EX STAGE the ”GHOST” answer (4
ノルジールはネイを見る。
ネイが男爵家の出身ということまでは知っていたが、継母――義理の母がいたとは知らなかった。よく喋る彼が語らないということは言いたくないことなのだろうと飲み込む。
彼は苦笑した。
「……いや、参ったな。流石皇帝陛下の『鳥籠に隠されている先見鳥』と言われる占い師だな」
驚きで肩が動いたことといい、否定しないところを見ると、彼に継母がいるのも、何かあって遠慮しているのも事実なのだろう。
ハッカはネイのやや嫌味が混じった言葉にも困ったように微笑んだ。
「その言われ方は好きじゃないです。別に私は側室でもないし、皇帝陛下とそういう仲ではないので。単に保護して頂いたお礼に帝国に留まって陛下の行く先を見ているだけですから」
ノルジールは内心で首を捻った。
確かにネイの家庭環境は真実言い当てたのだろう。
だがこれは占いではないような気がすると彼は思う。
帝国の諜報機関はかなり優秀だと聞く。このくらいは調査済みだろう。
王宮にもあちらの手の者はいるが、せいぜい侍女などの使用人、下働きの者、情報収集のために放たれた者くらいだ。
内部の内部まで知っている者はそうそういない。物語のように天井裏に人が潜む……などというスペースもない。
この場にいる貴族家のようにあちらに与している者。
とにかく少し調べれば分かる内容だ。カードを隠れ蓑にして調査内容をちらりと見せただけではないだろうか。
ノルジールは胡乱げにハッカを見る。
ハッカはその視線に気付くと、瞳をノルジールからゆっくり逸らし、真っ直ぐ引き絞られていた唇をにまにまと弛ませていた。
* * * * *
貴族たちはここ以外の幾つかの隠れ家、及び帝国へ亡命すること、金銭的な援助について語ると時間をずらしながら去っていった。
ネイも一旦借家に戻ると言い、買い出しに行くと言うシスリーを伴って出て行った。
残るはノルジールとセシル、ハッカだが、セシルは何やら意味深な笑みを浮かべ、ノルジールの背中をパン、と大きく叩いてお茶でも淹れますね、と彼も部屋を出た。
ハッカと2人きりになったノルジールはやや責めるような口調で彼女に詰め寄る。
「ハッカ、さっきの……っ」
ハッカは自分の唇に人差し指を当てて「しーっ」と言って微笑う。
間近で見るハッカの瞳は黒い。今気付いたが、彼女は眉もフードから見える髪も黒い。
この大陸で黒い瞳と髪を持つ人種は帝国の皇族のみ、そこに思い当たって、背中に冷や汗が知らず滲んだ。
「あっ、違います違います! 帝国人じゃないですってば」
「……別の島国から来たんだったね」
「まあ……そうですね。それに皇族の方って黒髪黒目ですけど、ちょっと違うでしょ? 私と」
そう言ってハッカがフードを外すと、艶やかな黒髪が現れた。
ハッカの耳の辺りで切り揃えられた黒髪は真っ直ぐに伸びている。
髪の短い女性は神職でもない限り珍しいが、ハッカによく似合うように彼には思えた。
生粋の帝国人は皇族も平民も癖が強くうねっていて太い割に柔らかな髪質であるが、彼女の髪はさらさらとして見える。
髪のひとすじひとすじに思わず触れてみたくなるのをノルジールは我慢した。
「ああ、でも皇族方でも皆が皆黒髪黒目って訳じゃないですしね」
なぜか皇族にのみ黒髪黒目は遺伝する。
帝国皇帝の正室や側室の産んだ子が黒髪黒目でも、その子が成した次代になると黒髪黒目はほぼ出ないのだと言う。
ノルジールのこの黄昏の髪と碧空の瞳もそうだ。
フィリア王家の直系にしか出ない。しかも『稀に』だ。
元々フィリアを興した祖がそのような色合いであったと言う。『碧空の誓い』――ペンダントに込められたこの呪いのような約束をそう呼ぶ――を果たした先祖もまたノルジールと同じ色味を持つ王であったと伝えられていた。
だからこそ実弟のゴシュタルは劣等感を抱いたのかもしれない。そんな色味がなくとも、我こそは王に相応しいと燃え上がったのかもしれない。
幼い頃は仲の良かった兄弟だった。いつからこんな風に拗れてしまったのか。
ノルジールが過去に思いを馳せていると、ハッカはまた真顔でノルジールを見つめていた。
「……ハッカ? 君は――」
「ノルジール様、あなたは運命を変えたいと思われますか? この先を知ることを良しとされますか?」
「……君の占いは占いではないだろう? 君は帝国の間諜から情報を得てそれを……」
「――いいえ」
強いハッカの口調、彼女の何もない表情と瞳にノルジールは気圧される。参ったな、と呟くとハッカは同じことをもう一度聞いてきた。
「それは一体どういう」
「運命を知ると言うことは、己の寿命すらも知ることに繋がります。そしてそれを曲げると言うことは少なくない数の他人を巻き込み、彼らの運命をもねじ曲げることになります。あなたはそれを背負えますか? 人生を投げ出さないと約束できますか?」
まばたきひとつせず、食い入るように見つめるハッカの瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
まるで人に非ざる者と対峙しているような緊張感で、引いていた汗がまたじわりと滲んで垂れた。
「運命を変える、と言うことは僕の運命は良くない方向に転がる、と言うことか」
ハッカがノルジールの言葉に小首を傾げた。表情は変わらないままなので、その仕草は操り人形が操られているようにも見える。
「それは本人の受け取り方次第です。本人が幸せな終わりでも、別の人から見れば不幸に見えるのと同じく。ただ、その終わり方にあなたが納得行かないと仰るならば、私はお手伝いが出来る、と言うことです」
ハッカはまるで2人いるようだ、とノルジールは思う。
悪戯めいた少女の雰囲気を持つハッカと、まるで神託を降ろす神子か聖女のような――と、そこまで考えてノルジールはハッカを見つめた。
ハッカは目蓋を閉じると、ふっと柔らかくその雰囲気を変える。
「――占術師、魔女、神子、聖女、巫女、先見鳥。何とでもお好きに呼んでもらって構いません。お考えの通り、私は占術師ではありません。ただ……ただ、人の考えや行く末が視えてしまうだけです……気持ち悪いですよね」
ノルジールは寂しげに微笑むハッカへと気付けば手を伸ばし抱き締めていた。
「気持ち悪くなどない……だから自分で自分を傷つける物の言い方をしてはいけない、ハッカ」
彼女を抱き締め閉じ込めた胸には彼女の瞳から流れた熱く濡れたものが押し付けられる。
ノルジールがそっと窺うとハッカは声を上げずに震えて泣いていた。
ノルジールには彼女が泣く真実の理由は分からないが、恐らく先の言葉を顧みるに人から拒否されるような経験を積んでしまったのだろう。
そう思うと少しでも楽に、せめての気休めでも慰めになってほしくてその小さな背を優しく撫でていた。
* * * * *
ぐつ、ぐつ、と小鍋が音を立てている。
ノルジールは中身をゆっくりとかき混ぜた。
乾燥していた熱冷ましの薬草は煮出されてぐずぐずに溶けてきた。もう少しどろどろとするまで煮詰めないといけない。
子供――少女を寝かせた寝室から物音はない。
あまりにも静かなのに不安になって何度か寝室を覗いた。
普段から静けさには慣れているが、目を離した隙に少女がそのまま息をしなくなるのではと思うと不安しかなく、ノルジールはそっと息を吐く。
「――『川で助けた少女は運命を握る』か」
ノルジールを待ち受ける運命は『死』だ。
もちろん人は皆必ず死ぬ。ノルジールもまた死ぬ。若くして死ぬことは天命なのだ、寿命なのだと言われれば仕方がない。
ないが、やはり口惜しさは拭いきれない。
ノルジール亡き後ゴシュタルは果たして善き王になるだろうか? ――否、と自答する声が己の裡に虚ろに響く。だからこそ足掻く。生にしがみつく。
ハッカ――薄荷と書くのだと後に彼女に教わった――は言う。
人の未来と言うものは均されていない道と同じなのだと。
自分で道を知らず知らず選び取って進んでいる。『死』に向かって。目的地は『死』だが、ならば成るように成れと放り出してしまうことは手段は苦しくとも実は容易い。心の底から当人が満足し納得できているならそれで良い。
生きる道を選択し続けることこそ難しく苦しいのだと。
遠回りしようが近道しようが、至る経緯は違っても行き着く先は同じ。迂回は出来ない。
だがその結末を迎えるにあたり、薄荷は悔いを残さぬよう導く事が出来る。
それはある意味狡い能力だ。
不慮の事故、回避できる厄災、予防が間に合う病、やろうと思えば大勢を救うことが出来る。
ノルジールがそう言えば、彼女は小さくふるふると横に首を振る。
「それは難しいんです。こんな小娘の言うことを真に受ける人がどのくらいいると思われますか? 皇帝陛下のお墨付きがあっても、あなたのお友達のように私をただの愛人……側室のひとりとしか認識しない人の方が多い」
――それに私の手の届く範囲ってとっても狭いの。例えば飢餓に喘いでる貧困街の人皆を救うとするでしょう? そのためにお店の品物を買い占めたり、どこかの農家の作物を買い占めたりする。普段からそこで買ってる人たちは困るし、買い占めた事で急に大金が入ったことで散財したり、泥棒に遭ったりするわけ。そして、飢餓で苦しんでいた彼らは自ら立ち上がるのか、救いを求め続けるのか、他人から奪うのか。
そういう鬱憤はどこに行くと思いますか? 救った人に向けられる、お前が余計なことをしなければって。考えすぎじゃなく、極端な例だったけどそういうものです。そして能力を使わなければ使わないで責められる。
だから、私が救いたいと思った人にしか助言はしないと決めてるんです。偽善すらしないなんてヒドイでしょう? でもこれが私の精一杯。誰か一人の運命を変えると、何十人、何百人と影響があるから。
薄荷の切ない笑みは、救いたい命を諦めねばならない哀しみを隠しているように思えた。
ノルジールを見上げる薄荷の瞳は、確かな熱を孕んで潤んでいた。




