思ってた初夜とは違う処夜(3
サーシャはリュイの髪を撫でながら鷹揚に促す。
「それで?」
「……は、どのような処罰も受ける所存です。けれど願わくば王国には私の死は知らせないで頂きたく」
サーシャはリュイを撫でる手を止め、口の端を上げてうっすら微笑むと、ロイスをどこか値踏みするように見た。
「ほう? 何故だ」
「血迷い事をと思われるかもしれませんが、私が死んだ事で溜飲の下がる思いをさせたくない者がいるので……自らの浅慮が招いた結果ですが、きっと腹を抱えて笑うだろうと……」
「――腹の虫が治まらぬか? 死んで忘れられるよりは憎まれでも思われていたいか? どちらもお前にとって大事な矜持よな」
サーシャは玉を手招きして呼ぶ。リュイは彼女の太ももを枕に寝かされたままだ。
緊張感漲る中、かなり間抜けな格好なのでは? と彼は恥ずかしく思いながらじっとしていた。
玉は書類を渡す。サーシャは目を素早く上下に動かし頁を繰っていく。
「王国での出来事はお前の人生の出来事ではない」
ロイスはぽかん、と気の抜けた表情になる。
「……え?」
ぱん、と最後の頁を手で叩き、それをリュイに渡す。渡されたリュイは見て良いのか悪いのか分からず、とりあえずテーブルの上に置いた。
「確かにロイス・ヤドヴィーと言う人物が転落していったのは『お人好しで頭の悪い親』と『弟のせいにせねば生きていけぬ兄』の影響が大きかった。だが家に問題が起きた時に『次子がいる、上は諦める』というのは分からぬでもない。愛がどうの以前に、我々人の上に立つものというのは血を繋ぐその為に子を成すのだから――だがな、その前に助けるために最低限何らかの手段を取るであろ? 彼らの親はそこを抜かった」
サーシャはつまらなげに言うと頬杖をつく。
「しかも弟をさっさと逃がしてやれば良いものを。兄の捌け口にしておきながら罪悪感に苛まれ中途半端に離した結果、失くさないでよい命まで犠牲にした」
ロイスの瞳が大きく見開かれる。
「――だが、それらは全部『フィリア王国のヤドヴィー伯爵家の次男坊』の話だ。ただの奴隷であるお前の事ではない」
彼女はそう言い切る。ロイスは彼女の「自分の人生ではない」という言葉を内心で繰り返していた。
「さて。身の振り方は決まったかと聞いた時に、お前は死罪を望んだな」
「過去帝国を侮辱した者の裁判記録を読んだことがあります。死罪が妥当かと判断しました」
「……ほう? それはそれは、さすが評判の高い官僚であっただけのことはある」
サーシャの目が光るのを玉は見逃さなかった。
「陛下。この者はそのままと言う訳には参りまセン」
「分かっておるわ、そうよのう……リュイはどうするのが良いと思う?」
――ここで俺か!!
リュイはがばりと起き上がった。
ロイスと目が合う。今朝会ったばかりの彼は驚きで口が開いていた。
その表情から、なぜ!? と色んな意味で言っているのが分かって、リュイにはひきつった笑いを浮かべるしかできない。
「……リュイ君、君、皇帝陛下の従者になったと言っていたが……」
「そうだ、リュイは私の従者として召し抱えた。但し私の正室候補でもある。今口説き落としておる最中だ」
リュイではなくサーシャが明け透けに答える。その物言いに、ロイスの目が忙しなくサーシャとリュイを往復していた。
「ロイス殿、スミマセン。私も先ほど知りまして……その、陛下が女性なのも私が正室候補なのも……」
「――では、リュイ『様』と呼んだほうが?」
ロイスが恐る恐るリュイに聞いてくるので、彼は頭をぶんぶん左右に振った。
「と、とんでもありません、私はいくら王子の乳兄弟とは言え出自は庶民です、伯爵家のロイス殿に畏まられるのは」
「ははは、リュイは庶民ではな――ばびぼぶぶ(何をする)!?」
リュイがサーシャの口を両手で塞ぎ、彼女の耳元で自分の出自については言わないよう口止めする。
その様子にロイスは更に驚く。
「な、なるほど。リュイ『様』……その、仲睦まじいようで何よりでございます」
「あっ、いやそのこれはその」
慌ててサーシャの口から手を離す。
「リュイ、中々に刺激的であったぞ」
「えっ、あっ、玉殿、睨まないで下さい!」
「睨んでなどおりませんヨ、リュイ『様』――おや? ……少々、お待ちを」
玉が何か気になったのか、笑顔を消しその場を離れ部屋から出ていった。直後に部屋の外から何やら言い争うような数人の声が聞こえる。
聞き覚えのある声に、リュイの手がぴくりと動く。その手をサーシャが軽く宥めるように優しく叩いた。
「やれやれ――順序すら守れぬか。ロイス、リュイの隣に」
サーシャが起き上がる。その時に長い髪が動きに沿って彼女の身体をさらさらと離れ纏わりつく様子がどうも目に毒で、ロイスは意識的に皇帝を視界から外した。そして、リュイの隣――カウチの近くの小さな丸椅子に座る。
サーシャはロイスが落ち着くのを待って、テーブルの上にある小さな鈴を鳴らした。
「――良い、中に」
その凛とした声が大きく響いてすぐ扉は開かれた。
雪崩れ込むように入ってきたのは、顔色の悪いヘリングと彼に支えられているマッドだ。
その後ろには玉が無表情で立っている。
サーシャは玉の顔を見て苦笑すると、彼らに声を掛けた。
「お前たち、ここがどこで何をする場所か分かってこのような無礼を働いておるのか? たかだか奴隷風情が」
すっと背筋を伸ばし、サーシャはいつもの皇帝然とした、アレクサンドルとしての顔つきになる。
目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く冷たく彼らを見据えていた。
一方、皇帝の寝所に許可なく押し入る侵入者となったマッドとヘリングはその皇帝の姿に唖然としている。
「ヘリング、お前は後で呼ぼうと思っていたが、そこな奴隷を連れて何の用事か。内容如何によっては、お前の首が飛ぶと知っての行いとみなす」
冷たく言い放たれた言葉にも、ヘリングはぴくりともしない。ただぼうっとサーシャを見つめている。
それで玉が忌々しげに2人の頭を押さえつけた。
「陛下の御前ダ! 下げろ」
「玉、良い。そのままにさせろ。その者らに何が出来るとも思わぬ」
サーシャは鋭く言い放つと、カウチの肘置きを支えに頬杖をついた。
「帝国の皇帝と言うがただの女だったとはな」
マッドがぎり、と歯軋りをして言う。
リュイとロイスはそれを聞いて血の気の引く思いがした。
「ただの女なあ……お前は物を知らぬの。知らぬのは恥と知れ」
サーシャは笑む。それは先ほどまでの優しげな笑みではない。相手を怯ませる為の凍てついた嘲笑だ。
「良いか? 『知ろうとする事』は恥ではない。それは尊き事よ。だがお前は何度も人から教わり、幾度も己を正す機会があったことを全く分かっておらぬ。嘆かわしい」
ぐ、とマッドは押し黙る。直ぐに言い返せる言葉を持ち合わせていなかった。
「フィリアの英雄――赤獅子の子よ。お前の父は他国にもその名を響かせるほどの勇猛果敢な男だ。なぜなら奴は帝国の後ろにおっただけではないからだ。騎士団を率いて他国を鎮圧中の帝国の加勢に来たこともある」
その言葉にマッドはハッと顔を上げた。
「誇れる父親を持ち、それを己が力だと取り違えたか? 立派な男であっても子育ては難しかったようだな。まあ私も、弟妹を世話したことはあるが、産んだことはないゆえ偉そうには言えぬが……明日は我が身と思う良い鏡になったわ」
「……く、女ごときが。護られてしかいない癖に偉そうにッ!」
マッドが噛みつくと、サーシャはそれを鼻で嗤った。
「そうか、ならば――これは躱せるな?」
サーシャが言うか早いか自分の髪飾りを引き抜くと同時にテーブルを踏み台にして跳躍した。
物がひっくり返るけたたましい音と共に、マッドの目前には金でできた釵の二股になった挿し込み部がある。
誰一人声を上げる暇も動く隙もなく、サーシャは嘲るような笑みを浮かべたまま、ぴたりと鋭い金の先端をマッドに向けて構えていた。
室内にはまるで凍ったかのような冷気が満ちている。
「どうした? 女ごときだろ?」
サーシャが挑戦的な物言いをする。
マッドは固まっていたが、彼の隣にいるヘリングがわたわたとしだした。
「へ、へへっ陛下っ、あのっ、実は私たちはお願いがご、ごっ、ざいまして!」
「言うてみよ」
マッドから視線を離さず、 サーシャが促す。
「わ、私たちをっ、サリーに会わせて下さい」
その願いに侵入者以外の者たちは呆れて何も言えなかった。
読んで下さってありがとうございます。
ブクマ&評価など頂きまして嬉しいです。
※サーシャの言葉使いがどんどん仰々しいものになっています|ω・`)
息抜きの作品のため、プロットがキャラの名前と年齢とちらっと性格程度なので粗が。
現在の話し方に統一かこのままかは迷い中です。




