EX STAGE the ”GHOST” answer (10
「やあ、余興は楽しまれましたか?」
目の前の長椅子にはらこちらを認めて片手を挙げ、にこにこと微笑むロシュタリア公爵が座っていた。
「……パーティーには出席なさらなかったのですか」
「悪趣味な余興でしたよ」
ノルジールは公爵に問い掛け、ネイは小さく唾棄する。
「その様子ですと楽しい時間になったようで何よりです。私は客人をもてなしておりましてね」
公爵は、ああ、と思い出したように声を上げた。
「どうぞ、その装備を脱がれては? 陛下はまだいらっしゃいませんし、ここには気にするような者はいませんよ」
王宮を勝手知ったる我が家のように公爵は言う。
「大事なお嬢様の成人パーティーにエスコートなしとは」
ノルジールとネイは公爵の言葉に甘え、部屋の隅で装備を外すことにした。脱ぎながらポツリとこぼされたネイの言葉に公爵は微笑みを崩さぬまま頷く。
「ええ、大事なひとり娘です。ですがね、だからこそ茶番を見るのは辛いものです」
「……茶番、ですか」
その茶番劇が始まるまでにどれだけの犠牲があったかと詰りたくなったが、ノルジールも同じ穴に落ちている。喉元まで出掛かった言葉は吐き出されることなく飲み込まれた。
「ええ。破棄だろうが続行だろうが、どちらに転んでもここの王家には私の娘に瑕疵一つ付けられませんよ。そのように柔く育ててはいないですしね……ですからあのパーティーは私どもには茶番劇でしかないのですがね、やはり心ない言葉を掛けられる姿を見るのは辛いものですよ――そうだ、そういえば」
公爵はゆっくりと身体を起こすと、実に愉快と言うように満面の笑顔でノルジールを見つめた。
「『碧空』はノルジール様の手元に戻ったのでしょう?」
その言葉にノルジールはまるで水を浴びせられたように動けなくなる。
――この男はどこまで知っていてどこまで関わっているのだ。
ふふ、とまるで少年のように公爵は笑う。キツい目元が和らぐが、底知れぬものが潜んでいるようで恐ろしいとノルジールは背筋の冷える思いを抱く。
「そんな風に動揺してはいけませんよ。元王太子様。そうですねえ……何と言いますか。碧空だって元々は単なる宝飾品の石。ただの石は勝手に人を呪いません。干渉者が必要なんですよ――誰かを憎いと恨み呪うだけでは弱い。石に呪いを定着させる術を教授した者がいて、そんな彼らにも子孫がいて幸せに暮らしている、けれどその優れた技術なり過程を後世に遺したいと思う者がいてもおかしくはないでしょう?」
公爵は一旦言葉を切ると、奥の間に茶の用意を、と声を掛けた。おそらく侍従なり侍女が控えているのだろう。失礼、と前置いて話を再開する。
「簡単なまじないは現在もやり方は残像していますよ? ほんの少しだけ普段より調子が良くない程度のね。けれど、その『碧空』のような大きな呪い……国を揺るがすほどの呪いていうのはね特殊なんです。アレは偶然の産物なんですよ、ここまで永く続く呪うほど彼の姫君は力があったかと言えばなかったはずです。後宮で虐げられ嘆く高貴な女性なんてのは腐るほどいて、呪っていたのも数えきれないくらいね」
装備を外し終わり、すっかり身軽になったものの動こうとしないノルジールとネイに、どうぞ座って、と公爵は向かい側の席を勧める。ちょうど侍従が茶器の乗せられたワゴンを押して入ってきたところで、カップ
に茶を注ぎテーブルに置くとまた下がっていった。
公爵が縫い止められたかのように立ったままの2人にどうぞと席を勧める。2人は顔を見合わせると、勧められるまま彼の前に座った。
「――私の妻はどういう立場かご存知ですよね?」
公爵は毒味をしますね、とカップから茶を飲んで見せたがノルジールは手を付ける気にならない。ネイも同じなのか、ソファの背もたれにどかりと身体を預けている。
「帝国の――先々代皇帝の側室であり、先代皇后陛下の妹御の娘であるとか」
ノルジールが答えれば、公爵は微笑む。
「そうですよ。そして亡国の高貴な血統の末裔でもあるんですよ、妻も娘も|皇帝陛下も」
公爵の目の奥に怪しい光が点ったように、昏い輝きが見える。
「私には私の目的がある。例えば――そう例えば大陸の覇者となりたいとか、そんな大層な野望を抱いているわけではありません。人には向き不向きがあり、私なぞには分不相応なものです……ああ、陛下がいらっしゃいますよ」
この部屋の扉は開け放たれているままだ。帝国兵が覗いたのだろう、公爵が立ち上がってソファの側に立った。ノルジールたちも腰を浮かしかけたのを手で制止する。
「あなた方はそのままで」
「皇帝陛下の御成です」
公爵の声と帝国兵の先触れが重なる。
廊下の方から人の気配がして、公爵が頭を下げた。
「――ここにおられたか、大叔父殿」
背後からあの断罪の場とは全く違う、リラックスした声が聞こえた。
「客人をお迎えしておりまして」
「は、ソーニャが恥をかいておったのに父親のあなたは悠長な事だな」
「そのようなことで萎れる花ではありません」
公爵の言葉に鼻で笑った気配がして、ノルジールたちの目の前、先ほどまで公爵が座っていた位置に座った黒い軍服が見える。
ノルジールがハッと前を向けば、黒い瞳とかち合った。
――黒い、獣。
彼が正面から帝国の気高き黒鷲とも、戦場の黒い悪魔とも呼ばれる皇帝アレクサンドルを見るのは今が初めてだ。先ほどの断罪の場で見たのは後ろ姿のみだ。
薄荷と同じ黒髪黒目であるのに、彼女とは全く違う。その射るような強い瞳に呑み込まれるような畏れを覚える。
人ならざる美しさとは聞いていたが、これほどとは、と内心でノルジールは唸った。
帝国は大小様々な国を侵略し多種多様な人種を抱えている。正室や後宮においてもそれは同じで、帝国内のみならず友好国や敵国の人間の血が混じることを悪としない。
それでも帝国の血が強いのか、特に皇族というのは日に焼けたような色の肌と濃く力強い黒髪黒目を持つ。
だが、この皇帝はどうだ。
肌の色は王国王家とはまた違う白。こちらのように血色の悪い白とは違う、真珠と呼ばれる石のような黄味のある輝くような白。
髪は皇族らしく黒いが、さらりと細い。顔の造りは目も唇も薄くて良くできた美術品の人形のようで、ノルジールの知る帝国人とは全く違う。
恐らく心に誰も置いていない者ならば必ず魅了するであろう美麗、妖艶さ――魔性。サリーの場合は無垢な少女と見せかけ中身は老練な娼婦であるが、この皇帝は人を欲望に導き堕落させるという魔性そのものだ。
ノルジールが不躾に自分を眺めていたことには一切触れずに皇帝は口を開く。
「お前、先ほど会った奴か。その目に覚えがある――ああ、その色は碧空の所持者か」
皇帝は切れ長の目をさらに細く眇めてノルジールを見据えた。
片手で口元を覆い隠すようにし、人差し指でとんとんと自分の頬を叩いていた。
「大叔父殿、私を何に巻き込んだ。ニエムを置いてくるべきではなかったな」
チ、と皇帝は小さく舌打ちをして公爵を仰ぎ見る。
その公爵はといえば、カップをソーサーごと持ち、立ったまま茶を飲もうとしているところだった。彼は微笑んだまま口を開く。
「陛下、こちらはフィリア王太子ノルジール様でございます。お話があるそうで、場を設けさせて頂きました。ああ! あと客人をご紹介しますね」
「……まだ他にいるのか」
皇帝は呆れた声を出し、ノルジールに視線を戻す。
「――で? そちらの用件は何だ。帝国を『碧空』から解放してくれるわけでもあるまい。楯突いた馬鹿の腕も持っていったろう? 嫌な予感しかない」
そう言いながらも、皇帝の顔には何の感情も見えない。流石は10歳にしてその座に就いたと言うべきか、そうならざるを得なかったと言うべきか。為政者として立つために奪われた少女の時間を思ってノルジールは内心嘆息する。
だが嘆いてばかりもいられない。ノルジールはサリーから回収したペンダントを鎖ごとじゃらりとテーブルに置く。そして、足元に置いた青年の腕を足で布から転がし出す。
「これが『碧空』です、どうぞ』
ノルジールの言葉に、皇帝が鋭い視線を寄越す。
視線が刃物ならば、ノルジールは満身創痍だろう。
それでもノルジールは皇帝がペンダントに手を伸ばした瞬間を逃がさない。彼女の手を上からがしりと掴んだ。どんなに鍛えていても皇帝は肉が付かないタイプなのだろう、女性らしく指も細い。だが押し返してくる力はかなり強いが今ノルジールは押し負けるわけにはいかない。
そこでネイがノルジールに向かって素早く動いた。
皇帝が訝し気にその視線をノルジールからネイへと変えた後、彼の動きに気付いて目を見開き、企みに気付いて手を引き抜こうと身動いだ。
だがノルジールはそれを許さない。苦痛を堪え歯を食い縛った鬼気迫る顔で、ネイの側に置いていた左手を皇帝と重ねた右手の上に置く。
その左手は血塗れ。ぶしゅぶしゅと血が溢れている。皇帝の瞳には恐怖の色は一切ない、ただ驚愕していることが分かる。
だがノルジールにはその表情を堪能する余裕などない。
ネイがノルジールの足元に転がる腕と、ノルジールの左手の根元から切り落とした小指を彼らの手の上に乗せ、上から押さえ付けた。
ここまで、公爵がカップをソーサーに置くまでのわずかな出来事。
皇帝の手を引き抜くことはさせない、ノルジールの命を懸けた力に彼女は抵抗はしても覆すことができない。
皇帝は空いた片手で剣を抜こうとしたが、生憎と今夜は佩剣していなかったので空振りし、苛ついて足でテーブルを蹴ったがひっくり返すことは出来ず悪態を吐く。
「皇帝アレクサンドラ・ファン・メイエット 。このフィリア・ノルジールと『約束』をしましょう」
ノルジールは酷い痛みで脂汗を額に滲ませながらも、満面の笑みで高らかに声を上げた。
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©️2022-桜江




