EX STAGE the ”GHOST” answer (1
男はひとり、格子の窓辺に座ってわずかな隙間から空を見上げる。天気は良く、生まれ故郷とは違うこの国らしい熱さを孕んだ碧空の色が目に痛い。
男はその片手の中にあるものをじゃりじゃりと空を見上げながら玩んでいた。
つい、とそれを目線より上に持ち上げると、それは光を受けてきらきらと金色に輝く。金の鎖に土台のペンダント。土台に填められた石はあの空よりやや濃い碧。
それを物憂げに眺める男の瞳も石と同じ色をしていた。
* * * * *
フードを被った男は川でぼんやり魚を釣っていた。
だが彼は魚が嫌いだ。
嫌いだが何をすることもないので、こうして釣りに興じるのが暇潰しには丁度良い。
日々こんな風に無為に過ごして早10年以上。
父が亡くなり、母が亡くなると実家から追い出された。
追い出されたより「逃げた」と言った方が正しいかもしれないと彼は思う。
自分の乳母と乳兄弟によってそこから無事逃げ果せたが、居場所を突き止めては襲ってくるしつこい追っ手のせいで大事な味方を失った。
現在は知人たちの支援を受けていて、時期が来ればそのうちのひとりが住んでいるファン帝国へと亡命するつもりでいる。
(さすがに帝国までは追ってこれまい)
男ははあ、とその胸に冷えて凝る感情を出し切るように大きく息を吐いた。
追っ手を差し向けられている原因などとっくに分かっている。そんなものはさっさと棄ててしまえば良いのだが、そういう訳には行かない。
父から託され、母から死んでも渡すなと言われた先祖代々譲り受けている大事なものだ。
帝国にいる知人からも『本当に欲しいものと交換できるから、それまでは絶対に手放すな』と言われている。
(本当に欲しいもの、ね。平穏な日々が欲しいよ僕は)
彼はうんざりとした気持ちで、被っているフードの内側に縫い付けてあるそれの重みを感じる。
フードはここフィリア王国では大抵の庶民が着けている。彼にとっては都合が良い。
万が一追っ手に殺されても、こんなみすぼらしい男を狙う不自然な強盗に遭っても、衣服を検めることがあってもフードにそれが縫い付けてあるとは誰も思わないだろう。
「……ハハッ」
そこまで考えて、手で目を覆う。乾いた笑いが出た。
「いっそ死ねたら楽なのにな」
そう思えば目の前に川があるのは丁度良いと釣竿を放り投げ、軽い気持ちで川に入ってざぶざぶ歩みを進めた。
だが、川の水位は中ほどでも彼の膝辺り、流れも緩やかで、うっかり足でも滑らせ頭を石にでも打って混乱するか気絶するくらいではないと溺れ死ぬことは出来なさそうだ。
「……何やってるんだか」
自嘲気味に呟き、戻るかと岸に向くと、近くで水を叩く音がする。
「何だ?」
音のした方を見れば、少し離れた場所に動物でも落ちたか派手に水しぶきが上がっていた。
「……いや? ――あれは、子供だ!」
目を凝らせば、それは小さな子供のようだ。
彼は慌てて川の中を駆ける。すぐに子供の所にたどり着いた。
「大丈夫か!? おい!」
ぐったりと流されるままの子供の首に腕をかけ、力任せに引っ張り上げて抱えた。どのくらい水を飲んだのか分からないが吐き出させないと、と焦る。
子供の顔色は白く、体温も感じない。これは川の水の冷たさのせいかもしれなかったが、彼は小さな命が目の前で消える恐ろしさでいっぱいだった。
周囲をぐるりと見渡すが、子供の親らしき姿はない。
他に助けを求めようにも川にいるのは自分とこの子供だけだった。せめてもう少し上の方なら住居の多い地区だったがと唇を噛む。
とにかく慌てて岸に上がり、柔らかな草の上に横にして寝かせ背や頬を叩いてみる。
おろおろと見ているしか出来ないが、息を確かめたり、力を入れたら壊れそうなほど薄い胸に耳を当ててみたりして命の証を確かめた。
突然子供が痙攣するように噎せて咳き込んだ。
水はあんまり飲んでないようで、男がホッとする。川の水は綺麗なものではないからだ。
(こちらの川で良かった)
もう1本街中を流れる川もある。そこは生活汚水が流されるため汚くて臭い。あんなところの水を飲めば感染症どころの騒ぎではないだろう――王国に捨て置かれた難民たちは煮沸して飲んでいるのだが、それはまた別の話。
水を吐いた苦しさでか、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔の子供が目を開け、彼を眩しそうに見た。その瞳は深い碧、だがそれは恐怖に見開かれぶるりと身体ごと大きく震える。
「……しにたくない」
子供はそう言うと瞼を落とした。
* * * * *
何の飾り物もない殺風景な部屋、そこに置かれた簡素な寝台には小さな子供が静かな寝息を立てて寝ていた。
室内には2人の男がいる。
子供の側に横座る男が、立っている男に問い掛けた。
「……どうだろうか」
「落ち着けノルジール、熱を出してるだけだ。直に良くなる」
ノルジールと呼ばれた男は優しく子供の額に触れ頬を撫でる。
「――全く。また引っ越し準備かと焦った」
「済まない、ネイ」
「俺も今は医師じゃないから、こんな熱冷ましくらいしか渡せない」
ネイと呼ばれた男が、腰の小物入れからお茶の葉のようなものを一掴みして寝台側の小さなテーブルに置く。
「……ありがとう」
「いや、無事で良かったよ。この子も――ノルジール、お前も」
「……この子碧空の色を持ってる」
「……碧眼は珍しくない」
ネイは大きくかぶりを振って言うが、ノルジールはそれに答えない。
「この子のこの髪の色を見ろよ。俺と同じ黄昏色だ」
ノルジールの髪は金髪でそれ自体はさほど珍しくはない。だが特殊な黄昏色を持っているのはおそらくフィリア王国ではこのノルジールだけだろうとネイは思う。
黄昏色は大抵濃いオレンジや深い柑橘類、夜を孕んだ色味だが、稀に鮮やかなピンクだったり、薄いピンクを黄昏時の空に見ることがある。
ノルジールの髪は光の加減でその薄いピンクの黄昏色になる。この子供は濃く鮮やかなピンクで、ノルジールと同じと言うにはやや厳しい。
それに瞳。彼の瞳は碧空と呼ばれる濃く深い青と緑の間のような色合いで、一般的な薄い青か緑の碧眼とは違う。碧眼は色合いが薄いので少し離れていても分かるが、ノルジールの碧空色は濃いために近付いて見なければ分からない。
だがそんな色はそうそうない、ネイはノルジールが何を言いたいのか分かって頭が痛い。
「……自分の子供にする気か」
「ああ、この子が僕の運命の子だよ」
「運命の子なあ」
ネイは忌々し気に呟くと、ノルジールの肩に手を置いた。
「……お前の運命だなんだかんだも当然大事だが、見ず知らずの子供を巻き込むつもりなら、きちんと幸せに生きられるようにしてやれよ」
そう言ってネイは部屋を出ていった。
ノルジールは立ち上がって、テーブルに置かれた薬草を手でかき集めると台所へと向かった。
※作品内における川での救助方法は間違っています。現代医療とは違うという表現のためです。
番外編始めました。
相変わらず重いですがゆるゆるとお付き合い下さい。
更新は週1程度の予定です。




