それはどこかで聞いた物語
終章1/4
婚儀の日取りも決まって、役職として正式に皇配となり、皇帝アレクサンドルの後宮を治める正室となったリュイは押し寄せる行事予定の調整が多忙な中、頭を痛めることが幾つかあった。
それはもちろん補佐をしている白兎も同じだ。
後宮の専属医師であり、皇帝の信の篤い玉、他先皇帝時代から後宮に仕えている宦官たち、外交担当の官僚数名。
今や会議室の様相を呈している正室の客間で現在彼らは顔を付き合わせていた。
「もう送られてきているのか」
リュイがかなり渋い表情で唸るように問えば、官僚たちも渋い顔で頷く。タウシャは腕組みしたまま眉を顰めていて、玉はいつものようににっこり微笑んでいるだけだ。
官僚の一人が携えてきた封書を幾つもテーブルに乗せる。
「殆どが敵対している国からの物です。間諜かどうかはうちの手の者の報告待ちです」
――間諜を入れるのはお互い様だが。
とリュイは思うも口にはしない。
封書を読んでいたタウシャが呆れた声を出した。
「……これではほぼ女ではないか」
「女なら国へ返せば良いだけなのですが、これは……」
官僚は疲弊しきりな声を出す。
「……これは陛下を馬鹿にしているのか? 陛下は何と?」
タウシャは封書をバン! と叩きつけ、地の底から響くような声を出す。それにリュイは興味を惹かれ、封書を広げて読む。
「陛下におかれては男色をお好みと言うことで、この度は我が国から選り抜いた美しくそちらの方の手管を磨かせた……ええっ? 何で調べてるのに陛下が女だと分かってないんだ!?」
タウシャがほぼ女、と言ったのは、側室候補として他国から送られてくる者が『男性が恋愛対象』であり、サーシャに侍ることは精神的にも肉体的にも出来ないとそう言うことだ。
リュイが驚きの声を上げ、官僚とタウシャが頭を抱えた。官僚の1人が今にも泣きそうな情けない声で説明する。
「そうなのです、ご正室様。我々はフィリア王国からご正室様と側室候補を後宮に入れたと言う情報は隠せるものではないと陛下からお言葉を頂いてまして、てっきり他国は陛下の性別を知っただろうと思っていたのです」
もう1人も声を上げた。
「陛下も我々も特に性別に関して箝口令は敷いていなかったのですが、まさかここまで陛下が男だと思われているとは……」
それに笑いを堪えられなかったのは玉だ。くくく、くくくと笑いながら言う。
「帝国の民でスら、陛下を男と……ふふふ」
サーシャを崇拝する玉ですら笑える異常事態だとリュイはその頬を引き攣らせる。
また別の官僚の言葉にタウシャは頭を抱えた。
「筆頭様、陛下は『面白そうだから放っておけ、後は正室と筆頭に任せた、後宮についてはアレらに任せておるゆえ』と」
リュイも乾いた笑いが出る。
「うわー……陛下らしい」
「リュイ様、丸投げされましたね」
タウシャは玉と共に、リュイのことをご正室様と呼んでいたが、リュイはクリスタを偲んだ夜以降2人からそう呼ばれることを大変嫌がったので、公以外の場では『リュイ様』と呼ぶことになった。
「このくそ忙しい中よくもまあ」
「タウシャ、それが3人だって。更に万が一お気に召さない場合の通常型が2人、情報が間違っていて女好きだった場合の女が2人」
リュイの読み上げる情報にタウシャは魂が抜けていく心持ちがする。
玉は胡散臭い笑顔を崩さないまま言う。
「まア、陛下でしたら性別ナド超越すルと思うんですケドね」
その言葉に皆黙ったままとなった。
* * * * *
とりあえず、敵対国から送られてくる男たちの内、通常型だけ受け入れて、後はそのまま帰ってもらうことにした。
贈ったので宜しくねと言う封書が先だったのは良かった。明らか敵の手の者をすんなり大量に入れることはしたくない。せめて2人ならまだ何とかなる。
おそらく監視要員であちらの手の者も数人残るだろう。ただ、婚儀もまだであるのに気が早いとタウシャはぶつぶつ言っていた。
これについてはタウシャもリュイも本来文句は言えない。『フィリア王国が出し抜いた』と思われていて当たり前だからだ。
サーシャことアレクサンドル・ファン・メイエットの隣、皇后――皇配だが――の座を望むものは多い。
特にサーシャは広く内外に知られるほどに外見が整っているため、側室の座を狙う者が多い。
幸か不幸か、ここ数代の皇帝が後宮の縮小をしたお陰かそこまで帝国中枢で後宮は重要視されなくなった上に、サーシャはそもそも女である。
男と違い女は子供を産むのに時間を要する。
そうなると血を繋ぐという意味で後宮に男皇帝ほどの意味はない。意味を持たせるなら、皇帝が好色であるとか、心の慰めであるとか、各国の美麗を競う献上品を収集してほくそ笑むとか、そういったことに使うこととなる。
サーシャはそういったことに興味がなく、帝国内のみならず他国に対しても、後宮を開くまでは一切の心遣いは不要とぶった斬っていた。サーシャとすればただひとり、リュイだけを想って――手に入れるまで絶対処女でいるからなと強く決めて――いたのだから。
とにかく正室のリュイと筆頭のタウシャは他国からは『上手いことやりやがって』と言うやっかみがあるのだ。
敵国でなくとも、その地位は国単位だけでなく個人単位でも欲しいものは多い。足を引っ張る輩ならまだしも命を狙う者も出てくるのは必須。
官僚たちが去った室内でリュイとタウシャは大きな溜息を吐いた。玉は正室付の宦官が淹れた茶をのんびりと味わっていたが、2人の様子をちらりと見てからゆるりと口を開いた。
「……ヘリングのことなのですが」
途端、うわああああああとタウシャが叫びだし、リュイはびくりと大きく震えた。
「嫌だ、いやだ、聞きたくない! 面倒の予感がする!」
「落ち着けよタウシャ」
正式な役割として帝国に組み込まれてから、2人は客でも奴隷でもない、皇帝の夫だ。帝国の仕組み、歴史、マナーなど公務内務以外でも学ぶことは多く、特にタウシャに至っては関係性のない部門までルキに連れられ学ばされている。
冷酷宰相の名は伊達ではないとタウシャは疲れきった中、彼の声を名を聞く度震え上がっていた。
玉はゆったりと微笑む。
「ほラ、ボクは陛下から手を出すナって言われてるんデ」
玉の私的な場での一人称は『ボク』であり、話し方もだいぶ砕けたものになる。リュイがこれを知ったとき、サーシャの近くに居る者に認められた気がして少し楽になった。
「ヘリングが何ですかー?」
タウシャはテーブルに突っ伏したまま情けない声を出す。
「先日マッド君が傷口からの感染症でお亡くナリになったでショう?」
「ああ……」
タウシャは顔を上げるとリュイを悼ましそうに見る。
クリスタが亡くなってから数日後、後を追うようにマッドの命の灯も消えた。
後宮でのあの夜以来面会はずっと断られていた。
それは本人の意向と状態を診ていた玉の意向もある。彼と世話役の宦官たちの話によれば、腕の傷口が感染症を起こしていて、高熱と合併症で酷い状態だったのだと。
筆頭となったタウシャですら面会できず、亡くなっても葬儀もなく感染症のために遺体は燃やされ、2人がマッドに会えたのは灰を入れた箱となってからだ。
そしてフィリアから後宮へと持ち込んだ問題はヘリングのみとなった。
ヘリングは王国では王宮医師として将来を見込まれていた。年齢も28とまだまだ男盛りで、見目も良く、やったこともせいぜいサリーの診療記録を持って断罪劇に加わった程度。
程度と言うのは本来良くない言い方になるが、諫められなかったリュイが正室、証拠を精査すべき立場だった白兎が側室だ。
そんな自分たちと比べ、きっと良く分からずに踊ったヘリングが側室になれないことにリュイとタウシャは不思議に思う。
ヘリングとはマッドと同じくあの夜から会えていない。
ただマッドと違って生きているのは分かる。なぜならちょくちょく彼から宦官を通して2人に連絡があったのだ。




