EX STAGE 嵐を呼ぶ女(11
終 ※GL描写あり〼。
異質なものを排除したがった者たちを静めるにはそれを見えないようにしたら良いだけ。
だから皇后でもあるご正室様は皇帝好みの姫を迎え、彼女が後宮に慣れるまで通えと皇帝に伝えたし、姫もきちんとご自分の役目通り皇帝をあれやこれやとしばらく離さなかった。
側室たちも皇帝が新しい姫のもとへ足繁く通うのを目の当たりにして、ようやっとジュリーの事は『なるほど若さと目新しさのせいだった』と理由を付けて引き下がることができた。
そんなジュリーはジュリーで私から片時も離れようとせず、自室に私を置きたがった。
皇帝はそれにかーなーり嫌な顔をしたが、ご正室が良しとされ、少なくとも私は幸せを享受していた。
目の前の可愛い人に惜しみなく休みなく愛を与えるのが私の役目だったから。
他人から見れば、喜劇か悲劇か。
道ならぬ恋に落ちた憐れな側室たちの良くある女色の物語としてはお安い慰みのひとつになったろう。
その方が嫉妬を受けるジュリーにとっても良かったのだから。
実際、アレクサンドラ様――現皇帝陛下――はそちらを語った。
でも本当のことなんて誰にも伝わらなくて良い。私とジュリーが真実愛し合っていたと語られる方が私が嬉しい。
思ったより昏く深いジュリーへの初恋と執着に自嘲しながら、眼下に広がるフィリア領を見つつ果実酒を嗜む。
今度は二杯目、じっくりフィリア風に味わってやろう、とちょびちょびそれに口を付けていると背後から愛らしい声がする。
「ここにいたのね、マルタ。バリスたちが孤児院の書類が何だどうだって探してたわよ」
振り返れば当然それはアナスタシアで、母譲りの甘茶色と父譲りで癖の強い髪がふわふわと風に揺れ、陽光で金に光った。ジュリーともうひとり懐かしい少女の面影と重なって、切ない気持ちが私の奥からちらりと顔を覗かせた。
「放っておけば良い、たまには自分たちで処理してほしいもんだわね。アレで皇帝陛下の兄なんてよく言える」
「サーシャと比べるのは可哀想だわ。一応あなたの夫でしょ、バリスは。優しくしたら?」
ナーシャが私のグラスを取り上げて中身を飲み干しテーブルに置いた。
隣に並んで私の腰を抱く。
「私が一生添い遂げるのはナーシャよ」
「……分かってる」
回された腕を優しく撫でながら言えば、ナーシャが小さく返事をする。
「不安にさせてる? 私が男に靡くかもって」
「……まさか。マルタに男は無理だし、そもそもバリスにはエディがいるし。それに暑苦しいし鬱陶しいもの」
「あの子をエディなんて愛称で呼ぶからバリスがやきもち妬いて私に絡むのよ。マルーシャでいいじゃない」
「マルタと被るから嫌なの!」
幼子を宥めるように腕を叩いてやれば、ふう、と果実酒に煽られた彼女の熱い息が肩口に当たる。
「……マルタはお母様の事があるから私を好きなんだわ」
「ナーシャはナーシャよ。ジュリーとナーシャは違うもの」
「そうかしら」
ジュリーの忘れ形見のアナスタシアは大事な私の家族で娘で恋人。そしてナーシャはずっとジュリーを母ではなく過去の恋人として、恋敵として気にしている。ナーシャもまた真実を知らないひとりだから。
私がそれを悦んでいて密やかに嫉妬心を煽っていると知ったら、この子は私から離れてしまうかな?
だけどジュリーと私の間にあったものを真実理解しているのは先帝と皇太后様だけだろう。
ジュリーは確かに寵愛をずっと受けてはいたけれど、彼女の求めていたのは『自分のみ』を愛し続けてくれる存在だった。だから他にも愛を配らねばならない先帝よりも、ずっと一緒にいるであろう私と離れたがらなかった。
それは愛と名の付くものは全て欲しがる貪欲さからだろう。彼女は純粋に駆け引きなしに愛を享受するのみ。
だから私を恋人とも愛人とも家族とすら彼女は思っていないこともすぐに分かった。その時々で役割の違う愛を与える私こそ彼女の人形だと。
それでも私は良かったし幸せだった。
そしてあの雨の日に、ジュリーの命と引き換えに生まれたナーシャは先帝よりも母代わりの私の愛を求めるようになった。
先帝からはそれに嫉妬され報復として本気で手篭めにされそうになった。何度も。その度潰してやろうと思っていたけれど、皇太后様が助けて下さって実行には至れず残念。世の平和のためにも失くしてしまえ。
その先帝は皇帝陛下よりナーシャの方が可愛い愛していると公言して憚らない。ために危機感があった人間はかなり多い。
おそらく実の娘のナーシャを離宮の閨に侍らすつもりだろう、と冷静に予想していたのは皇太后様と皇帝陛下とリュシアン様。
父娘を引き剥がすには丁度良い案件だったのだ、フィリア王国で起きてこちらを巻き込んだあの顛末は。
それに時代が変わった。私が地元を出て後宮に上がって20年近く。近親婚は廃止の方向で進み、その動きは帝国帝都から地方へと広がっていた。
そのためさすがに先帝のもしもは実行されると外聞が悪い。離宮は後宮より何もかも色々ヌルいから。
そして私から見れば面白いことに、皇族直系の方々は側室の間に生まれた――いわば妾腹の子であってもしっかり兄弟姉妹として愛している。
歳の近いナーシャを皇帝陛下はきちんと『姉上』として敬っていらした。だから姉――兄も含め――の幸せのために私たちはセットにして外に出されたのだ。
――もし私が可愛がる事が出来ていればあの弟も私をそうやって敬ってくれたかな?
まあ、会うこともなく厄介払いされるとこだったけれど。これがたらればもしも、ってやつよね。
戻らない過去よりも今、現在だ。
今度はフィリアを建て直すという一生懸けて成し遂げる大仕事がある。陛下からは姉だけではない、兄もその伴侶も、このフィリアの民たち全て任されたようなものだ。
「……行く先は嵐ばかりね。私がいると余計な嵐が来るような気がする」
「乗り越えてきたじゃない」
ナーシャは腕を外さないまま私の前にくるりと回って見上げてくる。上目遣いが可愛い。母親より明るい琥珀がきらきらと輝いて私を映す。
ジュリーに似ているけれど、ナーシャはナーシャで彼女ではない。愛しいひとの愛しい娘。
すり、と頬を撫でてやる。
酒に弱いくせに一気にグラスを空けるから、こんなに熱い。ナーシャは熱の籠った声で囁く。
「私がいつも一緒に乗り越えてきたのよ」
じ、と真っ直ぐ私を見る。瞳が嘘じゃないと真剣に訴えている。
「お母様じゃないわ、私よ」
「そうよ、ナーシャだけよ。ずっと私の傍にいるのは」
それを聞いたナーシャの目元は、ふ、と満足気な紅色に緩んだ。
「マルタが呼ぶ嵐は、私が吹き飛ばしてあげる」
「頼もしい」
そう言ってまたフィリアの街並みに視線を戻せば、頬にしっとりと濡れて柔らかな感触が当たった。
それに微笑みを返し、ナーシャの頭を撫でてやる。
「さて、休憩も取ったし頑張りましょうか……ああ、もうすぐ義姉様たちがフィリアに遊びに来るって」
「おば様たちが!? わあ楽しみ! でもおじ様はいつももう会えないかもって泣くのがね~」
「義兄様はもう口癖だから許してあげて。昔っからだもの。とにかく夫婦水入らずで来るって言ってたから観光できるように街を綺麗にしておかないと」
「ねえ! バリスとエディにさせましょう、護衛を」
「ええ? 皇帝陛下の兄と元王族の護衛って贅沢ねえ。私たちが観光してるのに拗ねないかしら」
「バリスはエディが一緒なら護衛でも従者でも何でもいいわよ。予定組まないとだからエディに伝えてくる! ――あっ! マルタもバリスが呼んでたこと忘れないでね」
「わかってる、ちゃんと後で行くわ」
じゃあ後でね! 愛してる、と駆けていくナーシャを『まだいつ来るか決まってないのに』と呆れ半分で見送って、よく晴れた空を見上げた。
きっと嵐はまた幾度もやって来る。だけどもうひとりじゃない。家族がいる。愛するパートナーがいる。
ナーシャは私と同じく親の愛に飢えた子だ。私から愛されることで、私のことを愛さなければ、愛しているのだと勘違いしているのかもしれない。
考えたくはないが他の人から愛を受けて私から巣立っていくかもしれない。
そうなればその嵐を乗り越えてみせる、例え風に飛ばされ雨に打たれ流されても。私が、家族が、あの子が幸せでいられるように。
でも願わくば傍にいてほしい。
手を離されないように結びつけていながら、でも手を離してくれることも一方で望んでいる。
幸せにしたい、させたい、なりたい。
「……自分勝手だよねえ、私も」
と、苦く微笑えば、さっきまで覗くだけだった過去の私が心の奥からひょっこり出てきた。
同時に、粘る瞳に皮肉げな笑みを浮かべた青年と私を信じられず責めた少女の笑顔、両親の顔が朧気に過る。
幸せを噛み締めると、必ず彼らの記憶の残滓が私を責めてくる。幸せになんかさせない、なれないと。
「――負けない、ずっと立ち続けてみせる!」
私は空に向かってそう声を張り上げた。
たくさんある中から見つけて読んで頂きありがとうございます。
最新活動報告に人物設定的なその後や、小説内で削った裏事情をちらりと載せる予定なので興味があればぜひ。
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©️2022-桜江




