EX STAGE the ”GHOST” answer (12
終
「……やあ、陛下を怒らせてしまったなあ」
抜け抜けとのたまう公爵に、呆れた口調で薄荷が言う。
「陛下にはっきり言えば良かったんですよ、『呪いの儀式を間近で見たかった』と」
「うーん? どちらかと言うと『陛下がまんまとしてやられる顔を見たかった』の方が上回るかなあ」
あははは、と屈託なく笑う。
でもね、と公爵は必死に痛みを堪えているノルジールに笑い掛ける。その瞳は笑っていない。人によって見せ方を変える人は怖いなとノルジールは改めて思いながら彼の言葉を待った。
「『ハッカ様の守りたい男がどこまでやれるか』を見たかったが一番かもしれない……なんてね。――さて、ネイ殿と言ったかな? 帝国での保護と医療技術の学び直しを求めていたよね? 別室で話をしようか」
立ち上がった公爵は、心配そうにこちらを見るネイを促し部屋から出ていった。
室内にノルジールと薄荷だけが残される。
痛みを抑えて薄荷を掻き抱くと、彼女はほっと息を吐いて彼の背に腕を回した。
「良かった、ノルが無事で」
「小指は無くしたけどね」
「……呪いを書き換えるなんて思ってなかった……無茶しないで」
「薄荷が知らない事だった?」
「昔視た時にはなかったの、こんな……」
「薄荷にとって悪い未来だった?」
薄荷はそれに答えない。良い悪いどちらにしろ、彼女が自分の前に現れた事に嬉しさしかないノルジールは抱いた腕に力を込めた。
「……初めて未来が視えなくなってびっくりしてる。ねえ、それよりもノルが王様に戻れば、きっと今より楽に――」
「僕の時代だけならめでたしめでたしで物語は終わるのかもしれないね。でもフィリアは続いて行くんだ。そうなればまたゴシュタルのような王族が生まれるかもしれない。それに――」
ノルジールは薄荷の肩口に自分の額を乗せて大きく息を吐いた。薄荷がぴくりと反応する。
「薄荷以外の女を娶らないといけなくなる」
「ノル……」
薄荷の声が震える。彼の言葉が嬉しくて悲しくて涙が溢れる。
「私、ノルと生きていけないのに?」
「薄荷と一緒にいたい」
「……いたい、私だって一緒にいたい。あのねノル」
薄荷は回していた腕をほどいて、ぐっ、とノルジールの胸を押す。ノルジールが身を起こすと、真剣な面持ちで言った。
「もう時間がないから言うね。信じてくれなくてもいいけど、私ね、ここじゃない世界で生きてるの」
「前に言ってた故郷のこと?」
「ちょっと違う。こことは違う世界なの。だけど、ずっと行ったり来たりさせられてる、もうずっと。他人と違う力があるなとは思ってた。だけどこんな――」
「薄荷?」
酷く焦って、一気に話し出した薄荷をノルジールは怪訝に思った。時間がない、その言葉にまた会えなくなるのか、と考えると彼の心はぺしゃんこに潰されそうになる。
「……ずっとやり直しさせられてたの。こっちの世界が弾けて、魂が幾つかあっちに流れちゃって。それをここに戻すお手伝いしてたんだ。その最後がサリーだった。何回も戻したんだけど、あの子だけ何でか上手く行かなくて。でも突然視えなくなって、きっともう最後だから後悔しないようにノルに会いたくて、お願いしたの」
「……薄荷!」
薄荷の姿がまるで陽炎のように揺らめいて薄くなり、ノルジールが慌てて引き留めるように抱き締めた。薄荷は構わず話し続ける。
「――サリーは可哀想な子なの。あっちでもこっちでも幸せになれなかった子なの。ああ、時間が……ねえ、ノル、愛してる。やり直ししてるうちにあなたを好きになった。やっとあなたと触れあえて嬉しかったんだ。お願い、幸せに――」
薄荷の声は聞こえない。彼女の名を必死で呼び続けるノルジールの腕の中にはもう誰もいない。
――彼の意識は混濁して落ちていった。
* * * * *
ノルジールはひとり、格子の嵌まった窓辺に座って空を見上げた。天気は良く、生まれ故郷とは違うファン帝国らしい熱を孕んで抜けるような空の青が目に痛い。
そのかつての故郷、フィリア王国は皇帝の兄、真っ直ぐで明るい、まるで太陽のような男が受け継いで良く治めていると言う。
フィリア王家は相次ぐ後継の病死などにより瓦解したのだ。先々王の血を引く正統な王家のご落胤が見つかったが、彼は帝国皇帝の夫である皇配となった。
ここファン帝国では、フィリアを明け渡す代わりに皇帝の寵愛をねだったとも、持参金代わりに渡したとも言われ、しばらくすれば国を挙げた成婚を祝うために盛大な祭があり、ついに一国を捧げる愛とまで言われるようになった。
だが逆にフィリアでの受け止め方は冷静だ。
王国を守るために帝国へ輿入れした、というのが大半の国民の意見らしいが、それも概ね好意的に受け止められているようだ。
どちらにしろ帝国は正統な後継者からフィリアを譲り受けた形となる。碧空の呪いはひとりの男の望みに書き換えられているが、念のためアレクサンドラがそういう風に取れるようにしたのだろうとノルジールは思っている。
彼は空を見上げながら、手の中に持ったペンダントをじゃりじゃりと玩んでいた。
つい、とそれを目線より上に持ち上げると、それは光を受けてきらきらと輝く。鎖と土台が金のペンダント。填められた石は濃い碧。
それを物憂げに眺めるノルジールの瞳も石と同じ碧空の色をしていた。
フィリアは落ち着くだろう。ならばもう望みは殆ど果たされた。
後は大事な望みがひとつ。
ノルジールのためフィリアの民のために知らず犠牲になった娘。彼女をネイは幸せに生きられるようにしてやれと言った。
そしてあの日消えた薄荷は、ひとりここに残される彼に幸せになれと言った。その彼の幸せは彼女と共に在ること。
――だから君と想いを同じくしよう、君があの子を可哀想と思い幸せを願うなら、僕がそれを。
――これが終われば『碧空』と縁が切れる。これはアレクサンドラに結婚祝いとして譲ってやろう。
あの綺麗な顔が憎々し気に歪むのを想像して、ノルジールはくすりと微笑う。
彼はペンダントを握りしめていたが、意を決したように首に掛け、部屋を見渡した。
部屋の荷物は置いていく。元々物は多く持たない方だから手荷物はほぼない。これからの生活資金はネイに預けてある。
そのネイともお互いの年齢と状況を考えればもう二度と会えないだろう。彼は帝国で学び直した医療の知識をフィリアで生かすのだと言っていた。その頃には耄碌してるなと笑い合ったのはつい最近の事だ。
だが、とにかくまずは贖罪の場からサリーを連れ出してからだ。
「――さて。少しは反省したかな」
きっとあの娘は反省などしていないし、する気もないだろう。だけど少しは肉欲ではない、生まれたてのものに対するような無償の愛を注げば変わるかもしれない。
サリーがそれでも変わらず迷えば、また薄荷に会えるかもしれない。そんな欲望の囁きを振り払うように彼は苦笑して頭を振った。
ノルジールが見上げた空はどこまでも青く高く澄んでいる。
この先は悲しい結末か、幸せな結末か。だけど個人ではなく大きな帝国の物語としてはめでたしめでたしだろう、そう考えた彼は上機嫌で鼻歌交じりに青空の下を歩き出した。
フィリア・ノルジールという、王家の義務を放棄し色に溺れ放蕩した男は随分昔に病を得て死んだ。この世のどこにもいない。
今ここにいるのはただのノルジール。色々緩いために少々困った娘を持つ、老いが目立ち始めた父親だ。これから娘が仕事を辞めるのを迎えに行って、2人で新天地を目指して旅に出る。
――フィリアの亡霊はもうどこにもいない。
読んでくださってありがとうございました。
予定よりかなり長くなってしまいましたが。
玉の番外編のお話を考えておりますので、また見かけたら暇潰しにでも宜しくお願いします。
※おまけの登場人物設定は活動報告にありますので興味ございましたら見に来てくださいませ。
₍₍(:D)⁾⁾ペコリ
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©️2022-桜江




