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【本編完結】ワケあり皇帝のワケあり後宮  作者: 桜江


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EX STAGE the ”GHOST” answer (5

 小鍋の中身は煮詰まってきたのか、ごぽりごぽりと大きく泡が弾け粘着質な音に変わった。

 ひと混ぜして、火から小鍋を下ろす。火は消さない。

 

 ノルジールはボウルに中身を移し変え、空いた小鍋をそのまま汲み置いた溜め水に突っ込み掬うとまた火に掛けた。

 片隅の箱を漁って、野菜屑を適当にぶち込む。ついでに塩漬け肉の干したのもナイフで削って入れる。

 

 夕飯の支度も終えて丸椅子の上でまた考え込んだ。

 空は鮮やかな夕焼けで室内にも黄昏の色を落とす。

 

 ノルジールは室内を満たす色を見ながら、自分を守った者達へと思いを馳せる。

 彼らは何年経っても色褪せずにありありと思い浮かべることが出来る。本来なら亡くした人や辛い記憶は日々と共に薄れていくものだが、ノルジールは忘れることを己に許していない。

 

 薄荷が語ったノルジールの運命の大きな分かれ道。

 

 まずひとつ、追手に見つかり乳母のシスリーが足止めをし、乳兄弟のセシルが彼の囮になり命を落とす。彼らと共に、ノルジールの親友でもあり兄とも慕うネイをも殺され絶望したところを捕らえられ、『碧空』はゴシュタルの手に渡り、彼の目の前で処刑されるというもの。

 

 だがネイはその日、ノルジールと薄荷の言葉を信じ難を逃れ回避することができた。

 シスリーとセシルはどうしても助けることが出来なかった。彼らを囮にしなければノルジールは命を繋ぐことが難しい状況だった。

 

 もちろん当日まで拠点を変えるなどして予定にない動きをし、ギリギリまで粘ってみたが追手に追い詰められ、シスリーもセシルも我が身を犠牲にすることが当たり前だと言い、ノルジールを薄荷に託して逃がした。

 

 ここでノルジールは身をもって薄荷の言葉を理解せざるを得なかった。

 

 己なら全てを救えると心の何処かで傲っていたことに打ちのめされる。

 自分のみならず他人の死に逝く運命を変える時には他による犠牲――運命の欠けを補うように埋め合わせがあり、それは決して覆らない。

 

 シスリーとセシル。彼らの運命をも変えるための試行錯誤をする前、ノルジールを抱き締めて言ったのだ、自分たちを諦めることでノルジールが生き、それで多くの命が救われるならばそこで終えても本望だと。

 

 王妃とノルジールに忠誠を誓う彼らにとって、己の寿命までの時間を知ることは人生を無為に投げ捨てるのではなく、確実にノルジールのために命を(なげう)つ日なのだと覚悟するための期間となった。

 彼らが死の運命を変えるためにはノルジールを見捨て、置いて逃げねばならない。だが、それを当然よしとはしない。

 

 そしてノルジールを庇い守り逃がし捕らえられた彼らの遺骸は非情にも広場に数日晒された。

 王宮の宝物を盗み、あまつさえ王族の暗殺を謀った罪を与えられて。

 これは当然ノルジールを誘きだす餌だ。

 

 この頃には『王妃は気鬱の病により蟄居し、王に就く筈であったノルジールは王座を厭うてゴシュタルに譲位すると野に降りた』というシナリオが出来上がっていて、それを疑うものは表立っては勿論いない。

 

 ノルジールは第二の母、乳兄弟を下ろしてやることも出来ず、その汚名を灌ぐこともならず無力感に苛まれていた。

 それをネイと薄荷が叱り励まし、そもそもゴシュタルのせいだと割り切らせ、彼の内に生きる力を奮い立たせた。

 ノルジールが折れてしまえば彼らは無駄死にになるのだから。

 

 こうした中で彼らと行動を共にしていた薄荷自身にも危険が及び始めた。

 彼女は帝国への帰還命令が下されており、速やかに戻らねばならなくなった――だが戻ればおそらく薄荷とノルジールはもう二度と会えない。

 

 それを聞いたノルジールはまるで弓矢に射貫かれたような突き刺す痛みをその胸に覚え、同時にそれが何かを理解した。

 

 薄荷と過ごしたのはほんの僅か、ノルジールの人生が5、60年ほどとすれば、その中でたったひととき。重い雲間から陽光が差すような一瞬。

 

 その一瞬で彼は薄荷に落ちたのだと否応なく理解(わかっ)た。

 

 彼女の先読みだ先見だのの不思議な能力(ちから)は関係ない。

 初めて会った時からどうにもならないくらい惹かれて落ちていたのだ、恋に。

 そこに思い至り、ノルジールの心の靄は晴れた。

 

 晴れたならこの想いを遂げたい、そうなるのは抑圧された状況下にあること、2人の時間制限があること、ノルジールがまだ10代という熱量の盛んな年齢であることなど重なりあったせいも多分にある。

 普段は思慮深く控えめなノルジールの背を押した激情は、迷いなく彼を突き動かした。

 

 そんなノルジールの想いを薄荷も受け入れる。

 

 その日からノルジールは薄荷の傍を片時も離れなかった。できれば一緒に帝国へと出てしまいたいとも思ったが口に出せない。

 

 フィリアの国境付近各所にはゴシュタルの息の掛かった領主や貴族がノルジールの国境越えを今か今かと待ち構えている。

 事前にフィリア王宮への申請、王もしくは準ずる者の承認のない王族及び王家に近い高位貴族の国境越えは、他国に自国の情報なり王家の血を売る等の思惑があると見なす重罪と看做される。捕まれば公式の処罰が可能だからこそ彼ら――ゴシュタルはノルジールを待っている。

 

 ノルジールは帝国へ無事亡命するために今を生きていた。彼の出自を思えば、経験することのなかったはずの暮らし方であり、本来耐え難い屈辱でもあった。

 

 例え上手く帝国に逃れても何の準備もない現在、帝国がノルジールを庇うことはしないだろう。

『碧空』を奪い取り送り返され、ノルジールは処刑され、帝国の力によりフィリアは数日で滅亡だ。帝国だけではない、虎視眈々とフィリアを狙う国は多い。

 

 王国が帝国の善き友という立場を捨てれば、フィリアは単なる戦場と化す。

 

 これまで命を懸けてくれた者たちに後ろ足で砂どころか汚泥を掛ける真似はしたくない。

 特に大事な身内の2人に守ってもらった命を易々とゴシュタルにくれてやる気などさらさらない。

 

 薄荷が帝国から迎えが来る日は2人が別れる日でもある。

 薄荷が2度と会えないと言うなら、それはほぼ間違いない。ノルジールと薄荷の道はもう交わらない。違う道を歩む。

 

 なればこそ刹那の恋は燃え上がる。

 

 こうして薄荷はノルジールの心に強くその存在を焼き付け、焦がしていった。

 竈の火とは違う。蓋をしても水をかけても消えないいつまでも焦がれて燻る炎の火種を残していった。

 

 ――ノルジールはコトコトと小鍋が音を立てるのを持ち上げ、竈に金属蓋をする。その蓋の上、端のほうにまた鍋を置いておく。

 こうすることで竈の火が消えるまで蓋が鍋を暖めておいてくれる。

 

 彼の心と同じ。火を消しても熱さは残る。いつか消え行く火と熱かもしれないが、今も彼の胸にずっと残っている。

 

 記憶にある薄荷の残り香を振り払うように彼は頭を力なく振って、意識を彼女から注意された『運命の子』に戻す。

 

 帝国に『碧空』はいまだノルジールの手にあることが薄荷によって伝えられている。

 薄荷がどう伝えたのか、帝国はゴシュタルが王位に就くことを認めた。

 

 フィリア王ゴシュタルは、かつてノルジールの婚約者であった令嬢を王妃とし、今や3人の王子を持つ人の親となった。

 

 王と王妃の仲睦まじさは市井にも広く知れ渡り、貧困街(スラム)にまで響いている。

 貧困街(ここ)ではだからどうした程度の認識だが。

 

 とにかく帝国に反旗を翻し、他国に阿るためのゴシュタルの王位だったがフィリアとファン帝国の間に亀裂は見えない(・・・・)

 

 ネイのもたらした情報によれば、帝国はゴシュタルの第一子を次の王に指名したと言う。

 

 王となったゴシュタルも漸く帝国の手を離すことが簡単には行かないと理解したようだが、やはり他国との水面下でのやり取りはあるようだ。

 

 だが、本来されなければいけない帝国式の教育はされていないと言う。

 反帝国派のゴシュタルは、帝国の後ろ楯があるからこそ王になれたということは理解していない。

 

『碧空』さえあれば王になれるとしか思っていなかったゴシュタルだ。『碧空』がなくても王になれた事で何かを勘違いしているのだろう。

 

 『碧空』はフィリアの国宝でもファン帝国の宝でもない。

 宝玉の付いた装飾品と侮ってはいけない。

 

 ――忌まわしき呪いの品です。

 

 ノルジールは薄荷の小さく震える声が夕闇色に染まり始めた室内に響いた気がした。






読んでくださってありがとうございます!

悪い癖が出て、本編よりねっとりやってしまってます。ごめんなさい!

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