クリスタ(1
フィリア・クリスタは現王家の3番目の男子だ。
フィリア王国では王家の人間は名に国の名を冠する。
国の名を冠するほどに貴き生まれではあっても、彼は産声を上げた時点で代替の代替となることが決まる。
その為に彼は王族とは言え、ある程度自由に育ってきた。
王家を盛り立てる上の兄2人のように重い責任のある仕事はしないで良く、将来は王宮から出ることが決まっている。そして彼は弟妹のように他国へ縁付くこともない。
なので自由と言えば聞こえが良いが、要は放任されて育った。更に弟妹が生まれるとあからさまにスペア扱いとなった。大事にされていないわけではないが、微妙な扱いの差がある。
彼の兄たちは必然的に王家や政向きの勉強に忙しい。弟妹も他国の言語やマナーを叩き込まれている。クリスタだけ殆ど何もしなくて良かった。
だが、彼の両親も兄弟妹も彼を愛さなかった訳ではない。
その証拠に、彼の両親である王と王妃がなんとか取り付けた縁談は、誰もが羨む『グラスペイルの至宝』と呼ばれる公爵家の一人娘ソフィア・ロシュタリアが相手だ。
10歳のクリスタには年齢として2つ上となる。
彼はそれが面白くない。将来が決まっている、ということに対しては兄たちも弟妹たちもそうで、貴族に生まれた者は皆そうだ。
庶民であっても、大きく括れば庶民は庶民のまま一生を終える。
そうと理解していても、自分の将来が決められてしまった、とクリスタは割り切れぬ悶々とした思いを抱えていた。
そうなってしまったのは彼が婚約する半年ほど前、幼馴染みのマッドが面白そうな話を持ち込んだことが発端だった。
* * * * *
「移動テント見たことあるか?」
「いや?」
クリスタがないと言うと、マッドはやや自慢気に胸を反らして言った。
「曲芸師がいたり、見世物や芝居をやるんだ」
「マッドは見たことあるの?」
クリスタの乳兄弟で、彼の侍従でもあるリュイが目を輝かせて聞いた。
「あるよ! この前母さんと見たんだ! 見世物は凄かったぞ、頭が女で身体が大きな蜘蛛の化物がいたんだぜ」
「へえ、凄い」
「うわっ怖いよ……曲芸は?」
「大きな玉に乗ったり、長い棒を持って細い糸の上を歩いたりしてた。芝居は大きな猫みたいな動物が出てた!」
クリスタとリュイはマッドの話に魅了された。その日は時間の許す限りマッドに延々移動テントの話をねだり、彼の父が迎えに来るまでその話ばかりしていた。
「いいよね、移動テント」
リュイが興奮気味に言うのにクリスタは同意する。
「次はグラスペイル領に移動だって言ってたな」
「クリスタ、行くの?」
「父上にお願いしてみようかな」
「……陛下ならいいと言ってくれるよ、きっと」
リュイの言った通り、クリスタのおねだりに父親は駄目とは言わなかった。
但し、リュイと護衛を連れていくこと、髪色が目立つため変装していくことが条件だ。
そして、クリスタにこっそり少ない額の貨幣を数枚握らせた。
「これをリュイに渡すように。あの子は親がおらぬ。衣食住の代わりに給金が出てないのだから小遣いのないのは可哀想だろう?」
なるほどとクリスタは頷いたものの、父親である王がリュイを気に掛けたことがどこか釈然としない。でも確かにお忍びで街に降りて、クリスタの小遣いでリュイの欲しいものを買ってやると言っても彼は我慢して遠慮する。
だったら最初から小遣いとして渡してしまえば、彼も使えるからいいやり方だなと思い受け取った。
リュイの方が生まれはクリスタより早い。だけど彼にとってリュイは弟のようなものだった。
本当の弟たちはクリスタとはあまり遊ばない。年齢が離れているせいもある。だけどリュイは乳兄弟だ。ずっと一緒に育ってきて、これからもずっと一緒だ。
――少し抜けていて、うっかり屋で、愛すべき弟。
小遣いを貰って喜ぶ姿を思い浮かべて、クリスタは優しく笑った。
そして移動テントへお忍びで行く日がやってきた。クリスタは父親から預かった小遣いをリュイに渡すと、彼は驚いた。
「お小遣い、ですか?」
「ああ、父上がリュイは給金も出ていないし、親がいないから小遣いがないだろうと」
「……あ、ありがとうございます……」
リュイは難しい、微妙な表情をしていて、クリスタはおや? と思った。
それに気付いたリュイは慌てて言い募る。
「……あ、小遣いなんて初めて頂いたので。こんなに重いのだなって、嬉しいです!」
「そうか」
クリスタはその言葉に満足して頷き、護衛たちも連れてグラスペイル領へと向かった。
王宮からグラスペイル領までは馬車で丸1日以上掛かる。
良い経験になると王から言われ、護衛たちとリュイを交え、泊まるならどうするかどこで休憩をいれるかなどを計画した。
これは兄たちに大変羨ましがられた。兄たちは公務として国内の領地に顔を出しているが、クリスタのようにお忍びで遊びに行くために計画を練るということなどしたことがないからだ。
しかも自分たちで計画する、それらがクリスタの萎れていた自尊心を大いに満たした。
このちょっとした旅行のようなものは子供の彼らにとって大きな冒険でもあった。
クリスタにとってはこの数日が後の人生において一番楽しかった日となるのだが。
グラスペイル領に入り、目的の移動テントが設置されている街に入る。
広場は色とりどりのフラッグで飾り付けられ、あちこちでカラフルなビラが撒かれ、屋台と人出で賑わっていた。ラッパや太鼓の音が交じり、少年たちの心は浮き立ってくる。
クリスタは言われた通り頭には帽子を深く被り、リュイとお揃いの白シャツに黒パンツという少し良いとこのお坊っちゃん風だ。
護衛たちも私服で、クリスタとリュイの保護者風に装える距離にいる。
「リュイ、まずは見世物へ行こう」
「そうだね!」
マッドが言っていた首が人で身体が蜘蛛も気になるが、ビラにある人魚や、手足が何本もあるという機械人形男による楽器演奏も見たいと2人は移動テントめがけて駆けた。
ついていく護衛は見失っては大変と慌てて彼らを追う。
見世物を見て、屋台で飲み物を買って歩きながら見世物の感想を言い合っていた時だった。
クリスタは階段に曲芸師の服装があるのを見かけた。人の行き交う中、立ち止まってよく見れば、階段下のやや陰になっている所に女の子が2人いるのが見える。
その内の1人、白っぽいワンピースに黒髪を緩く編んで下げている子を見て、クリスタの胸が高鳴る。
すらりとした子で、王国では見たことのない顔つき、まるで良くできた異国の人形のようだった。
妹が誕生日のお祝いで貰っていたものに似ている気がする、とクリスタは思った。
見ていると、曲芸師たちも少女に気付いたのか声を掛けているようだった。彼らの表情と、嫌そうな女の子の表情でアレは良くない、と子供のクリスタにも何となくわかる。
クリスタが立ち止まったことに訝しんだ護衛たちも、階段の曲芸師と少女たちを認める。彼らにクリスタは頼んだ。
「ねえ、あの子たち助けてあげた方がいいよね? 行ってもいい?」
それに対し護衛たちは首を横に振る。
なぜなら少女たちは黒髪だ。グラスペイルで黒髪と言えばやんごとなき血を引いているグラスペイル公爵夫人とその娘。さらにもう1人となると恐らく帝国の――。しかも曲芸師は気付いていないようだが、彼らを監視している目が幾つもある。
あの曲芸師たちは無事で済むまいと彼らは思う。
そして王国の血であるこちらも貴きお方だ。無駄に首を突っ込ませてはいけない。
なので彼らはクリスタを行かせるつもりはない。こちらがどうこうせずとも自然と事は収まるからだ。
彼らの態度で自分の希望は通らないとすぐに理解したクリスタはリュイに頼んだ。
「ごめん、リュイお願いだよ。ここに彼らがいるから怖いことはない、私の代わりにあの子たちを助けてあげて。私たちと一緒に広場を回ろうと誘ってほしいんだ」
言われたリュイは護衛の顔と階段の方を数度往復する。彼にも護衛はクリスタから離れないと分かっている。
リュイはクリスタからの珍しいお願いに、ふうと大きく息をつくと、行ってくると言い置き少女たちの所へと人の波を縫って行った。




