EX STAGE the ”GHOST” answer (2
ノルジールはフィリア王国の第一王子フィリア・ノルジールとして生まれた。
このフィリア王国はややこしい立場の小さな国だ。
王国は大陸にある大小様々な国のひとつ。
その大陸の覇者と呼ばれる帝国とはお隣同士であり、表面上属国という体を取った友好国だ。
友好国とはいっても、昔たまたま王国出の姫が帝国に輿入れし皇帝の寵愛を得たこと、王国が地形的に帝国に攻め入るために丁度良い位置にあるための砦として守るべき場所だからという理由が重なった結果の事だ。
だから王国が下手を打てばそこにつけ込み、過去の皇帝の戯言など即座に撤回し王国を支配下に置くだろう。
そんな危うい均衡の上に成り立っている関係だ。
それでも王国は表向きとはいえ宗主国である帝国に反意なく、意を汲み、皇帝に従順且つきちんと国の上に立つことが出来る者を国王の座に据えることで恭順の意を示してきた。それが小国としての生きる道だったからだ。
要は王国の君主たる王は帝国皇帝が選出するのが慣習だということ。
そしてその証として『碧空』と呼ばれる透明感のある大ぶりな翡翠の填まったペンダントを王が受け継ぐ。
その翡翠には特殊な模様が施してあり、光に当てればファン帝国の国旗が埋め込まれているのが分かる。
この模様は、過去帝国の属国となることを承諾した際に調印を結んだ皇帝とフィリアの王、二人分の右手小指の骨を細工したものだと言われている。
ファン帝国では右手小指を『約束を違えない』という誓約の印なのだと言う。
約束を違えると左手小指を切り落とす。だから左手小指の無い者は『嘘つき』であり信頼できない者と見られる。戦でも左手小指だけは守るようにしていたぐらいだ。
だが今ではそれも大昔の慣習で、帝国内の一部民族で受け継がれているがほぼ廃れている。
だが、ノルジールは帝国ですら廃れているそれを学ばされた。なぜなら帝国の逆鱗に触れぬよう、帝国の犬として機能するために歴史やマナーなどの教育がなされるのだ。
彼は碧空のペンダントを受け継ぐ者だから。
その彼が現在住んでいるのはフィリアの王宮ではない。
他国から戦災を逃れてやってきた難民の居住区域近く。治安はかなり良くないが、人に紛れやすく物価も安い。但し、安かろう悪かろうだ。
追手はノルジールを深窓のお坊っちゃまだと思っているのか貧民街に移ってからは現れない。
その追手が狙うのはこの碧空。
その碧空が欲しいのは血を分けた実の弟のゴシュタルだ。
ノルジールは台所で小さな鍋に汲み置きの水を入れ、そこにネイが置いていった熱冷ましの薬草を一つまみ放り込んで火を付ける。
しばらく煮込んで煮詰めてやらねばならないので、小さな丸椅子に座ってぼうっと鍋を眺めた。
ノルジールは決して善人ではない。
成り行きで助けただけの子供のために危険を冒して、ネイが隠れ住む庶民の街へ足を踏み入れた訳でもない。
――全ては弟ゴシュタルに一矢報いるため。
ゴシュタルは炎のような激しい男だとノルジールは良くも悪くもそう評する。
あの温厚な父母から生まれ、同じ血が流れているとは思えないほど強気で己の武器を知り、且つ尊大で傲慢だった。
帝国については兄と同じ教育がされているのに、鼻で笑って授業をボイコットする。
極めつけはノルジールの婚約者だった令嬢を奪い取り己の婚約者にすげ替えたことだ。
次期王となる者は、帝国の指名によるもの。
同じく婚姻も帝国からの指定がある。
別に彼女と恋愛をしていたわけではない。決められた婚約者で、そんなことは王侯貴族であれば政略婚はよくあることだ。
だから奪われたと知っても腹は立たない。むしろすんなり弟に乗り換えた令嬢に呆れしかない。
ゴシュタルは見た目も雰囲気もいわゆる『危険な香りのする男』で、ノルジールのような『人畜無害そう』な男ではない。
言い寄られている今手に入れなければ他の女に持っていかれてしまう、そんな気持ちを抱かせるのだと言う。
他者から元婚約者が言って回っているその話を聞いたノルジールとネイは苦笑するしかない。王よりも男妾の方がよほど向いている、そんな者に惹かれる女なぞ王妃には向いてないとネイなどは吐き捨てていた。
その弟が次は王位と碧空を譲れと言い出すだろうと思っていたら案の定。
ノルジールはゴシュタルに伝えた。王位も碧空もどちらも譲ることは出来る、と。
だがそれらを譲り弟が受け取るためには帝国の許可が必要だと伝えた。フィリアは帝国の属国なのだから、と。
ゴシュタルはそれをせせら嗤う。
「帝国如き腑抜けに何が出来る?」
ゴシュタルには反帝国勢力との付き合いがあった。
それを知らなかったのはノルジールだけではない。2人の父と母である王と王妃もである。
帝国についての教育と同時に、帝国に甘んじて属国の立場を受容することがなぜフィリアを守ることになるのかについて、王国側の想いも教わる。
帝国だけでなく他国に呑まれることは容易い。そして帝国の属国ではなく完全なる領土となれば今よりも厚く守られる。だがその代わり失くすものもある。
いずれ帝国なり他国に侵されてしまえばその国の流儀というものが浸透していく。そうなった時にフィリアはフィリアでなくなる。
受け継がれてきた高貴なる王家の血、祖の系譜が途絶えてしまう。
ゴシュタルは反帝国派の考えにどっぷりと浸かっていたため『なぜフィリアが帝国に甘んじているのか』を考えなかった。
しかも己の地位は脅かされない確約を結んでいるために安心していたのだろう。そんなものは他国がフィリアの首を抑えればどれだけでも反故に出来るというのに、そういうところだけゴシュタルという男は素直だった。
更に『他国からフィリアが攻め入れられるのは帝国側の責任であり、帝国がフィリアを守るのは当然である。また、フィリアが帝国を崩す牙城足り得るのであれば、反帝国を掲げる国と手を組み帝国を落とせば良い』とまで言い切り、王は怒りの余り血が昂ってそのまま倒れてしまった。
――そこからだったな。
ノルジールはくつくつと煮立つ鍋を見つめる。焦げないよう、火を着けた木枝をずらして火の当たりを小さくする。
ふう、と大きく息を吐いた。
父王はすぐに身罷り、ゴシュタルはノルジールに剣を向け捕えた。
随分前から反帝国を掲げる自国の貴族や他国と手を組んでいたのだろう、王宮内はあっという間どころか当然のようにゴシュタルの物となり日常に戻る。
母とノルジールはそのまま王宮の一室に幽閉された。
隠し通路も何もない、使われていない薄汚れた部屋に弟王子は兄王子と王妃を押し込めたのだ。
そこでノルジールは王妃から『碧空』を渡される。
――たかがペンダント1つ。
幾ら帝国が過去の皇帝への敬意を持ち約束を重んじるとは言え、王宮を手中にし他国と手を組んだゴシュタルと違い、何の権力も持たないノルジールの味方になるとは思えない。
だが、王妃である母は言った。
「ゴシュタルを見誤ったのは、父と母であるわたくしたちの責任です。ノルジール、あなたにばかり責任の重いものを担がせてしまうのもわたくしたちの至らぬところだときっと恨むでしょうね。ですがこれは、これこそは死んでも守り通さねばならぬものです」
――これこそフィリアがフィリアとして存在するためのもの。
そう言って渡された『碧空』のペンダントはただきらきらと美しく輝く宝石でしかない。
「ゴシュタルに渡すことを帝国も皇帝も認めていません。認めておらぬ者に『碧空』を渡せば、フィリアは不要と切り捨てられます。他国の手に渡るのも良くありません。王位を継承する際、王と王妃にこれを守り後世に伝えていくことを誓わされるのです」
ノルジールの母はそこまで言うと、渡された『碧空』を持つ手をしっかり両手で包み込み握らせる。
「ノルジール、ゴシュタルではいけないのです。これの後継者はあなたであると皇帝がお決めになったのです。これがある限り帝国はあなたを無碍にすることはありません……本来ならばしっかりと説明せねばなりませんが時間がないわ……」
ノルジールの母は立ち上がると、部屋の隅にノルジールを手を引き誘導し、床を踵で3回蹴る。
「ゴシュタルは今きっと王の部屋で『碧空』を探してるはずです。わたくしが持っているとは思っていないでしょうから。ノルジール、お逃げなさい。帝国に向かえばきっとフィリアの王位はあなたに戻るから」
床板が音もなく動かされ、そこには難しい表情をした彼の乳母のシスリーと乳兄弟のセシルがいた。




