里美シリーズ⑧知らぬが仏 ~ある占い師の告白~
占いの見料と占いの精度が一致していないと、不満に感じる人は多いだろう。
この見料でどこまで占うか、どこまでをクライアントに伝えるのかは、占う側による。
占いを利用する人の八割以上は女性、そしてその相談も七割八割は恋愛や結婚に関するものだ。
彼は私のことをどう思っていますか?
あの人は私を好きですか?
彼と結婚したら幸せになれますか?
(正直、そんなん、知るか!)
想いを寄せている相手にフラれるのは怖い、嫌われていたら嫌だという気持ち自体はわかる。
でも、それで占ってもらって「好きかもしれませんよ」とか、「彼はあなたのことが気になっているかも」と言われたら、即アタックしたり告白してしまうのだろうか?
私は自分の経験から、占いの結果には絶対は無いと思っている。
例え「彼とは上手く行きますよ」という結果であってもだ。
好き、嫌いと言いながら一枚ずつ花びらをむしって占う花占いのようなものとあまり変わらないと実は思っていたりする。
花びらの枚数次第、好きからはじめるのか、嫌いからはじめるのかでも結果は違う。
占いは使用するカードの質に左右されるものだからだ。
恋愛を占うのに特化したようなカードは、ハッピーな内容のカードがどれだけ含まれているのかでも違って来る。
ハッピーカード、ポジティブカード多め、ネガティブカード無し、どちらにもとれるカード多めとか、色々あるからね。
だから別のカードで占うと微妙に結果が違うなんてこともある。
また、クライアントの念が異様に強いと、最早占いというよりも、自分の理想に合う用に引かせるようなパワーがある人も稀にいるから、厳密に言うとそれは占いじゃないなんてこともあったりする。
くじ引きに強い人と同じで、くじ運の強い、色々よく当てる人、とにかく自分の欲しいもの(言って欲しいこと)を引き当てる、占いすらもその結果に作用してしまう、そんな感じの人もいるのだ。
また、手品ではないけれど、気に入らないクライアントには、負のカードが出るように、アンハッピーなカードを引くように無意識、無自覚で操作してしまう占い師もいたりするものだ。
占い師自体が負の塊、ネガティブの塊の人が所持しているカードは、多分そんな感じなのではないかなと思う。
「フッフッフ、負のカードを引け~」と願いながら相手に引かせると、その通りになるという。
私の以前の占い師の知人にもそういう人が実際にいた。
だから占いの的中率は七割とか、占いは当たるも八卦当たらぬも八卦と言われてしまうわけ。
もし占いで、彼は好きではなさそうですねとか、上手くいかないかもと言われたら、告白するのは止めておくのかな?
玉砕してもいいから伝えるのか、傷つくのが嫌だから告白するのは止めておくのか、それは本人次第。
後になって告白しておけば良かったとか、勇気を出して告白してやはりダメだったとしても、それは占いのせいではない。
占いは、クライアントの近い未来を保証してくれるものではないから。
私はかつて自分のブログで、占い結果でほぼ100%上手くいく可能性が出ても、クライアントには「絶対に上手く行きます」とは伝えないと書いていたことがあった。
その理由は、人の心は弱く、人は自分に甘いので慢心しやすいからだ。
占い師に絶対に上手くと言われたら、どうせフラれることはない、別れることはない、失敗はしないとたかをくくって、自分の好きな相手に対して傲慢な振る舞いをして、その結果上手くいかななくなってしまう可能性もあるからね。
自分に都合良く解釈する人は尚更そうだろうね。
彼と私は絶対に上手くいくのだから、ちょっとぐらい我がままを通してもいいよねとか、別れることはないのだからと、ぞんざいな扱いをしたり、本命はキープできるから他の人と火遊びするとか、自分に甘い人ほどより誘惑に負けて堕落して行くものだ。
それで、占い結果では上手く行くと言われていたにも関わらず、彼氏と上手くいかなくなってしまったとか、別れることになってしまうケースもあるのだ。
だから私は「絶対上手くいく」という言い方はしない。
ということをブログに書いていたのだ。
その当時の知り合いが、自分の恋愛を占って欲しいと言われたので占ったところ、ほぼ無理、彼とは恋愛関係にはならないと言う結果を伝えた。もちろんこれも絶対に無理とは伝えない。
でも彼女は、その相手に突撃、執着して追いかけた。
元々猪突猛進タイプ、意地でも逆張りする傾向のある人だったようで、どうみても上手くいかない感じなのに、上手く行っているアピールを私にしてきたので不審に思っていた。
おそらく彼女は、私のブログ記事の「絶対に上手くいくとは言わない」という私の意向を、曲解したのではないだろうか。
本当は自分達は上手くいくのに、「上手くいくのは難しい」と私があえて言っているだけなのではないかと。
私とその人の信頼関係がまだ希薄だったのもあると思けれど、とにかく自分にとって都合のいい解釈をしたがる人は、結果を聞いても勘違いをする傾向が強いと思う。
占い師との相性もあるとは思うけれど、占いの質や効果を上げるには、クライアント側の資質が左右する。
占いの結果を信じる信じないは個人の自由ではあるけれど、他人の忠告は聞かない、耳の痛いことは拒絶する姿勢だと、せっかくの占いが役に立たない、活かせなくなってしまう。
良い結果を意地になって無理矢理引き出そうとするのではなくて、特に恋愛は冷静さも必要なので、第三者の冷静な意見にも耳を貸せるだけの心の余裕があった方が、視野も狭くならず、判断を誤らずにいられると思う。
恋愛になるとまわりが一切見えなくなりやすい人ほど、そこはより気をつけないとならない筈だ。
占いの存在価値は、ウキウキわくわくさせるためのものだけではなくて、冷静さ、適切な判断をするための参考として寄与することにあるわけだから。
その後その人は「あなたの言う通りだった」と、泣きついて来た。
私は常々思うのだけれど、当人が制止や忠告を聞かずに、こちらのおすすめしない方向に振り切って、本人が暴走したにも関わらず、
こんなことになって私はこんなに悲しい、とっても辛いと被害者みたいに訴えて来て、こちらに慰めてもらって当然、なだめてもらって当然という体で来るのはなぜなのだろうと、甚だ疑問で仕方がない。
自分がごり押しした結果そうなったにすぎないないのだから、自分の行動の結果、自分の過ちにより発生した感情は自分でなんとかする、自分でなだめるしかないのだから。
占い師は、本来そこまで面倒を見るために存在はしていない。
そこまでやってしまうと、依存と反省なきループを招くだけだから。
はじめから、ダメでもきっと助けてくれる、慰めてもらえる筈だという見込みの甘さが、その人の判断力を鈍らせ弱体化することもあるのだ。
それはクライアントのためにならない。
優しい占い師にただ依存するだけで、何度やらかしても懲りないという人は、自分にダダ甘な人だ。
依存させてくれる人、自分を甘やかしてくれる人が本当に良い人なのかどうかも、そのような人は判断すらできないのでしょうけど。
だから恋人やパートナー等の人選びも間違えるわけでね。
自分の不本意な結果に対して自分が責任を払えないならば、占いなどはじめから頼らなければ良いのに。
私が占い師として駆け出しの頃、知り合いのベテラン占い師は、「話が通じないクライアントとか、聞く耳持たないクライアントには本当のことは教えないし、言わない」と言っていた。
それを聞いて少し驚いた。
「どうせ自分が聞きたいことしか聞き入れないしね」
「······」
「上手く行きそうになくても、否定も肯定もしないで、まあ頑張りなとしか私は言わないよ」
「······」
「何でも本当のことを言えばいいってもんじゃないしね」
私はずっと黙り込んでいた。
「まあ、あなたもそのうちわかるよ。経験積むしかないよ」
まさにその通りだった。
他のサイキックなタロット占い師も、「この人には言っても無駄だな(言っても伝わらない、理解できない)という時は、もう何も言わない」と言っていた。
「言えない人が結構多くて困った」とも。
その人は既に廃業されている。
あまりにも視えすぎてしまう人もそれはそれで大変なことなのだろう。
クライアントが思慮深く、空気を読める人、言葉のあや、行間、言葉の裏を感じ取れる人はとても楽だ。
占い結果以上のものを自分で気がついて得てゆくから。
クライアントの質が高いとそれだけ占いのクオリティも上がる。
いくら高額な見料を払っても、クライアントの質が低ければ、占いのクオリティは上がらない。
調子のいいこと、 気持ちのいいことを言われて、ウキウキ御機嫌、それでいいならそれでもいいのかもしれないけどね。
私はどちらかというと、言っても無駄かもしない人にも、ダメもとでも一応は言っておくことにしている。
その時はわからなくても後になって理解できることもあるかもしれないから。
言うと反発されたり、ムッとしたり嫌な顔をされてしまうけど、後になって「あなたが言った通りになりました」と言って来るクライアントもちらほらいるので。
届くかわからなくても、とりあえず言葉を選んで伝えることにしている。
お金を出して、とりあえず自分を上げてもらえればそれでいいなら、本当のことは言わぬが花、知らぬが仏なこともあるんだ。
しがない占い師でも、このクライアントにはどう伝えるべきか、それとも伏せておく方が良いのか、その見極めに日々葛藤、苦慮しているんだよ。
(了)




