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【本編完結】ワケあり皇帝のワケあり後宮  作者: 桜江


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EX STAGE the ”GHOST” answer (8

 王宮にいる者たちに毒を撒き散らし引っ掻き回すため、サリーはそのまま(・・・・)育つに任せた。 

 これから王宮に上がれば、恐らくそれなりに教育がなされるはずだ。

 そこで倫理観が正され、きちんとした貞操観念を持てるほど真っ当に育てば育ったでいい。そうなればサリーに犯させる(えいきょう)は少なく、彼女への(のち)の憂いも罪悪感もノルジールが抱かずに済む。

 

 とにかくサリーに渡した『碧空』さえいずれ取り戻すまで無事であればいい。あれを壊せるのは正統な持ち主のノルジールか、フィリア王族直系――(ゴシュタル)とその子供たちのみだが、それも呪い外しの知識を正しく持っていないと意味はない。

 

 今更兄が現れたところで、と油断しているゴシュタルの下に現れるノルジールの色を引き継いだ(サリー)

 その口から語られるのは彼女が生まれた劣悪な環境と父親(ノルジール)の死。

 あの(ゴシュタル)がそれに尾鰭もつけず口をじっと噤んでいることなど出来まい。ノルジールの死すら恥辱に塗れさせようと躍起になるだろう。

 

 ――だがそんなことはどうでも良い。

 

 ノルジールは薄荷と別れてからひとつ諦め、ひとつ考えていることがある。

 

 ゴシュタルをその座から引摺り降ろし、簒奪の罪で王妃も奴の血を継ぐ者全て処刑台に乗せ、王座に返り咲くこと。

 ノルジールを王座に就けることは両親である先王と先王妃のたっての願いでもあったが、呪いの意味を理解すればもうそこに拘らなくてもいい。

 自分のために命を差し出してきた者たち、特にシスリーとセシルはノルジールの命を捨てないこと、ひいてはそれによりフィリアの民が他国に脅かされることのない一番の望みだったと思うことにした。

 

 そこまで考えて、ノルジールは自嘲の笑みをこぼす。

 ――随分と自分勝手な考えだと我ながら思うが……これから先のことは考えているから。だから――。

 

 ノルジールは頭を軽く左右に振り、これからのことに思いを馳せる。

 

『呪い』・『呪法』・『呪術』。

 決して荒唐無稽なものではない。そういったまじないは大昔からあり、それらを行うことを生業としている者すらいることは隠されていない。

 だがここまで大掛かりで強大な――本格的に人を害すものがあることは知らなかった。

 

 大昔の姫の強大な負の感情のみを凝縮した呪いは確かに王国を守ることになった、だがそれは『対帝国』にしか針が向かない羅針盤だ。その針は他国には決して向かない。

 帝国以外から攻められたならばフィリアは墜ちる。

 

 だが表立っても帝国の弱味であるこの土地(フィリア)

 更に『碧空』がある限り、姫の血筋がある限り、帝国はフィリアを見棄てることは出来ない。だがそれではいつまでもフィリアは帝国に、他国に怯え続けなくてはならない。ノルジールのように従順に鎖に繋がれるか、ゴシュタルのように毒餌をくれる者に尾を振り、飼い主の手を噛み始末されるのを待つか。

 

 帝国と王国と呪いとがぐるぐる巻き付き、絡み縛り合う堂々巡りが何世代にも渡り繰り返されているが、ノルジールがそれを終わらせる『鍵』になっていることに彼は薄荷の『ノルジールが王にならなければもう次世代に呪いが引き継がれない』という言葉から気付いていた。

 

 ノルジールは最初こそ帝国に亡命し皇帝に謁見するつもりだったが、ゴシュタルの包囲網によって中々出られずにいた。

 今から思えば、帝国側の貴族はノルジールの『王位奪還』の為に手を貸していたのだがそれは先皇帝の考えであり、現皇帝アレクサンドルの考えではない。

 その内に代替わりによって連絡を取り合っていた帝国側の貴族たちとは現在連絡の取りようもなく、ロシュタリア公爵だけがノルジールと帝国を繋ぐ糸だ。

 

 公爵はこちらの亡命の要求をやんわり躱す。

 帝国の謀があるのか、彼だけの考えがあるのか分からない。

 だがいずれノルジールは若き皇帝、帝国の黒鷲と名高いアレクサンドルと対峙しなければならない。

 

 ――皇帝アレクサンドルにノルジールの目通りが叶うのはそれから更に2年の月日を要した。

 

 

       * * * * *

 

 

 この日、ノルジールとネイは懐かしい場所に招かれていた。


 招かれたと言っても客人としてではない。

 つい先日、公爵から「娘の成人ついでに婚前を祝うパーティーでちょっとした催しものがあるんですけど、見てみませんか?」と誘われ、ノルジールは一も二もなく頷いた。


 彼らは公爵に渡された着慣れぬ鎧に身を包み、顔には鉄仮面を着け帝国の一兵卒として現在フィリア王宮に立っている。

 

 王宮から逃げたあの時の閉じ込められていた部屋の入り口にネイと2人で立たされていた。

 他にも数人の帝国兵が廊下を慌ただしく行き交っている。フィリアの騎士団服を着用した者も帝国兵たちと何やら耳打ちしているのが見えて、常とは違う張り詰めた空気が満ちていた。

 

 ノルジールが視線を室内に戻せば、顔色を失くした侍従服と官僚服の男、怒りで悪態をついて今にもこちらに噛み付いてきそうな騎士団服の者、ゴシュタルによく似た風貌のあれが第3王子だろうか、彼はうんざりとした様子だ。

 

 彼らはまだ若く、恐らくサリーとそう変わらない年齢だろう。ノルジールの住まう貧困街(スラム)に彼らの細かい情報など降りては来なかったし、彼も特段気にすることはなかった。

 サリーが上手くやっているであろう事だけ公爵との世間話から把握していたくらいだ。

 

 奥には王となったゴシュタルと王妃、婚前パーティーに参加していた第1第2王子もいる。彼らも顔色は悪い。夜会な為に参加していない王子王女は別の場所に捕らわれただろう。

 

 あれだけ帝国に楯突こうとしていた傲岸不遜な獣は、とっくに愛玩動物(ペット)と成り果てていた。

 

 第3王子にきちんとした帝国の強大さを教えなかったか――ああ、今の王子王女の誰1人としてわざと(・・・)教育はされていなかったなと思い至り、ノルジールは苦い思いを噛み殺す。

 

 この若い彼らと甥姪たちを犠牲にし、見殺しにすると決めたのはノルジール本人だ。 

 薄荷の先見通り、帝国皇族の血を引く王子の婚約者が成人する祝いのパーティーでサリーたちが一騒動起こす。ノルジールはこの日を待っていた。

 

 ――ノルは全部背負わなくていい、嫌なら逃げて捨てていい。

 薄荷の温かで優しい声が聞こえ、同時にもう1人の自分が耳元で嘲嗤う。

 ――何が若い犠牲だ! 恥知らずで優柔不断な偽善者め! ならばとっととお前が死ぬか王座に就くべきだったろう? この道を選び取ってきたのはお前、自分自身なんだよノルジール。

 責め立てる側でネイの溜息まじりの言葉が甦る。

 ――他人の人生を変えるんだ。お前が幸せに生きられるようにしてやれよ。

  

 ノルジールは静かに息を吐くと目を伏せた。ぐ、と唇を引き結び決意を新たに目を開ければ、サリーがこのどこか逼迫した空気を読まず楽しげな声で、保護者宜しく隣に陣取る見目良い男と何事か話しているのが見えた。

 

 下品とまでは言わないが、まるで風船のように着ぶくれて見えるドレスに身を包んだ彼女は、キラキラとした何やら期待に満ち満ちた瞳でキョロキョロと忙しなく視線を動かしてクスクスと笑っている。

 

 先ほどまでこちらに剣呑な視線を投げ、罵っていた騎士団服の男がいつの間にかサリーの側で姫を守る騎士のように控えていて、彼女が楽しげに笑うのを微笑ましく見守っているのに呆れる。

 

 ふと隣のネイを見れば、彼もまた険しい目で彼らを見つめていた。ノルジールの視線に気付いて、やれやれと言うように目を閉じて見せる。

 鉄仮面で表情は分からないが、きっとぎゅっと眉を顰めているだろうことが分かり苦笑する。

 

 今やサリーは出会った頃の薄汚れ飢えた獣の仔とは違う。妖精もかくやな純粋無垢なあどけなさを持つ見た目と、男を手玉に取り転がす手管を持つ娘へと変貌を遂げているとすぐに分かった。

 

 ()というものに対してのみ自然と働くそれは『父』として接するノルジールにも向けられていたが、彼はサリーをそういう対象としては絶対扱わない。 

 

 ノルジールはサリーを娘として穏やかに愛を持って接したし、内心の打算は隠し通せていたから、サリーは王宮に上がるまで一緒に暮らした彼に対して反抗はしなかった。

 肉欲的なものも、あの潜り込んできた幼い日以来ぶつけてくることは言い付け通りしなかった。

 

 元々の性質が多情なのか好色なのか、はたまた育ちによるものか、久々に見た彼女の瞳の情欲の色は消えずより深く根付いているようにノルジールには見えた。

 

 室内の怯える者たちとリラックスした様子のサリーたちのアンバランスな様子、廊下の両国の騎士と兵たちの落ち着かなさ、これから行われる企みへの緊張がないまぜになり、ノルジールの気を(そぞ)ろにさせる。

 

 ややあって皇帝付きの護衛であるニエムという男が現れると、皇帝陛下のお成りだ、と兵たちに小さく告げるのが聞こえた。

 

 ノルジールはネイと視線を交わすと、来る訪れに備え気を引き締める。

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