EX STAGE 嵐を呼ぶ女(8
馬車は見た目のシンプルさに比べ、中はとてもお高い作りになっている。
乗り心地、すごく良い。長く乗ってもお尻が痛くならなさそう。
そんな風にクッションの柔らかさを堪能していると、向かいではなくなぜか隣に座ったミザリーさんがまた忍び笑いを洩らした。
「やあねえ、怖いわ~」
「何がですか?」
「貴女を酷い目に遭わせた男がこっそりお見送りに来てるの。妹だけじゃ足りないのかしら? それとも私を何者か見定めに来たとか? でも分かってないみたいね。まあ分かったところで何もさせないけど」
「……え゛」
酷い目って、まさかピエール様? 何しに!?
なんで!? 今日出発は誰にも……あー、言ったわ言った。侍女に言った。
父にはいつ家を出るとはハッキリ言ってないけど、食事の準備とかあるから侍女には伝えてあった。やはりあれも買収されていたか。
それにしてもピエール様もなんで私を見送る必要があるのか。
走り出した馬車の振動も手伝ってか、痛みだしたこめかみに顔をうんざりと顰めれば、ミザリーさんは私の頭を撫でて言う。
「あれは執念深そうねえ。早く貴女を忘れて妹さんと幸せに暮らせばいいのにね。ま、どうでもいいけど――それより、マルタ嬢ではなくマルタって呼び捨てにしても構わない? 私のことも呼び捨てでいいわ。貴女とは8歳ほどしか変わらないわけだし」
「8年は先輩として敬うに値する期間がありますよ」
「お姉様はよく言われたけれど、先輩もいいわね」
と、彼女はくすくす微笑っていたがそれをふいに止めた。
「……ねえ、マルタ。もう色々分かってるとは思うからそのつもりで話すわね。まず『ジュリエット・オーダー』。これはジョエルに貸した名前。ジョエルのことは覚えていて? ジョエル・ギエスタ元子爵子息ね」
私が頷くと、ミザリーさんが目を優しく細めた。
「――彼、今私の夫なの。ちなみにあの手紙は私が代筆したわ。中身を見られても困らないように……事情は夫から聞いてるし、もちろん私個人でも色々と調べさせてもらったわ」
矢継ぎ早に語って一呼吸置いたミザリーさんはそれでね、と赤く塗られて艶やかな口唇を引き上げた。
「私の義妹にならない?」
「……うへっ? いもうと、私がですか?」
変な声が出た!
「そう、義妹。後宮に上がれば側室も下働きも身分はみーんな一律奴隷になるの、だから今の除籍されて平民のままでも側室になるのに不都合は表面上ないわけ」
「えっ、ちょっと待って下さい! 側室!? 側室ですか!?」
慌てる私に、ミザリーさんは妖艶に微笑み小首を傾げる。
「……ええ、もちろん。いけなかったかしら? 夫も婚約者も恋人もいないでしょう?」
「あっ、それは、そうです、はい」
「なら話を続けるわね。まあ奴隷って言っても、一般的に言う奴隷と後宮で陛下に侍る側室じゃあ全く立場が違うわよね。『皇帝陛下の奴隷』なの。だから名前と違って身分は高い……まあ主の好き勝手にされて飼い殺しって意味だと同じなのよね」
「側室に上がれば、ええと年金が頂けたり、子供が出来ればその子共々死ぬまで面倒見てもらえたりするんですよね」
「そう、簡単に言えばね」
「次の皇帝陛下が立てば後宮は解体されて、誰かに下賜されたり働き口を見つけてもらえるんですよね?」
「まあ他にも陛下の覚えめでたければそのまま先帝となった陛下の離宮について行くこともあるわね。側室の子供は10歳越えては離宮に入れないから、自ら身の振り方を考えるわね。あと、元側室が市井に降りる、なんていうのは難しいわ」
「……そうなんですね――ただ、寵愛を受けるほどの見た目もない私にお目が留まるのか、更に伽が務まるのか、不安はそこです」
「そこは安心して。絶対に伽はさせないわ。貴女に私の政略の駒になれって言ってるワケじゃないのよ? あっ、もちろんマルタに魅力がないってことじゃあなくて。マルタは十分綺麗よ、自信持ちなさいな。ただ、助けてほしいのよ」
「え?」
ミザリーさんは閉めていたカーテンを開けて、窓の外、その更に遠くを見る。
「後宮に私が妹のように可愛がった従妹がいるの。彼女ね、陛下のお気に入りなの」
「……は、はあ」
「周りからいじめられてるみたいでね、可哀想じゃない? 高位貴族による依怙贔屓と言われたらそれまでかもしれないけど、見過ごすわけにもいかなくて」
ごめんね、マルタを利用したいの、とミザリーさんが苦笑する。
ミザリーさんは侯爵家のご令嬢。
そのミザリーさんの美しさを見た陛下より側室の命が下ったが、彼女は身内に相応しい養子も取れないため婿取りが決まっていた身。後宮入りは難しい。しかし皇帝陛下の命には背けない。
ほとほと困っていたところ、何時まで経っても後宮に来ないミザリーさんに業を煮やした陛下が早くしろとお忍びで訪問してきた――もう侯爵家で手を出す気満々だったらしい。陛下好色過ぎないか?
ちなみに陛下は周りから止められていたのを振り切ってやって来た。皇后――ご正室様にも内緒で。
流石に侯爵家の後継者を後宮入りは困る、押し通すなら一族全員の首を差し出す、と不敬も気にせず陛下に詰め寄るミザリーさんと侯爵家一同。
そこまでされては陛下もヤバい。でも諦め切れないと睨み合っていた。
そこにのほほんと『ねえさま~』とミザリーさんを呼ぶ従妹さんが現れる。大人たちの集まりが何か好奇心で見に来てしまった。ちなみに年齢は私の3つ上。
当時まだ13歳の彼女に陛下が一目惚れ。流石にミザリーさんは女好きにもほどがある、従妹は確かに後継者ではないから側室になるのは問題ないが、まだ何も分からぬ子供を見初めやがって色ボケがと頭に来たそう。
とにかくせめて従妹さんが十五歳を過ぎるまで手は出させず、時を満たし後宮に上げた。
それを待ち望んでいた陛下は溺愛という言葉が霞むほどの寵愛っぷりを見せ付ける。愛の沼に溺れて沈んだ。沈愛とでも言おうか。
以来後宮の決まりをおざなりにしてしまい側室方は怒りに滾る。もちろんそれは陛下に向かわず、従妹さんに向かった。まるで贄の供物を切り刻み貪るかのように。
ご正室様が窘めても取り成しても女たちの怒りの矛はぶんぶん振り回されたままで収まらない。
後宮を取り仕切るのは正室の役目であり、本来平等である側室を皇帝だけでなく自分も庇うのは更なる乱れを呼び込む。
当然諌めた側室たちからは『なぜ自分たちばかりが悪いと言われるのか、そもそもあの新入りが陛下を唆し誑かしているのに』『陛下に物言えぬ私たちを蔑ろにするとご正室様までもが仰るのか』という訴えが出て矛先はご正室様にも向いた。
現在後宮にいる側室方は、政略の駒ばかりではない。皇帝陛下自身が野盗もかくやと帝国内外からかっ拐うように連れてきた美しいと名高い貴族の娘たちも多い。
数世代前ならともかく、ひとりの側室に入れあげた挙げ句、血生臭い醜聞が起きるのは彼女たちの元々の身分の高さや家の力を考えると後々の禍根になり得るため非常に困る。もちろんご正室様の沽券にも関わる。
現在帝国内は平和であるが、力で押さえ付けているところももちろんある。敵対国も近隣にないわけではない。属国や友好国が挙って協力すればたちまち戦禍が国の足並みを崩すだろう。決して他国や国内貴族からの恨みを抱えていない訳ではない。
さりとて陛下に諫言しても、その場では反省なさるが結局右から左。これで従妹さんが腹に一物あるような女であればまだ『ああ、これならいじめを逆手に取ってやり返す女』だから良かったのだけれど、善良で素直でぽわぽわしていて真っ直ぐに陛下へ愛を返す娘だった。
だからどんどん心が弱る一方。陛下も手放せば良いものをむしろ囲い込んでしまい、相変わらず聞く耳もたずでご正室様も困ってしまった。
『このままではあれは儚くなりますよ』『そうさせぬよう私が目を離さず見ておく』『他の側室たちはどうするのですか!』『あれを虐げるものなど打ち捨てれば良い!』とかなんとか……。
ミザリーさんは従妹の現状をご正室様から聞いて怒り心頭。
だが相手は女好きのクズ、ナニが腐ってしまえと内心呪っていても皇帝陛下という唯一無二。
後宮という場所はどれだけご正室様が仕切っていようとも陛下が主であり、彼の『持ち物』に変わりない。そんな場所に側室でもないミザリーさんが手も口も出せるわけもなく。
従妹さんは陛下が守っているつもりだが丸一日張り付いておれるわけもない。しかもその事で更に悪意を集めいじめは酷くなるばかり。
そこでミザリーさんとご正室様が考えたのが、側室として従妹の心を癒せそうな子を探して送ろうというもの。
侍女としてでも良かったが、侍女では彼女と同じ立場ではない。側室方の立場なら、他人の侍女なぞどうとでもできる。それでは何の意味もない。
だから同等の立場と後ろ楯が必要になる。
「夫からマルタのことを聞いたのはその頃だったの。タイミングが良かったの……マルタにとっても良いこととは言い辛いけどね」
とミザリーさんは切なげに微笑んだ。




