猛獣
友人として付き合っているだけで、恋人としての付き合いでは全くない女性に、「私達って恋人同士よね?」と突然問われて驚いた。
「いや···、ごめん、恋人とは思っていないよ」
正直に答えると、彼女はダンと机を両手で叩いた。
僕を物凄い形相で睨んでいる。
今日このファミレスへ呼び出されたのは、共通の友人の結婚祝いの品を選ぶためだ。
電話かメールで済まそうとしたのに、同期の 青田も来るから三人で会って決めようということになっていたのだが、待てども青田は来なかった。
しまった、嵌められたと思った。
元々彼女は青田には声をかけていなかったのだ。さっきメールで確認したら、そんな誘いは受けていないと返信が来た。
やられた。これは彼女の十八番だと言うことをすっかり忘れていた。
こうやって他の人にも声をかけたふりを装い、蓋を開ければ彼女と二人きりになっているのだ。
以前同様のやり口で呼び出された知人が怒っていた。彼女は男女に関係なくこの手を使うらしい。
「あの人には気をつけて」と同僚からも言われていたのだ。
「僕には好きな人がいるんだ。君とは付き合うことはできない。今日も青田が来るって言うから来ただけだよ」
「······」
相変わらず彼女は睨み続けている。ファンデーションで真っ白な顔はなんとなく文楽の人形を思わせた。体型は金太郎みたいだけど。
「誰が好きなの?」
「答える義務はない」
彼女に呑まれてはいけない。強気で接しないとやられてしまう。
「答えなさいよ!」
「嫌だ」
彼女はもう一度力任せに拳で机を叩いた。店中の視線を浴びている。
修羅場だと思われているのだろう。
彼女といると、こちらが猛獣使いの気分になる。
普段は甘ったるい猫なで声で、上品そうに振る舞うのに、自分の思い通りにならないとこのように豹変する。
ここまで豹変する人を僕は見たことがない。
「祝い品を決めるのが先決だろう?」
「そんなのは、どうでもいいのよ!」
やはり、呼び出すための口実でしかなかったのか。彼女みたいな性格だと、普通に声をかけても人は来たがらないだろうな。
他人をダシにしないと人が来ないなんて自業自得だ。
「こうやって嘘をついて人を呼び出すのも、もうしないでくれ。人を嵌めるのは良くない。今に友人を全部失くすよ」
「···うるさい!余計なお世話よ」
彼女は太めの短躯をワナワナ震わせながら、残りのアイスコーヒーを一気に飲み干した。
勢い良く席を立つと、「あんたが払え」と透明の伝票立てを投げて寄越した。腕に当たってバウンドし座席に落ちて転がった。
迷惑をかけた相手に謝りもせずに奢らせるとはどこまで自己中なのか。
もう何も言わずに猛獣が去るのを待った。
カツカツとヒールの音を嫌味なほど響かせて彼女は退場した。
僕は座席の背もたれに寄っ掛かり盛大な溜め息を吐いた。
勘弁してくれ。もう二度と御免だ。
青田から話が行ったのか、その夜僕を心配した女友達がメールを寄越した。
「ねえ、斎藤さんと付き合ってるの?」
「はあ?!そんなわけないだろう」
「でも、彼女はそう言いふらしているみたいよ」
「マジか······」
今日僕から告白されたとSNSにアップしているという。
そんな投稿は絶対見たくない。
まるで悪夢だと暗澹とした気分でいると、「今日ファミレスで凄い修羅場見ちゃった」という動画投稿がバズっていると友人が教えたくれた。
顔はぼかしてあったが、確かに自分と彼女のやり取りが録画されていた。
「あんたのせいで!」
という抗議のメールが猛獣から届いた。
いや、全部ブチキレたおまえのせいじゃないか。
動画投稿のコメント欄には「猛獣だね」「うわ猛獣みたい」「猛獣~」「猛獣出没」などと書き込まれていた。
翌日その投稿は削除されたが、この日から彼女は周りから「猛獣」と呼ばれるようになったのだ。
「あれは私じゃない!!」
彼女は否定したが、これまでも嘘つきだと影で言われていたが、本当に彼女は嘘つきだという評判も高めてしまった。
それでも猛獣は懲りずに猛獣の道をその後も驀進した。
(了)




