可哀想だった俺よ
小学生の頃から親しくなり、交換日記をする仲になった美月と、中学も同じクラスになって、私達は親友だねとお互いに言い合っていた。
同じ部活に入ったけれど、美月は一学期が終る前に突然辞めてしまった。
「どうしたの?」
驚いた私は理由を聞いたけれど、教えてはくれなかった。
美月が入るならと思い決めた部も、美月がいなくなってしまうと張りがなくなり、その後私もなんとか言い訳を作って退部した。
それからどこにも再入部することなく、放課後の校内を二人でふらふらしていた。
図書室が閉まるまでほぼ毎日そこで時間を潰した。
「私達、図書部だね」
そんな部は存在していなかったが、そういうことにした。
当時二人が気に入っていたのは、投稿者の詩にイラストレーターが絵をつけて載せる月刊誌。
美月が特に気に入ったのは『可哀想だった俺よ』というタイトルの詩だった。
詩の内容は、作者が若かりし頃の自分を振り返り、当時の未熟で愚かな自分を恥じつつ、そんなことも気がつかずに馬鹿みたいなことをして苦労した自分を憐れみ、できるならば、今の自分が当時の自分に教えてやりたいというようなものだった。
私達はまだ十三歳だけど、それでもその感覚はなんとなく理解できた。
「いいね」
「いいでしょ」
「うん」
中学の図書館が十六時で閉まってしまうと、今度は学校のほぼ隣にあった町立図書館(現在は移転している)へ閉館まで自称部活動をしに行っていた。
新学期がはじまると、担任の山口先生に「いつまでもフラフラするな、新しい部活を決めて入れ」と言われてしまった。
この頃から美月はなぜか反抗心が強くなって、わざとルールを破るとか素直に従わないなど担任と揉めることが目立ち出した。
「ねえ、何かあった?」
「無いよ、別に」
美月はたまに秘密主義な所があった。でも嘘をついたりしないから、信用できた。
だから私は彼女が自分から話すのを待った。
それからすぐに私は担任に呼び止められた。
「佐野、おまえ、吉川(美月)と仲が良さそうだが、おまえとは不釣り合いだ」
私は担任の山口が放ったその一言がショックで凍りついた。
未熟だった私は自分を否定されたと勘違いして酷く落ち込んだ。
美月は長身で細面の大人っぽい見てくれで、丸顔短躯の私とは凸凹コンビ、まるでお笑いコンビみたいだった。
以前からクラスメイトからも真逆のペアだよねとかよく言われて来た。
自己肯定感が育ちきっていない、精神弱々の思春期に受けた痛烈な一撃に、否応なしにコンプレックスを刺激された。
少しでも美月に釣り合う友人になれるようにもっとしっかりしなくちゃ、もっと大人にならなくちゃと焦った。
その後も部活は決まらずに、もうすぐ二年になる前にようやく書道部へ入った。
部員三名の超弱小部。私と美月、同級生の男子一名が部長になった。
籍を置いているだけで、相変わらず図書館に入り浸り顔は出さないという幽霊部員。
「命あるものは美しい」
文化祭の時は仕方ないのでお題の作品を適当に書いて出品はしていた。
私も美月も元々書道はそれなりに上手く書ける方だから、二人して部活を舐めていたのだ。
二年になってから別のクラスになり、新しいクラスの係の仕事があるからと、図書室や図書館にも美月は来なくなった。
私が書道部に行かず図書室にいて美月を待っているのを彼女は知っていたが、美月が来ることはなかった。
私は一向に来ないので待つのは止めて、一人で書道部に行くようになった。
美月は「何で待っていてくれないの?」
と文句を言ったかと思えば、「私のこと嫌いになったの?」なんて言い出したから驚いた。
美月はそうやって私をずっと試していた。わざと私を待たせて反応を見ていたことを知った。
──私は美月の親友ではもう無いのかもしれない。
その他大勢の一人に過ぎないのかもしれないと気がついた。
私はそれも仕方がないと思った。
友人を選ぶのは美月だから。私だって友人を選ぶし、それはお互い様だからだ。
『おまえは不釣り合いだ』
否応なしにその言葉が思い出された。
それに秘密主義で私には話せないことも、他の誰かには話せるのかもしれないならば、美月はその人を大切にした方がいい。
それが私ではないというだけだ。それを受け入れていかなくちゃ。
本当は私だったら嬉しいけど、誰にそれを話すのかそれは美月次第で美月の自由だから。
しばらくして、美月が泣きついて来た。
「ロリィが死んじゃった」
今まででもっとも元気がなく、美月がこんなに落ち込んで憔悴したのを初めて見た。
「大丈夫?」
愛犬の死に意気消沈している彼女をバス停まで送り、バスが来るまで寄り添った。
「恵那は優しいね」
「······そうかな?」
私は美月に釣り合わないとしても、友人の一人として、困っている時は寄り添うことだけはできる。
彼女の秘密や、本当の悩みを打ち明けられることはなくても、傍にいてあげることだけはできるから。
私はそれだけでいいと思っていた。
美月はすぐに新しい犬と猫を飼いはじめた。
高校は別々の所へ通うようになり、会うことは減って行った。
メールをやり取りしたり、SNSでは繋がっていた。
高校三年になり、私は付属の大学に進学にすることになったが、美月は両親が離婚してしまい、高校を卒業したら働くことになった。
学生と社会人になって益々距離が出来て、たまに会うと、以前よりも彼女の言葉に刺を感じるようになった。
家の事情を考えると不本意な立場に置かれているであろうことがわかったので、大変だねとか労う言葉をかけても火に油を注いでしまうのか、不機嫌になってしまうので、その辺りのことには触れない会話でやり過ごした。
地雷を踏まないように気を使うこと、彼女の顔色を窺うことが増えた。
私は鈍くて空気が読めない所もあるから、下手なことを言って傷つけないように自分なりにそれでも気をつけた。
もうこの頃には、私は友人や同級生とかですらなく、都合のいい暇潰し要員ぐらいでしかないのだな、自分より一寸でも見下せる相手、意のままになる要員を欲しているだけだと薄々気がついていた。
彼女は、結婚するのは嫌だから、私は結婚しないからねって相手に承知させて付き合っていると言っていた。
不倫ではないと良いのだけど······。
彼女の両親は父親の不倫が原因で離婚した。
美月が付き合うのは十歳以上歳上の男性ばかりだ。
無意識に父親的存在、自分を庇護し甘やかしてくれる存在を求めているのではないかと思った。
まだ親の離婚の痛手が癒えていないのだろう。
それを彼女に言ってしまうとブチキレるだろうから言わないけれど。
それは彼女のプライドがきっと許さないのだ。
今までも感じてきたけど、美月ってなかなか面倒臭い人だ。
傷つきやすい人は我が儘な面も強いと思う。
ちょっと変わった面白い子だと思っていた子どもの頃とは、もう受け止め方が違って来ている。
それだけ私も歳を重ねて成長したのだ。
私は高校の頃に、『可哀想だった俺よ』という詩のことを覚えているか聞いたことがあった。
答えてくれるという期待はせずに「ねえ、何であの詩が好きだったの?」と聞いた。
悩みを私に打ち明けるチャンスはいくらでもあった。
言いやすくなるように、悩みがあったら言ってねと都度言ってあった。
私では頼り無いと判断したならそれでいい。
私以外の頼れる人に打ち明ければ済むことだから。
それでも私は、いつ打ち明けられてもいい待機はしていた。
それを活かさなかったのは美月だ。
差し伸べられていた手を取らなかったのは、彼女の方だ。
相手が永遠に変わらずにそのまま都合よく待っていてくれるなんてことはない。
家族や友人でも、言葉にしないと、言わないとわからない、話さないと伝わらないことはある。
受け身でいたら、相手が何もかも察して汲んでやってくれるなんてことはほぼない。
時は流れ、私が結婚するという報告を美月にすると、相談メールが届いた。
付き合っていた人がいたが、子どもができてしまって困っている。結婚も妊娠もしたくなかったの、どうしたらいい?というものだった。
元々婦人科系が弱くホルモンバランスが崩れて生理がなかったから、妊娠に気がつかずにいて、既に妊娠4ヶ月だという。
きっと大丈夫だろうと避妊はしなかったらしい。
相手は責任を取って結婚しようと言ってくれているが、自分はしたくないという。
じゃあ、シンママで育てるの?と聞くと黙ってしまった。
彼女は妊娠にもっと早く気がついていたら中絶していたのではないかと思う。それができなくて困っているのが現在なのだ。
彼女は体調を崩し離職していたので無職だった。
その状態で一人で子育てなどできるのか疑問だった。
「美月の気持ちはわかるけど、子どもの立場を一番に考えてあげてみたら」と言うと、それでも私は結婚したくないと言い張ってそのままメールは来なくなった。
それからしばらくして、「入籍することにした、結婚式は産んでからする」という報告が来たので、私はほっとした。
無事出産したメールは来たけれど、いくら経っても結婚式の報告がなくて不審に思っていたら、とっくに離婚したという。
養育費だけはもらい、生まれた娘には合わせたくないから、娘には父親は死んだということにしているのだと聞いてびっくりした。
周囲には離婚したと思われるのが嫌なので、夫の姓を仕方なく名乗っている、既に新しい彼氏がいて昨年から同棲しているというので絶句した······というか、その感覚についていけなかった。
······彼女って、こんなに自分本位な人だったっけ?
恋愛や離婚の修羅場でその人の本性が出るというのは本当みたいだ。
予想を上回る美月のやりたい放題に、ああ、私はもう美月とは無理だなと思い至った。
子どもに自分よりも可哀想な思いをさせているのでは?
そこに思い至ることは無いの?
本当は欲しくなかった娘の親権をめぐって裁判で二年も争ったらしい。
「ねえ、美月、まだお父さんのことを引きずっているんじゃないの?」
それが禁句だったのか、メールとSNSはブロックされた。
図星というところなのだろう。
誰も言わないことをあえて言った私は、美月にとっては敵になったのだろう。
大昔は親友、今は敵認定。
まあ、そういうこともあるのだろう。
いつか、美月に刺さって立ち止まって考えて欲しいと思いつつ放った言葉だった。
知り合いからの情報では、美月はシンママ達とつるんでいるらしいから、取り敢えず孤立はせずに仲間がいるから、彼女は平気だろう。
『可哀想だった俺よ』
その詩をいいねと言ったその心情はついに知ることはなかったけれど、私達はもう終わった。
『おまえは釣り合っていない』
それは事実で、否定はしない。
そして、美月も私には釣り合ってはいなかったことが随分前からわかっていた。
私も彼女もお互いに。
ひとつの関係が終わると、また新しい関係がはじまることもある。
私は清々しい気分で、それを受け入れて歓迎するのだ。
私と美月の人生がそれぞれにしあわせでありますように。
(了)




