ノウゼンカズラ
夏を鮮やかに彩るノウゼンカズラ。朱に近いオレンジ色の花の名を私が知ったのは小学生の頃だ。
中学生になるまでは、夏休みになるとほぼ毎年父の郷里に遊びに行っていた。
「かんもして」
「??」
「かき回して」という方言を、状況から多分そうかなと想像しながら、味噌汁をよそるのを手伝った。
従姉妹達と近所の子ども達と一緒にだるまさんが転んだとか、かくれんぼなどをして遊んだのだけれど、鬼を決めるのにじゃんけんをした時、私はフリーズした。
「ほうれんよ」
(ええ? 何? ほ、ほうれんそう?!)
このシチュエーションはどう見てもじゃんけんなんだけれど、もし違ったらどうしようと不安になった私は、様子見でグーを恐る恐る出すことにした。
他の子もパーやチョキを出していて、ああ、やっぱりじゃんけんだったんだとわかってホッとした。
「ほうれんよ」
今度は自信を待ってじゃんけんに臨めた。
『じゃんけんぽん』が全国共通ではないことを知って、カルチャーショックを受けた瞬間だった。
『だいぼころ』は太っちょ、『かそぅじ』は男の末っ子のことを言うらしく、こんなに言葉が違うのだと驚いていた。
「甘くて美味しい!」
露地栽培の野菜はどれも味が濃くて、スーパーで買う野菜とは全然違っていた。
特に枝豆とトウモロコシは茹でているその香りまでも濃厚だった。
また油揚げが極厚で、まるで厚揚げのようだった。父の油揚げ好きはここからなのかも。
お米の産地でもあり、食卓に並ぶ何もかもが全て美味しかった。
父の兄嫁である伯母の実家は農家で、自家製の水飴も作って販売していた。
従姉妹達と飴を煮詰めている熱気の籠る作業場を汗をかきながら見学させてもらった。
でもそれよりも私は、桃林の桃の方が気になっていた。
「あれは、桃の木?」
「そうだよ」
残念ながら今年の桃の収穫時期は終わってしまっていた。
(ああ、桃、食べたかったなあ···)
桃は食べることはできなかったけれど、水飴の瓶をちゃっかりもらって帰った。
当時の夏休みの絵日記にその日のことを書いてあるのだが、読んでみると、流石八歳の私、桃のことしか書いていなかった。
海にプールに盆踊り、花火大会と、まさにザ·夏休みを満喫した。
ラジオ体操も現地の子どもに混ざって参加した。
実家に帰ってくる頃はこんがり日に焼けて、方言までうつって戻ってきたりした。
夏休みが終わる頃には方言は自然に元に戻ってしまうのだけれど。
五年生の時に自由研究でその方言の発表をすると好評だった。
でも、親の郷里が他県にない子達に嫌味を言われたりした。
「方言なんてあるのは、そんなの田舎じゃん!」
「郷里が他所にあるなんてずるい!」
他県から転校して来た私にとっては、ここも方言はあるし、十分ド田舎だと思ったのだが、それは言わないでおくことにした。
なんせ、ここでするじゃんけんのかけ声は
「チッケッタ」
なのだから。
もうその頃には、『ほうれんよ』で免疫がついていたから、それ程驚きはしなかったけどね。
「うちのおじいちゃんは鹿児島の人でね、大根は『てげてげ』って言うんだよ」と、教えてくれた子がいたのだけれど、まだ人の裏を知らない清い小学生だった私は、それも彼女なりのマウントだとは全く気がつかなかった。
その頃から、彼女は何かと私と対抗心を燃やして絡んでくるので、他人の悪意に鈍感だった私も何か変だなあと、気がつき出した。
マウントという行為を満面の笑顔でしてくる人がいるのだという現実を私が理解するのは、もっと先のことだった。
物事をなるべく好意的に受け止める性質は、小学生の間はそれでも保たれた。
中学に入って父方の祖母が亡くなり、葬儀の日にも鮮やかなノウゼンカズラが隣家の側の電柱に絡みついていた。
そしてこの夏、伯母も逝った。
夏休みの度に、本家であった父の実家に私を含めて十二人の親戚の子達が集結した。
大勢をもてなし面倒を見るのは、配達や接客をする家業もあったのに、さぞ大変だったろうと思う。
孫には優しい祖母も嫁には厳しかった。
伯母を叱責する祖母の姿に、見てはいけないものを見てしまったような気まずさがあった。
怒気を込めて言うほどのものではなかったように思えたから、それは理不尽な八つ当たりなのではないか。
ドラマとかでやっている嫁姑の軋轢、嫁いびりとはこのことなのか?
子どもだった私にはまだよくわからなかったが、孫達には甘い祖母の別の顔を知ってショックを受けた。
大人でも完璧な人はいないのだろうけれど、親しい人の醜悪さは、できれば見たくはないものなのだ。
なぜかノウゼンカズラのあの花を見ると、今でもその時の苦さを思い出す。
ノウゼンカズラは嫌いな花ではない。むしろ、ああ、今年も夏がやって来たなと感じることのできる、大切な風物詩だ。
それでも夏空に映えるあの鮮やかな花は、ほんの少しだけ哀しみを私に呼び起こす。
それは誰にも今まで明かしたことのない私だけの秘密だ。
(了)
このエピソードを先日他界した亡き伯母に捧げます。




