る。ルボルでん……様にも、ユイカにも感謝している」
言うだけ言って、クロウは自分の部屋へと戻って行った。
「オットー有難う……」
「いいんだよ。誰かが言わないとね」
ちら、とルボルに視線を投げるが、ルボルは黙々と薄いスープを口にしている。
今まで食べていた豪華な料理とは雲泥の差だろう。
けれど、ルボルは出された物に文句を言わないだけクロウよりマシなのかもしれない。
本来なら家主であり立場も上だったルボルが言うべき言葉だったのだが、今の彼は憔悴している。




