あなただけのためには生きられない(1
サーシャにとって本当に己の立場を分からせたい者には話ができぬまま、正室候補を伴っての後宮入りの初夜は散々なものだった。
結局あの後、侵入者たちに呆れ返ったサーシャは興が削がれて自身の宮にて就寝した。
まさかあそこまでマッドが考えなしとは思わなかったのだ。
「本当にフィリアのバカ共は」
今は皇帝の庭園で寝椅子に寝そべっている。
リュイはロイスを呼びに行かせたため、今は傍にいない。
彼女は皇帝として、ロイスを使えると思っている。その為に王国より帝国へ忠誠心を移しやすいように心も砕いた。
本来王国から罰として後宮に入れた者は外に出さないと決めていたが、リュイとロイスの考えをもう少し聞いて決めるつもりだ。今日は外の空気を吸わせてやろうと思うくらいにはロイスを気に入っている。
比べてマッドはやはり駄目だった。皇族からも主要官僚方からも処刑の声が大きかったのをサーシャが押し留めているだけなのだが、まるで理解していない。
それもリュイの幼馴染みであるというただそれだけのちっぽけな理由で、皇族のみならず現皇帝であるサーシャへの侮辱、痴れ言、愚行。片腕斬り落としただけでは足りないのは十分に分かっている。
彼女はリュイの手前こっそり捨ててしまわねばと思っていたが、存外に彼は拾うものを拾い、捨てるべきものを捨てることを冷静に考えられるようなので、改めてどう処分するかを考えないといけない。
そしてもう一人、ヘリングからはちょっと昔に王国を賑わせたと言う媚薬の調合が欲しい。ヤル気があるなら後宮の医師として育てても良い。だが、性器は諦めて貰わねばならない。
あの男は本人が自覚している以上に野心が大きく危ういからだ。
ロイスと違って後宮から一歩も出すつもりはないが、あの見目だ。万が一でも抜け出して女たちを誑かし、自分の皇位が傾ぐようなことがあっては困るとサーシャは考えていた。
野心の大きいのは側室であればまあありがちではあるが、サーシャはちょっと相手しただけで調子に乗るであろう者を側室に上げるつもりはない。
庶民として市井で生きるならともかく、貴族を相手に生きていくのに貴族間の序列、血統の重要性を知ろうともしないこともだが、サリーへの執着がよく分からないだけに危うい。
単なる遊び相手と言うには今もこだわる理由が謎すぎる。どうもあの女をヘリング自身と同一視しているようだが、そこがサーシャには分からなかった。
とにかくヘリングには本来の意味での宦官としてやってもらうつもりでいる。
現在後宮の医師である玉とはそこが違う。彼は生まれ故郷で、宦官として性器は全て落とされる筈だった。
だが子種の出来る袋を残された。それらは彼の意思では決まったことではなく、玉の生まれのせいだ。だから彼は宦官としては例外で、その気になれば子供を作ることが出来る。
リュイにはそれらも説明せねばならないが今のところは言うつもりはない。いまだ愛しい彼は候補であり従者でしかない。
その為にも彼には正室として、婚姻を結ぶ覚悟を持ってもらわなくてはならない。
その為にサーシャはソーニャを10年も人質に取られること、王国から侮られることを良しとし、情報収集と迎える準備をしてきたのだ。
そしてリュイの気持ちを待つとは言ったが、実際そんなに長くは待てない。
サーシャの後宮に人――フィリア王国から数人が入ってきたことは各国にもうバレている。
それが側室ではなく罰として、下働きとして入ったとしても。後宮にいる者、下働きの者も含め宦官以外は例外なく皆サーシャの側室候補となる。
王国から後宮に入れて他国の者を入れないというのは外聞も良くない。
サーシャの寵を得て側室、上手く行けば正室になるために、どんなにいらないと言っても送られてくる。
送られてくる方にすればサーシャの寵愛を受けても受けなくても地獄だろう。
これまではサーシャの年齢と後宮を閉じたまま側室を入れない――特例としてナーチェの王子を迎え入れたが、当時の皇帝の年齢とその後皇族に下賜したことで言い逃れが出来ていた――こと、性別が不明だったことで、男女問わずこっそりと送られてくることはあったがあちらの顔を潰さぬよう送り返していた。
だが、後宮は理由はどうあれ開いてしまった。これからは確実に『献上品』として国の名を冠して人が送られてくるのだ。
性別が明らか女であれば用無しだが、どちらにしろ間諜かどうかも確認せねばならない上に、足の引っ張りあいも気に掛けねばならない。
もちろん以前リュイに約束した通り後宮を閉じることもできる。
但し、ある程度他国からの側室候補を受け入れた上で。
サーシャは公言している通り、側室を持つことに抵抗はない。
ただ、初めてはリュイに捧げると決めている。もちろん正室となることが条件だが。更に初めての子の父もリュイが良いとは思っているが、そこはいかなサーシャにもどうにもならぬことだ。
男と違って女は無節操に種を蒔き散らし芽を出させるわけではない。
毎月しっかり準備をし、踏まえて種を貰い、芽が出るかどうかは時の運。芽生えたら十月は熟すまで腹の中で育て、次には産み落とすという作業が待っている。
毎月の準備が滞りなく来続ければ、相手を変えることもやむ無しとなるだろう。
サーシャは帝国の為に血を繋いでいかねばならないのだから。
だが、後宮を閉じたなら相手は正室一人。
仮に出来ないままであっても、過去の女帝と違いサーシャには幸いにも直系で未婚の兄が2人いる。どちらかが作った子を養子に取れば良いだけだ。
そんな風にあれこれと考えていたサーシャは、ふと思い出したことに苦笑する。
「あれはいつだったか、ダーニャが言っていたな。全くその通りだ」
2番目の兄曰く、恋とは熱病のようなものだと。おねだりに弱いのは女の方だと。
「だが、私は熱が下がらぬままだったよダーニャ。これが一方的な恋の病ならば、愛した時はどうなるのだろうか」
「愛とはー冷めるものでございますよう、陛下」
お茶を淹れに来たベラがサーシャの独り言に答える。
「冷めるのか」
「熱々のものは、冷めますう。お茶もそうですー」
「まあ確かに?」
サーシャがカウチから起き上がり、カップに手を掛ける。ベラはにっこり笑う。
「冷めないうちに飲み干すのが良いのですよう」
「……飲み干す、か?」
「陛下、恋が愛になる者は偉い御方々では稀なことですわあ。さらに折角実った愛を持続させる熱は知らぬうちにじわじわと下がってゆくものですう。だからまだ温かみのある内に飲み干して熱がまだこの身内にあると思うのですー」
「……ふむ、経験者の言葉か」
ベラは笑顔のまま首を傾げる。
「私にはぁ、持てる熱はなかったですー。ただ相手が熱かったのでその熱をお借りしたんですよお」
サーシャはじっとベラを見る。
ベラは彼女の8歳上の血を分けた姉である。側室の娘なので皇位継承権はない。
まろみや凹凸の乏しいサーシャと違い、ボンキュッボンのグラマラスな体型にややタレ目がちでぽってりした唇という、サーシャの思い描く憧れの体型と色気の持ち主だ。
ベラから言わせてもらえば、サーシャこそまだ男も知らぬというのに、常にどのような服装であってもただならぬ色気を醸し出し振り撒いて老若男女問わず魅了しているのだが、『知らぬは本人ばかりなり』『人のものは良く見える』なので、それは言わない。
そんな彼女は数年前に請われて婚姻を結んだ。相手は皇城に詰めている官僚で、ベラの『皇帝付の侍女を辞めなくて良いなら』という条件を付けても是非にと熱く口説かれ、『愛されている内に嫁げ』との母親の説得もあり婚姻を了承した経緯がある。
「相手が自分と同じ熱を返さないと怒るようなのは論外ですー。だからと言ってこちらが冷えたままなら相手も早く冷えていくのでぇ」
「なるほど?」
「陛下だってー、リュイ様から拒否感がないから押せ押せでいけるんですよねえ、もし冷え冷え対応なら諦めましたよねぇ? よほどのドMならともかくー」
「ベラ、Mは結局愛玩に見せかけた主人だからな。奉仕と服従の精神があるのはS側だ」
ベラはきょとんとした顔をすると瞬いた。
「そういう解釈の仕方の食い違いはまあ、一旦置いておきましょうねえ陛下ぁ。待ち人も来られた事ですしー」
ベラの言葉に庭園の入り口を見やれば、リュイとロイスが連れ立って歩いてくるのが見えた。
読んでくださってありがとうございます。
そろそろ終盤。
皇帝のためのハレムが書きたくて立ち上げたので、タグにもある逆ハー踏まえて動いていく予定です。
ベラの考え方は顧みられない側室の娘という視点もあり、自分の男女関係には冷めてます。
ブクマ評価などありがとうございます!
このお話が誰か一人にでも気にしていただける物語であることが嬉しいです。




