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【本編完結】ワケあり皇帝のワケあり後宮  作者: 桜江


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EX STAGE 嵐を呼ぶ女(7

 あれから2年。

 ピエール様が言った通り針の筵。

 

 音楽教室はすぐに辞めた。ジャイノ伯爵家から呼び出される前に一筆認めて。念のために無実であることも添えたがなんの反応もなかった。

 

 私とジョエルのことはフランソワーズが友人たちに泣きながら語ったことで悪い噂として尾鰭が付けて広められた。父はそれを止める気もなく……まあ抑えることは不可能だけど。

 あちらからの制裁と言えるものは払拭出来ない悪い噂くらいで。だけどそれはくらい(・・・)で済まされない程の威力があった。

 

 元々友人はフランソワーズ繋がりだから、皆綺麗に離れたので誰からも招待はなくなってしまった。醜聞(スキャンダル)好きの奥様方からすらもない。

 

 そんな女は娶るに問題ありとして縁談のひとつ持ち込まれない。本来ならば私はもう嫁ぎ先が決まっていなければおかしい年齢なのに。結婚したいワケじゃない。していなければ人生の落伍者のように扱われるから。

 

 ない、ない、ない、ないばっかりのないない尽くしで笑える。

 

 そして父の方は元々平役人。そもそもの人物評が悪いからこれ以上悪くなりようもない。

 そんな父はご自分の評価は耳に入らないが、娘を取り巻く噂はよーくご存じのようで。厄介払いのために嫁入り先を探しているらしい(・・・)

 この地方に嫁入り先はないと見て、母方祖父母に頼み込み、あちらの生家のある国に伝手を探しているところらしい(・・・)

 全て『らしい』なのは父がそう言うだけで、後妻の話すら来ないから。そうやって全く決まらないのは裏で手を回している何者か(・・・)がいるからだろうな、と予想してる。まあ、確実あの腹黒野郎様だろう。

 

「――いっそもう貴族じゃなくていいんだけど」

 手に重く感じる歴史書(家系図)の厚みはない。

 元々は単なる小金持ちの平民が爵位目当てにぶら下がっただけだから辿る先祖も数代前まで。

 むしろ母方祖父母を辿った方が下位とはいえ貴族として長い。

 

 父の言葉に歴史書を紐解いてみれば、私の弟妹たちが育たぬままに神の側へと侍ることになったのは、十中八九父の血脈のせいだろうと分かった。

 それを母のせいだと詰り、実姪との間に後継者となる男子を作った父とはすっきりさっぱり縁を切りたい。

 

 弟とその母である従姉には悪いが、恐らくこの家はもうダメだ。

 弟は今5歳だから分からないかも知れないが、たかが平役人の家で贅沢できると思って従姉はこの家に入る気なのだろうか。内情を知らないのか、知っていても父への愛があるのか、無理矢理従わされているのか。

 

 ――何にしろ私には関係ない、んだよね。

 

 余裕があった数世代前に買った爵位が足枷となって金蔵(かねぐら)を蝕んでいったのは明らか。とっとと爵位を捨てて、印章を祖父母に譲って平民にでもなってしまえば生活はもっと楽になるような?

 私を貴族に嫁がせようとしている時点でその気がないのが分かる。持参金もないだろうに。また祖父母に頼る気なのかしら? 

 

「いい加減、身の振り方を決めてしまわないと! この家から出るのは確実なんだし。下手すると夜の街に売り飛ばされそう」

 家出するにあたり母を置いて行くのは気が引けるけれど、母が先に私を置いてひとり離れに逃げたのだから文句を言われる筋合いはないだろう。と、そこまで考えて自分の冷たさにはぁ、と疲れた溜息が零れる。

 

 生まれる性別を間違えた。

 せめて男に生まれていれば、取り巻く環境も変わっただろうに。

 

 ――いっそ。いっそ私なんて生まれてこなければ良かった。

 

 母の(はら)の中の揺り篭に守られすやすや眠り続けて消えた弟妹たちのように、外の嵐を知らないまま眠って消えて失くなってしまえば良かった。

 

 でも外に出てしまったなら、嵐の中を進むしかない。

 私が何をしたっていうんだろう。不幸に酔いしれる気はないけど、少しくらい浸ってもいいでしょう? 気が済んだら嵐の中を進んでやるわよ! 進むしかないもの。

 

 落ち込む心を無理矢理開き直させる。

 歴史書を棚に戻して、読み飽きた本ばかりだし、貸本屋にでも行こうかなと思っていると書庫をノックする音がした。

 

「お嬢様、お手紙が届いておりますよ」 

 ドアを開ければ侍女が一通の手紙をトレイに乗せて立っていた。

「――ありがとう、私に手紙なんて珍しいわね」

 手紙を受け取ると、侍女は一瞬物言いたげに私を見た。でも何も言わずに黙って俯き仕事に戻っていった。それを肩を竦めて見送り、手紙を矯めつ眇めつする。さ

 封蝋は破られていないので、中は見られていない。

 印はどこにでもある誰にでも使える帝国国旗の意匠。差出人はジュリエット・オーダー。帝都のスタンプが押されている。

 宛先は間違いなく私の名、『マルタ・デストラ行』となっている。

 

 帝都に知り合いなんていないのに、と訝しみながらも手紙を開けば栞が同封されている。

 マルハナの白い花弁が乾燥し、やや黄ばんでいるが綺麗に()されている。それがフランソワーズの笑顔と泣き顔に重なって胸がじくじくと膿んで痛んだ。その痛みに目を(つむ)る。

 手紙に書かれた内容を目で追えば、女性らしい伸びやかさを持った流麗な文字が綴られていた。

 

『親愛なる友人へ。

 

 この数年、何の救いにもなれなかった友人で申し訳なく思っている。

 私は存外幸せに暮らしているので心配しないで。

 思い出しすらしていないかもしれないけど。

 近況としては子供が2人できたよ、男の子2人。

 

 君さえ良ければ。

 帝都の太陽を眺める場所で、繚乱の花々に関わる仕事を紹介したい。

 詳しい話をしたいけど今はそちらに行けない。

 良かったら翌月中日の(ひる)過ぎに使いを出すので、話を聞く気があるならぜひ彼女と一緒に来てくれないかな。

 

 ジュリエット・オーダー』

 

「……これは……どうしようかしら」

 ジュリエット・オーダーなる人物に聞き覚えも心当たりもない。

 

 ないが、恐らくこれはジョエルだろう。

 

 思い当たるのは彼しかいない。 

 だけど国外に出されたのでは? さらに子供が2人とは。

 あれから直ぐじゃない! 切り替え早い!

 思わず笑い声が漏れて、ハッとする。

 

「……やだ、笑ったの久々かも」

 ふふっ、と声に出せば、止まらなくなった。

 ひとしきり笑って、涙が溢れ出てこちらも止まらない。

 

 良かった、元気そうで。幸せそうで良かった。

 

 彼からの手紙が希望の光に見えた。

 

 

       * * * * * 

 

 

 翌月、手紙に指定されたようにジュリエットの使いという女性がやって来た。

 帝国人らしく背も高く、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込み、腰回りの肉付きもよい大人の女性。

 装いはお洒落に程遠い私にもわかるほど品質の良いもので、身内から立ち上る気品のようなものを感じる。きっと上流階級の方だろう。

 

「貴女がマルタ・デストラ嬢ね、初めまして。私はジュリエットの友人でミザリーと言うの、宜しくね」

 にっこり微笑(わら)うミザリーさんは、私を上から下までふむふむ、とじっくり眺める。

「……なるほど?」

 

 なるほど?

 ものすごく品定めされた気がする。まあでも嫌な感じはしなかったからいいか。

 

「時間も惜しいし本題に入るわ。帝都に来るつもりは――その身なりだと、うん、あるわね。ご家族にご挨拶は済んでらっしゃる? 荷物はその旅行鞄(トランク)ひとつ? 大丈夫?」

 ミザリーさんが御者に荷物を乗せるよう伝えながら、次々と問いかけてくる。

「はい、ええと。まあ大丈夫です。挨拶と言うか……今後のことを考えて除籍関連と絶縁状は提出しました」

 

 母には一応手紙を書いた。あえて郵便を選んだから、届くのは数日後。直接は流石に怖かった。

 連れていけと言われそうで。母を慕う気持ちはあるが、絶対(・・)守ってもらえないという失望感のほうが遥かに強い。

 

 そして父には除籍届けと絶縁状にサインさせた。写しも数部取って、邪魔が入って無効にならないように帝都の国籍管理をする部署へと先に送り付けた。それも数日前の出来事で、実際に届出が処理されるまでかなり時間はかかるだろう。

 

 ちなみに父は何を考えていたのか予想に反して渋ったが、財産権を放棄する書類を渡せばあっさり。まあこの人はこんなものだ。財産なんて借金だけだろうに、と内心呆れたが余計なことは言わないに限る。

 

 手紙にあった『帝都の太陽を望み』、これは帝国の暁と謳われる皇帝陛下のこと。

『繚乱の花々』、美姫と名高いご側室様方を指しているのだろう。

 と、なるとそこは後宮(ハレム)しかない。

 

 仕事が何かは分からない。でもそこで働く女は皆陛下の所有物という扱いになる。ほぼ年中無休だが衣食住は保障され、給金は皇城皇宮勤め扱いなので地方役人よりずっといいと聞く。

 そうなれば父から金の無心がきっと死ぬまで続く。血縁関係を利用して給金のほぼ全額を回す手続きを取るはず。

 後宮(ハレム)で働くのも籍を抜かなければいけないのだから先に抜いちゃえ! 除籍関係はしっかりしておかないと! と気合いを入れ念には念を入れた結果、必要書類や届出が増えてしまって大変だった。

  

「あら、用意が良くて助かったわ。ジュリエットからもそう手続きするよう言われてたから。手間が省けたわ」

 さあ、早く乗って、と言われ、新天地への馬車に乗り込む。

 ミザリーさんがちらりと外を見て、ふふ、と堪えきれないような笑いを溢す。

 

 そして彼女は窓のカーテンを素早く閉めた。

※この世界で貴族の娘が後宮に上がるときには籍を抜きますが、除籍した上に絶縁までは本来しません。


後宮は無籍の特別扱い枠、表向きには一律平等な側室ですが、裏では生家などの肩書きや財力が結局は物を言ってます。


侍女は仕えている側室の肩書きに左右されることはあります。下働きは関係ありません。

どちらも生家に仕送りする者が殆どで、側室と同じく後宮から出ることはできません(側室でも仕送りしている人はわずかですがいます)。

なのでいちいち給料を送るのではなく、年に2回ほどまとめて管轄の役所から生家へと送る方法が取られています。

給金は年に一度の年金(年給)制、仕送りは金額ではなく、年の半分とか月割りで3ヶ月分などの期間指定。本人ではなく基本的には仕送りしてもらう側の親が管理手続きをします。それが差し引かれた分を彼女たちは給金として受領します。ちなみに全額仕送りはダメです。

年金の金額が親やそれに準ずる者に明かされないのも含め、後宮で働く人を最低限ですが守るためこのシステムとなっています。


こうなった一番の理由は手紙などやり取りされて後宮の様子を探られたり暴露されるのを避けるため。


本文内で説明は省いたのですが、裏事情として載せておきます。

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