サリー(3
驚いたのは寝ていた男だ。何やらごそごそと身体に感覚がある。そのまま気持ちよさに身を任せそうになったが、そこでハッキリ目が醒めて、慌てて寝具を捲ればそこには先日助けた少女がいた。
彼は一瞬動けず、サリーも動けず、お互い見つめ合った時間はまるで永遠のようだった。
男は溜息を吐くと、起き上がってサリーに優しく注意した。サリーとしては自分に出来る感謝の仕方だったので、なぜ注意されているか分からない。
サリーは自分で分からない内に貞操観念が歪んでしまっていた。
自分の肉体が目的の男たちに、自分の求める結果を得るための手段として抵抗なくそれを使う、という歪みだ。
サリーはサリーとしてここにいた頃には母親の仕事を娼婦と知ってはいても内容は知らなかった。サリーの意識を持ったまま、あちらで物事を知っていき、経験していく中で知る。しかも同じようにしてお金を稼いできた。
知り合う男たちも付き合う男たちも皆サリーの器だけ求めていて、中身には全く興味を持ってはくれなかった。
サリーを殺した男も、器を差し出すことに怒っていたのであって、サリーの中身は誰にも渡していないのに、と理不尽に思うのが彼女だ。
こうしてサリーはピンク男から感謝であっても子供がしてはいけないことだとようやく教えられる。
サリーの生い立ちを聞いた男は難しい顔をして一晩中悩んでいたが、母親の元へとサリーを連れて帰った。
正直言えばサリーは帰りたくなどなかったが、思い出すのはあちらで家出した時に元彼の言っていた『未成年の家出はマズい』という話。
サリーは現在6歳。確かに未成年どころかまだ子供だったと思い出し、男の注意に関してもそうだよね! と納得した。
家へ帰れば母はサリーが戻って来たことに複雑な顔をしたが、ピンク男を連れてきたことをとても喜んでいる。きっと上客を連れてきたと思ったのだろう。
だが、男はサリーを引き取ると言い出した。
サリーもサリーの母も驚いた。
サリーの母は、望まない子供であり仕事の邪魔で、サリーを何度もどこかに捨てるか売るかしようと思っていた。
だが思っていただけで実行には移さない。ほんの僅かだったが娘への愛情が確かにあったからだ。
離れることを想像すると、苦労しながら育てた赤ちゃんの頃を思い出してしまって出来ない。自分から離れたほうが真っ当に生きられる、自分も暮らしが楽になるし、仕事もしやすい。だけど――。と彼女は逡巡してしまうのだ。
だから地下室から消えていて、数日帰って来ない娘を心配しながらも戻ってきませんようにと願っていたのだ。
戸惑うサリーの母に、男はならばこれも縁だから3人で暮らそうと提案してきた。
サリーは素直に喜んでいた。だが、サリーの母は男に何かしらの思惑があるように感じ、直ぐには頷かない。そんなに虫のいい話があるものか、と。
その晩、男はかなりお金の入った小袋をサリーの母に渡して彼女の時間を買った。
とは言っても2人で何やらこそこそ話をしていただけだ。サリーはこっそり覗いたが、何を話しているかは分からない。
小さなサリーの家には寝室と台所とそれに続くリビングの3つしかない。台所に地下室があり、そこがサリーの部屋だと知った男は絶句していた。
サリーを母が仕事で使う寝室に寝かせてリビングで話し込んでいた2人は決着がついたようだ。
朝になりリビングに様子を見に来たサリーを見つけると、にこにこと嬉しそうに男が言った。
「おはよう、サリー。今日から僕が父親だよ。パパでもお父さんとでも好きに呼ぶといいよ」
サリーが思わず母の方を見れば、一晩でげっそりと窶れたように見える。とても疲れきっていた。
「お、お父さん?」
「いいこだね、サリー」
目を細めて頭を撫でてくる。何だかくすぐったくて目を閉じると、サリーの薄汚れた服のポケットに、じゃらりという金属の音と重みがあった。
「それはね、お父さんの大事な物だから。何かあったらそれを偉い人に見せるんだよ。他の人には絶対見せてはいけないよ? 約束できるかな?」
サリーが素直に頷くと満足気な男の笑顔がある。サリーはこの男の笑顔も温もりも全てを好意的に受け止めていた。
新しい父と母はまだ話をしなければならないと、サリーに寝室へ戻るように言う。
寝室で彼女はポケットに入れられた物を確認して――衝撃を受けた。
「……コレって……嘘でしょ……」
じゃらりとサリーの手の中で輝くのは、金の鎖に大きな碧の石の填まったペンダントだ。
「エメラルド? トルマリン? 何だろう。でもコレはアレよね? 王族の証……」
サリーは宝石の知識はない。だが、あの乙女ゲームの知識は残っていた。
「待って、あたしがあのサリーなの? え? どういうこと?」
自分が先か、乙女ゲームのサリーが先か、訳がわからなくなった。でもハッキリ分かることもある。
「あたしがあのサリーだったら、破滅しかない……?」
サリーはぎゅっとペンダントを握りしめる。
「やだ。やだ、もう不幸になったり死ぬのはやだ!」
ぽろぽろと涙が零れた。死ぬ間際ですら泣かなかったのに。サリーはゴシゴシと手の甲で次から次へと溢れ出るそれを拭う。
「そのままゲーム通りやればいいんだ……そうしたら悪役令嬢は断罪される。悪役令嬢が死んだら巻き戻ってやり直しになってあたしが不幸になるんだから……ええと」
サリーはしゃくりあげながら、考える。頭を使うことは苦手だけれど頑張って考えないとサリーは詰む。
不幸はたくさん経験した。幸せになりたい。その一心だ。
「断罪されたら悪役令嬢が死なないようにすればいいんだ。捕まえて閉じ込めるとかすればいい。可哀想だから牢屋みたいなのじゃなくて、部屋みたいなとこで。そうだ、そうしよ、それがいい」
泣きじゃっくりは止まらないまま、サリーはぶつぶつと呟く。
「運が良ければやりそびれた皇帝も見られるかもしれないし。スパダリ見てみたい……」
サリーは大前提として皇帝が来たとしても、悪役令嬢を助けに来るということが抜けてしまっていた。
ぎゅっと小さな両手に握られた碧の石が揺れてきらりと小さく煌めいた。
* * * * *
サリーは大きな鏡の前で、はあと大きく息を吐く。
侍女たちは部屋の外に出している。
髪色に合わせたふわふわなピンクのドレスは可愛らしくサリーを包む。
首には父の遺したペンダント。
悪役令嬢役はソフィアという公爵令嬢だ。公爵と言われてもピンと来ないが、とりあえず王家の下にいる貴族の中で偉い人らしい。
彼女はあちらでの記憶をよくある転生もののようにメモろうかと思ったが、家には書くものがない。
そもそも庶民に筆記用具というものは手が出ない。
王宮に来てから勉強するよう言われて、じゃあ文字の練習をと筆記用具を貰えば、紙も日本のようにペラペラで書きやすいものではなく、ゴツゴツしていて滲みまくるし、ペンもボールペンやサインペンではない。インクを付けた鳥の羽の細いほうの先端で書く。すぐに書けなくなるわ大変だわで書くのも嫌になった。
だから殆ど忘れてしまった。
各キャラの攻略と大きな出来事だけは何とか忘れないように繰り返し繰り返し思い出してはこっそり口に出すようにした。
そうやってサリーは今までやってきた。
途中で必要なら身体も使った、知っているキャラではない男とでも情報を手に入れ、この日を無事に迎えるために寝てきた。
バグかな、と思える彼女の把握していない事態も幾つかある。
攻略対象者の第3王子クリスタは全くサリーに愛情がない。
そのクリスタの従者リュイはサリーから逃げまくる始末。
官僚のロイスはサリーに優しくしてくれるし絶対的な味方だけれど、恋愛感情はない。
王宮医師のヘリングから受ける印象も愛情とは違う気がしていた。
マッドはゲームよりもチョロかった。けれど、しょっちゅう物を壊しまくっているし、最初の出会い方もゲームとは違って乱暴だった。それが怖くてあまり攻略した感はないけれど、ものすごく好かれていた。
誰より何もしていないのに、誰より好かれているので、なんだかあちらでサリーの首に手を掛けた男に通じるものがある気がして、マッドに対して微妙な距離を取るきっかけにもなったが。
バグだろうと何だろうと、サリーの運命はもうすぐ決まる。
「もうすぐ、もうすぐ、幸せになれる、がんばれあたし」
サリーはぎゅっとペンダントを強く握る。
碧の石は変わらず美しく煌めいていた。
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