やはりどこかで聞いた物語
終章2/4
その連絡と言うのは簡単に言えば『陛下に侍りたいから側室になるのを口添えしてくれ、陛下は美しい女性で、その側に侍り褥を共にすることは羨ましい』だ。
玉にも報告は上がっているのでもちろん知っている。どうするか聞いたことはあるが先ほどと同じように『手を出すことは許されていないので』と何だか背筋が凍るうすら寒さを感じる意味深な返答しかしない。
リュイがタウシャと相談してサーシャに話せば、『玉は拗ねておるだけだ。アレについては玉に任せておけ』と言うのみ。
リュイとタウシャはそれにも頭を抱えていたが、クリスタのこと、マッドのこと、その他諸々やらねばならないことは山積みで、申し訳ないと思いつつもヘリングについては緊急性もなさそうで後回しになっていた。
そこへもってして拗ねていると言う玉からのヘリングについての話。
2人は何か面倒があったとしか思えなかった。
「マッド君を助けラレなかっタことで思うトコロが有り、医師としてヤル気はナイそうで。相談役とシて置くコトにしまシたヨ」
「……」
リュイとタウシャは顔を見合わせた。
「相談役?」
タウシャが聞きなれない役職名に首を傾げる。
「ええ、宦官の中でモ側室方の精神面を支援する役職でス、新しク作られテ」
「せ、精神面」
リュイが言うと、玉は微笑みを更に強める。
「リュイとタウシャがイルから、他国から来ル側室候補は顧みられナイ可能性が大きくナルので」
リュイとタウシャはそれよりあんな伝言を平気で寄越すヘリングの精神面のほうがヤバい気がする、と思ったが言えない。
玉の目が全く笑っていないことに気付いたからだ。2人は冷めてしまったお茶を、言えなかった言葉と共に飲み込んだ。
* * * * *
正室や側室筆頭、官僚方などが忙しくしている中、ゆったりといつもの庭園の寝椅子でひとりの供と花を眺めているのは、ファン帝国の黒鷲とも呼ばれる皇帝アレクサンドル・ファン・メイエットことサーシャだ。
「玉、どうだ後宮は賑やかしいか?」
サーシャの傍に跪いていた玉は笑顔で応じる。
「……それはもウ。退屈する暇はアリませんネ」
それに満足そうな声を上げて笑うとサーシャは頷いた。
「――で、アレを宦官にすると言うことは『フィリアの涙』の調合が手に入ったか」
「ハイ、クスリですら口を割らズ苦労しましタ。しかも側室に上ゲろと言い出ス始末」
「……ああ、リュイからも言われたぞ? 側室にどうかと不思議そうな顔で。アレに独占欲や嫉妬というものはないのか」
くつくつと笑うサーシャに、玉は優しく微笑む。
「ご正室様にモそういうお気持ちはオありでス」
「へえ?」
「ご自分に自信がナイのデす。ヘリングは他者カラ見れば『大人で経験豊富で見目も良い』男ナので、陛下が側室に上げないノハ不思議なのですヨ。まして自分たちに比べテ、罪状は小さイ」
「だから側室に? そうかまだ自信が持てぬほど愛が足らぬか」
鼻で笑って、サーシャは起き上がる。
「ですガ、そこがご正室様の善キところかト」
「ふ、この短期間でお前が気に入るとはな」
サーシャは玉の頤に手を掛け自分の方に向かせる。
「リュイはともかくタウシャを側室にすると決めた時にはかなり怒っておったろ? ――それがここまで3人が3人仲良くなるとはな」
玉はサーシャにされるがまま、ただうっとりと幸せそうに彼女を見つめる。
「ご正室様も筆頭様も陛下ヲ心から敬い愛シ、仕事も真面目にこなサレますのデ」
「そうか」
嬉しそうに頷くサーシャに、彼は続ける。
「ヘリングに関しテは、奴の命の保証と調合ヲ交換条件に致しましたノで、約束通り命は取りまセン」
「……まあ確かに命は取っておらぬな」
「奴の口からあなた様のお名前やお側に侍りたイ、あわよくば抱きたいなどとは二度と聞きタクアリませんのデ」
サーシャはそのまま顔を玉に寄せ唇を重ねると深く口付けを交わす。
「――褒美だ、よく調合を割らせた」
「ありがたき幸せ」
「良く仕えてくれて助かっている、これからも頼む」
そう言って、頬を撫で顎の先まで指先を滑らすと、彼の唇にさらりと触れる。
「お前の気持ちを知っていて、こうする私を憎むか?」
「いえ、陛下はリュイ様に心を全テ捧げておられるのはわかっておりマス」
「……ふふ、お前は本当に物分かりの良い愛い奴よな、戻るが良い。今宵もリュイの元に参るゆえ準備を」
「御意」
玉は立ち上がると、宮へと戻る。
サーシャはしばらく寝椅子に寝転がっていたが、思い立ったように口を開いた。
「ベラ」
「はあい」
呼ばれてすぐベラが現れる。お茶の用意が出来るようにセットされたワゴンと共に。
「おばあ様の好んだ茶を淹れてくれ」
「黒茶ですかあ、あとすこぉししかないですよお」
「良い。今で使い切れ、もう皇城に黒茶は仕入れさせるな」
「はあい。あっ、渋いかもー」
サーシャは皮肉気に嗤う。
「渋いなら、それはおばあ様の願いを無にした私への怒りだろう。甘んじて飲んでやろうではないか」
「ああー、一族の何か問題ですねえ、面倒でしたねえ」
「うむ、面倒だった……なあベラ、正室はリュイに。おばあ様はもうおらぬ、玉もおばあ様の言葉など端から信じておらぬ。ほらどこにも問題なぞあるまい?」
言ってからサーシャはああ、と声を出す。
「ソーニャの祖母が存命だな……まああの方は権力をお持ちでない興味もないで良かろう」
「公爵夫人もぉ、一族がどうとかはどうでも良さそうですもんねえー」
サーシャは確かに、と笑って頷く。
サーシャには祖母である先の皇太后の存命時に強く熱望されていることがあった。
一族の復興と一族の血による帝国の支配だ。
祖母の一族はこの大陸の出身ではない。
しかもこちらで言う皇帝の血族で、百年は昔に国を追われたのだと言う。サーシャからすればその貴き一族の血などとっくのとうに薄まりまくりの完全なる帝国民だと思うのだが、祖母からするとそうではないらしい。
ここに先祖に対する考え方の相違があり、サーシャが祖母を尊敬はしてもあまり好きになれないところだ。
とにかくサーシャは先祖返りらしく帝国らしさを全く持たぬ見た目であったこと、各国の乱れ鎮圧の遠征中、海のある国でうっかり行き倒れていた玉を拾って帰ったことが祖母の琴線に触れた。
ちなみにサーシャは兄のダーニャから『飼い慣らせるか分からないんだから、捨ててあった場所に戻してきなさい』と叱られた。
その頃言葉の全く通じない玉とサーシャは会話出来なかったが、祖母と祖母方の親族により彼に聞き取りが行われた。
そこで玉の事情を聞き、素性を知った祖母は彼とサーシャが婚姻を結ぶことを望んだ。
サーシャは皇帝に立つための条件として正室のみならず後宮や側室について口を出させないことをあげている。
それを知らない祖母ではない筈だが、『一族の悲願』や『無念』といったものをサーシャも持っていてその為ならば条件は即座に撤回されると信じていた。
なのでサーシャは祖母を排除することにした。帝国では皇位継承の為の追い落としは罪にならない等色々と緩いが、親や祖父母などは大事にし、言い付けや決まり事は絶対守らねばならない。フィリアに手を出せなかったのはこのせいだ。
「おばあ様はしぶとかったから長くかかったな。さすがに先の皇太后となると盛るのも一筋縄では行かなかった」
「まあ一撃で苦しまずにあっさりぃ、さっくりぃとはできませんしねえー」
「皇位継承時にゴタゴタしたならともかく、私の時はすんなりだからそれを理由には出来なかったしな」
「そーですねぇ、でも先の皇太后陛下は陛下派ですからぁ、どちらにしても無理じゃないかなあって」
ベラが飲み頃となった黒茶をサーシャに渡す。
「茶葉はぁ、その一杯分でしたわぁ」
サーシャは黙ってそれを一気に飲み干すと、空になったカップを庭石に勢いよく投げつけた。




