EX STAGE the ”GHOST” answer (11
皇帝アレクサンドルは大きく溜息を吐いた。
「それはただの強制だ――それにしても己が間抜けだと思い知らされるのは非常に嫌なものだな」
彼女の手からは力が抜けたが、ノルジールは気を抜かず畳み掛ける。
「我が、血と肉、による……誓約を」
ノルジールは痛みを堪えながら言葉を紡ぐ。
その時、奥の部屋から地味なフードローブに身を包んだ者が現れた。それが視界に入った瞬間ノルジールは身体が震えるのを止められない。
――薄荷!!
フードを被っていても彼にはそれと分かる。突然の薄荷の登場で心が悦びに揺らいだが、ノルジールは言葉を紡ぐことをやめなかった。
真向かいからは貫くような棘は抜けたが、胡乱気な視線が向けられている。
「フィリア・ノルジールの欲するモノに対し、如何なる邪魔はさせぬと約束を」
「……違わぬと誓おう」
皇帝がうんざりした顔でおざなりに返答する。
すると瞬く間にテーブルを染めていたノルジールの血が消えた。血だけではなく、小指も青年の腕も跡形なく消えていた。
皇帝の感心したような声が溜息のように小さく零れ聞こえる。
各々の手が緩やかに退かされていき、妖しげに煌めく碧空が姿を現した。
皇帝は自由になった自分の手を目の前でひらひらと返しながら平と甲を眺めた後に、公爵に冷たく声を掛ける。
「……どういう事だ、大叔父殿」
「どうもこうもございません。陛下の御身と治世の為でございます」
「ハッ、答えになってないな。大叔母とソーニャとニエムも知って……おるわけがないな。――で、コレは?」
皇帝は顎で黒いフードローブを着ている薄荷を示す。
「陛下はお会いになったことはなかったですね、こちら占術師のハッカ様です」
「――父上にもハメられたか」
名を聞いた皇帝はますますやさぐれた様子で吐き捨てた。
「いえ、お父上の知るところではございませぬ。ハッカ様はとうに先帝陛下付きから外れておられます。本日偶然にも私の元に訪れがございましたのでお迎えした次第です」
公爵の言葉を受けて、薄荷がフードを外し軽く頭を下げる。その姿を見てノルジールは息を呑んだ。
2人が離れてから20年以上は経ったというのに、彼女はあの頃のままだった。
まるで変わらないその姿に、ノルジールの気持ちが溢れて泣きそうになる。
「……思っていたよりも随分若いな。私とそう変わらぬ」
「はた……いえ、20歳です」
「へえ、私より歳上だったか」
くつくつと笑う皇帝と向き合っている薄荷は二十歳と言いかけてやめていた。
彼女を抱き締めたくてうずうずしているノルジールの足先をネイが蹴る。
「……ノルジール、落ち着け。あれからどのくらい経ったと思ってるんだ……全く変わらないんだぞ! 何もかも全てだ! 年齢も姿も。いいか、アレはきっと人じゃあない」
ネイが小さく震える声でノルジールを睨みながら言う。それは『薄荷に構うな』と伝えていた。
だが、ノルジールにとって人か人でないかなど全く関係ない。
――心を焦がし、想い出の中でずっと焦がれた女だ。
両手を握りしめると、ぬるりとした感触に戦慄く。ネイが服のポケットから手巾を出して彼の患部に当て力強く抑えた。
「いいか、今のお前は興奮状態だ。彼女が現れたことで気が逸れてるんだろうがな、指を落としたんだ。自分で傷口抑えてろ」
ネイは皇帝と公爵が話している間、ノルジールに苦い顔でそう言い放ち、早く熱冷ましと痛み逃しの丸薬を飲むように伝える。
「後で俺が無事生きていれば縫ってやる――なあ、お前の望むモノは何なんだ? ハッカなのか? 違うだろ? 国を守る為だと言ったよな俺に。だから、俺も、いいや俺たちは……命を懸けてお前を……」
早口で言い募るネイの言葉に、ノルジールは目を伏せ唇を噛む。
現行の碧空の呪いの範疇だと、今回のように王家が帝国から離反した場合に、帝国以外の国から王国を守ることが難しい。
蜜月関係が崩れる事で、足掛かりの土地であるフィリアは戦場と化す。
それを防ぐにはノルジールが王位に就き、これまで通り帝国との蜜月を過ごし、後世に呪いを繋いでいくことが一番良い手だろう。
だが彼が危惧したのはそんなエンディングの更に先の子々孫々の事も理由のひとつにある。
ノルジールの身に彼是起こるこれまでに王家が帝国に噛み付いただの、王国貴族による王位簒奪だのがなかったのが不思議なくらいフィリアは大人しく過ごしていた。
むしろその平和に甘んじすぎて帝国を侮るようになってしまったのかもしれない。なればこそ今後どのように教育がなされたとしても、第2第3のゴシュタルが現れるだろう事は想像に難くない。
ノルジールは時期が来たらフィリアを帝国に丸ごと引き渡すと決めていた。長年かけて多種多様な国を呑み込んで大きくなった国だ。大昔の帝国が血気盛んな時代ならともかく、現在の帝国ならばフィリア国民を自国民として扱い、今より良い生活を送れる可能性もある。
――そのために呪いの書き換えを決意したのだから。
「――それで?」
ノルジールが思考に耽っていたのを皇帝の冷静な声が現実に引き戻した。
「お前の『望み』とは何だ? もう死んだことになっている亡霊め。王位を取り返すだけならば、このような回りくどいことをせずとも良かっただろうに。王位を継ぐ気がないようだったから放っておいたが、とっととあの王の首とすげ替えておけば良かった」
彼女は苦虫を噛み潰したような顔をすると腕組をし忌々しげに言った。その右手小指の付け根には痣ができている。
「私の望みは……その時が来たら教えて差し上げますよ、陛下。それに、今より悪い事にはならないことは約束できます」
皇帝はノルジールの答えに鼻を鳴らすと、その時か、と呟き可笑しそうにひとしきり笑った。
「……私のことは名で呼ぶが良い。敬称も不要、これはファン帝国の皇帝を出し抜いた褒美だとでも思え」
ノルジールは深呼吸すると、「分かったよ、アレクサンドラ」とまるで身内に言うように答えた。
皇帝はそれに頷くと立ち上がり、振り返って公爵を冷たい瞳で真っ直ぐ見る。
「大叔父殿――いや、ロシュタリア公爵よ。ソフィア嬢のめでたき日ゆえ本日の行動については不問とす。そして今後の結果はどうあれ、お前は私の信頼を失くした事をゆめゆめ忘れるな。そしてソフィア嬢は我が臣のニエムと速やかに婚姻させよ。家督を譲り、愛する大叔母殿と共に空気の良い領地でのんびりするが良い。帝国に生きて足を踏み入れることは叶わぬことも肝に銘じよ」
冷たく静かに告げられる皇帝からの絶縁状。公爵はそれには何も言わずただ深く頭を垂れ、皇帝が部屋を出るまで顔を上げなかった。
皇帝が去り、公爵が頭を上げた時には場に沈黙と静寂が落ちていた。
その空気を払うように、公爵が笑顔で立ったままの一同に座るよう勧める。
薄荷はノルジールの隣に腰掛けると、難しい顔でノルジールの左手を気にしていた。
やってくれと頼んだネイに切り落とされた瞬間は、覚悟していた以上の痛みに身の裡で悶絶していた。
だがネイの言う通り興奮していたのか、碧空が血を吸ったように見えた恐怖からなのか。今思い出したように失くした小指の付け根がずくずくと律動するように疼いて激しい痛みをも同時に刻んでいた。
ネイから貰った丸薬が効くまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
ふう、と大きく息を吐いたところで、朗らかな声が彼の耳を打つ。
読んでくださりありがとうございます!
11で終わる予定だったのですが、削っても削っても予定文字数を大幅にオーバーするので、諦めて二つに分けました。
今夜22時投稿予定の【12】をもってノルジール編は完了となります。




