EX STAGE 嵐を呼ぶ女(9
ずいぶん凄い話にだくだくと汗が流れる。
ミザリーさんも女侯爵様だし、雲の上の人たちが関わりすぎて、私の表情筋が死ぬのは仕方ないのでは。
せいぜいが侍女として働く程度かと思ってた……。
「夫がね、すごく心配してたの。だからさっきの話はマルタの助けになればとも思って。ただ、後宮は幸せに程遠い場所でもある。私が2人をそこに行かせることになったのに、勝手だけど従妹にもマルタにも救いがあってほしいの」
ミザリーさんは自分が従妹さんのおかげで幸せを手に入れたと負い目を感じているようだ。
彼女がジョエルと結婚する以前、後宮入りが従妹さんに移ったおかげで、彼女はお婿さん探しにやっと力を入れられるようになった。けれど帝都では条件が合わない人ばかりでいたずらに時が過ぎる。
そこで親類の伝手を頼り、各地方をも視野に入れて良い人がいたらとお願いしていた。
それでやっと離れた地方から縁談が舞い込んだ。だがかなりワケありぽい。
釣書を見れば、年は離れているがそこそこ裕福な子爵の息子。嫡男なのに国外に出なければならないほどの問題が起きたため、早急に国内での引き取り手がほしいとの事だった。
あちらにとって旨味ばかりの由緒正しい侯爵家と縁付く婿入りなのに、持参金を相場より持たせ、婚姻が決まれば婿家とは絶縁して欲しいと言う。
これは随分後ろ暗い何かが裏にあるな、と腰が引け断りかけたが、やはり一度会って話をしてみてからにしようとミザリーさんは考え直した。
「国外に出されるほどの何かがあるのに、生家は彼を国内に引き留めようとしての縁談だからちょっと好奇心が疼いちゃって」
うん、従妹さんと同じく好奇心に負けるタイプですね。ちなみに従妹さんの名が『ジュリエット・オーダー』だった。
とにかく既に帝都入りしていたジョエルと会って話をしてみれば、まあ中々の美男子な上に地方育ちだからか素直――ジョエルによれば美人で強気なお姉さんに気圧されてただけ――なのも気に入ったのでそのままこちらに頂いたの、とのことだった。
「夫から強いお嬢さんだと聞いて、私の手を取ってもらえるかお願いすることを決めたの」
「あ、はい、確かに気が強いとかよく言われます」
「ふふ、そういう意味ではないのよ。まあ気が強いにも色々あるけれど、後宮に上がるならそれは大事よ、プライドの現れだもの。私のように身分に守られてようやくプライドを大事にできる人間には、花が一輪で風に負けず、折れずにそこに咲き続けることっていうのは存外恐ろしいことなのよ?」
と彼女は笑っていたが、す、と表情を消し姿勢を真っ直ぐにして私に向かう。
「改めてこの内情を聞いて、それでも受けてくれるかしら? もちろん断ってくれて構わないわ。それでも私の義妹として侯爵家の籍に入れるし後ろ楯になる。結婚相手が欲しいなら探すわ。ただ、住むところは申し訳ないけど別宅を使ってもらうことになるわ」
意外と私嫉妬深いの、とミザリーさんが瑞々しい果実のような舌を小さく出した。
迷いはない。と言うのは強がりだ。
だけどもうあの家、あの街にはうんざり。
あのままではずっとピエール様とフランソワーズに責められたまま。言い訳も真実も誰にも聞いてもらえず、2年も経つのに私を排斥し孤立させる動きは続いていたし、あの2人の気が済むことはなさそうだった。
それに本来手紙のやり取りすら出来ないと聞く後宮の内情が洩れる事はないはずなのに、それを知ってしまった。
ミザリーさんがこの話を受けなくても色々してくれると言うのは決して同情心からばかりではないだろう。まあ単純に高位貴族らしい懐柔策と口止めなんだよね、と考えると少し切ない。
でもその代わり彼女はきっと嘘は付いていない、話してくれた内容にも気持ちにも。
結局こうやってミザリーさんとジョエルを頼って逃げ出したことは、あの街の人たちやピエール様とフランソワーズ、それと父に負けた気になるけどそれは違う。逃げたっていい。それは私の人生の汚点じゃない。
生まれてきたことが間違いではない証を自分で見つけるために動き出すための再出発なんだ。
ぐ、と手に力を込めて胸を張る。
「――私で良ければ、お願いします」
「……ありがとう。従妹を、ジュリエットを助けてあげて、お願い……あの子が心配でたまらないのよ、勝手なことばかりでごめんなさい、本当にごめんなさい」
謝られて慌てる私をミザリーさんが抱き締める。彼女は小さく震えていた。
その体温はあたたかくて安心できて、そして懐かしくて心地よかった。
* * * * *
途中馬を数回変え、本来のんびり3日はかかるところを、1日半という異例の早さで帝都に入って侯爵家にお邪魔し、ジョエルと再会した。お高いクッションでも酷使には耐えられないと知った。無駄な知識が増える。
「久しぶりね!」
「……ああ、無事で良かったよ。変わらないな」
その言葉にニッ、と笑えば、父となってやや大人になったのか落ち着いた雰囲気のジョエルがホッと安心したように息を吐いて頷いた。
ミザリーさんにはお帰りと言いながら抱き合う。
それを見るこっちの方が照れるくらいの愛たっぷりな様子に当てられっぱなし。
ちろん子供たちも見せてもらった。可愛い赤ちゃんとひとつを過ぎたばかりの可愛いやんちゃ坊や。
夕食の席でピエール様の不可解な行動――いまだに侍女を買収してまでの行動把握とか――は、私の幸せを阻みたいのだろうということで意見が一致した。
ミザリーさんはその裏もありそうよね、と怖いことを言う。
「そういえば、マルタは今も様付けでピエールのことを呼ぶんだな」
「そう呼ばないと呪われそうで。呼び捨てにしたら目の前に現れそうだから本当は名前も呼びたくないもの」
そう言うと、ジョエルは確かに、と引き攣りミザリーさんが本人と話したことないけど分かるわ~と笑った。
翌日からは大忙し。旅の疲れはこれっぽっちも取れてないが、時間も惜しいと即行動。
ミザリーさんの義妹として侯爵家の籍に一旦入った。籍を抜けても侯爵家の出身であることが大事だから。
その手続きのためにミザリーさんと役所だなんだあちこち回る。帝都の役所では私の籍は抜かれていたので安心した。地元提出だけでなく帝都にも書類を送っておいて良かった。
とにかくジュリエット様が心配なので、上位貴族の教育やなんかは気にせず、直ぐに後宮に上がれるようになっているとの事だった。
畏れ多くもご正室様がお忍びでお会いになって下さって、陛下にはお仕置きとしてしばらくジュリエット様とは会えないようにした、と言われた。
女好きの陛下に対しお仕置きになっているかは分からないが他国の姫を後宮に入れたのだとか。
姫が入れば手を付けたがる我慢のきかない性分なため、しばらくはそちらにかかりっきりになるよう仕向けたと仰った。
「マルタよ、陛下にはそなたをお手付きにしないよう言い含めてある。年若い娘に、かような事を頼むのは心苦しいのだけれど。恋に盲目になった男は言うことを聞かぬ野犬のようなものゆえ、もうわたくしの手に負えぬ。あれと歳が近くミザリーの義妹となったそなたにならばあれも心を開くでしょう。わたくしにとっても可愛い娘のようなものなのですよ、あれは」
こうして帝都に来てわずか数日、一週間も経たないうちにあれよあれよと後宮に上がることとなった。
こうしてまたジョエルとお別れを言い合うこととなる。
「今度こそもう会えないかもな」
「どうかしら? 義理とは言え、ジョエルは私の義兄様なのよね。死ぬまでには会うこともあるわよ。可愛い甥っ子たちには贈り物をするわ。側室は年金がたっぷり貰えるそうだから」
「ははは! 楽しみにしてる。ミザリーも気をつけてってさ」
「義姉様にはジュリエット様のことは心配しすぎないよう伝えて。手紙は出せないけどご正室様に報告するから」
「ああ。にしてもミザリーずっと見送りしたがってたのに、領地視察がなあ」
「お忙しいのに何日も付き合わせたんだもの、仕方ないよ。義兄様も補佐頑張ってね――あっ、そうそう変な話、あなたピエール様より出世してるわよね」
そう言って笑えば、ジョエルもつられて笑う。
「マルタもな。今やご側室様だからな」
「ふふっ。わらわの前ぞ、楽にするが良い――なんてね! じゃあ、もう行くね。本当助かったわ! あのまま実家にいたらどうなってたか……」
皇城からのお迎え馬車に乗り込み、窓を開けてそう言うとジョエルが泣きそうな顔になった。
「――俺、マルタのこと好きだよ、ミザリーと子供たちの次に!」
「ありがとう! 私も初めてできた男友達、親友として好きだよ! もちろん家族としても好きだよ! 義兄さん!」
「俺もだよ! 元気で無事でいてくれ、義妹よ!」
走り出した馬車に向かって、一人称が僕から俺へと変わったジョエルが大きく手を振る。
ミザリーとジョエルの2人は私の家族。
それもたかが数日のことで、血の繋がりも全くないのに私を柔らかく包み込んで暖める。両親の元では感じられなかったもの。
それを胸に私は後宮に行く。
後宮の中に吹き荒れる嵐の中へと飛び込むために。
そしてジュリエット様の心を支えるために。




