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【本編完結】ワケあり皇帝のワケあり後宮  作者: 桜江


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21/68

マッド(2

 そこからはしっちゃかめっちゃかの大騒動だ。

 彼らは掴み合い殴り合う。マッドに対し普段から不満のあった者たちも今が好機(チャンス)とばかりに彼を押さえつけて殴り合いに参加していく。

 仲裁に入った者も殴られ蹴られ、いつの間にか参加者になっていく。子供同士の喧嘩で済ませられる段階はとうに過ぎている。

 

 これを見た数人は顔を顰め、慌てて団員に報告に行き、場を収めてもらった。

 喧嘩に加わった者は全て処罰対象となり、一週間の外出禁止令と一食抜きが課せられる。食べ盛りの少年たちにはこれが一番辛い罰となる。

 

 そして騒ぎの原因となったマッドと同期の少年は、別々に聞き取りが行われ、団員が重大な規定違反を犯した際に入れられる独房に2人とも一週間入れられることになった。

 

 マッドは腹立たしくて仕方ない。

 王国が帝国の属国ということを彼は知らなかった。父が帝国の味方のような発言をしたことも信じられなかったし、あの素晴らしい凱旋が偽物のように言われたことも。まるで腹の中に大きな石を入れられたように重く苦しく彼を苛む。

 

 勿論聞き取りに来た2人の団員にそれらをぶちまけたが、同じように怒ってくれると思っていた彼らは微妙な顔でマッドを見ていただけだ。

 彼の語る話を否定はしなかったが、肯定もしなかった。

 

 マッドは怒りが収まらず、独房(へや)に置いてある小さな椅子を蹴り倒して壊した。音に驚いて様子を見に来た見張りの団員が渋い顔をしていた。

 そして2日目の晩、マッドの元に父であるデグス団長がやって来ると、まず大きな溜息を吐いた。

 

「マッド・デグス、事情は聞いた。同期の彼にも話を聞いた」

 自分の息子をフルネーム呼びする父親に寂しく思うと同時に怒りがこみ上げた。

 

 ――父さんは俺たちよりアイツの話を先に聞いてきたのか!

 

「父を、団長である自分を買ってくれていることにまずは礼を言う。ありがとう、嬉しかった――だがな、マッド・デグス。お前のやり方は良くないものだ――」

 そこからマッドへの説教が始まったが、彼は全く聞く耳を持っていなかった。彼の父がそれに気付いていたら何か変わっていたかもしれない。

 

 

       * * * * *

 

 

 マッドは14歳になっても成長できないままだった。苛立てば物に当たる、思い通りにならなければ人に当たるを繰り返している。

 同期の者たちは皆見習いから抜けていた。昇級試験に受かった者、騎士団から抜けた者と理由は様々だ。

 

 だがマッドだけは見習いから上には行けない。

 

 昇級試験自体受けさせて貰えなかった。なぜなら見習いとして当然の、試験を受けるために必須条件である下働きをしないからだ。マッドは気が向いた時に動くものの、普段からサボりがちだ。自業自得なのだが他の見習いや団員が彼を見る目が居辛さに拍車をかける。

 団を辞すことは考えなかったし勧められもしなかった。考え方を改めてマッドを称え、昇級させるのは騎士団側でありマッドは何一つ悪くない、といまだに思っている。

 団長としては必ず考え方を更正させてみせるつもりだったのだが、問題を起こす度に、処罰懲罰と繰り返されることに内心頭を抱えていた。

 同じく息子のいる団員からの『年頃の血気盛んな男子にはよくある事だ、団長の息子なら特に燻っているものが強いのだろう、見守っていれば落ち着くのでは』という言葉を受け静観を決め込んでいる。

 

 当のマッドと言えば確かに燻るものはあったが、皆の思うものとはズレていた。

 

 ――誰でもできることより鍛練だろ。剣の技術はあるのに下積みから抜けられない、昇級できないって何なんだ!

 

 誰でもできると言いながら自分はやらない。いつものようにサボっていたマッドは、王宮近くにある騎士団の訓練場からは離れた建物内にいた。

 イラついて近くにあった椅子を蹴る。その上に置いてあった布袋がはずみで落ち、ついでにその袋も蹴ると柔らかな感触がした。派手に壁に当たってぼたりと落ちて袋の口から粉々になった何かがこぼれた。

 

「あーあ」

 袋を覗き込もうとしたマッドの背後から声がした。

 少女の声だった。振り向こうとしたマッドの脇を人がするりと通り抜け壁へと向かった。

 

「頑張って作ったんだけどなあ」

 袋のそばに座り込んだ少女は、濃いピンクの髪をしていて、初めて見る色にマッドは驚いて何も言えずにいると少女が振り向いてマッドを見た。

 

「ねえ、謝って? これ、お世話になってる先生たちに作ったんだから」

 袋を手にも持ち、しゃがみこんだ姿勢のままこちらを真っ直ぐ見上げる瞳に彼は息を呑んだ。

「済まない……その、ごめん」

「何でこんなことしたの? 誰かの持ち物だとは思わなかったの?」

 少女は立ち上がり、マッドに袋を開けて見せた。

 

「……あ」

 マッドが中を覗き込むと、中には焼き菓子だったのだろうか、甘い香りのする塊がグズグズに崩れていた。

「ごめん、俺……イライラするとつい……気持ちが抑えられなくて」

 

 少女はそれを聞くとふー、と息を吐いた。

「もういい、謝ってくれたし。でもこれどうしよう。頑張って作ったのにな……」

 問い詰めるようにキツかった少女の声が、元気なく尻すぼみになっていくのを聞いて、マッドは慌てて彼女が持つ布袋に手を掛け奪い取った。

「え、と……俺が貰うから! 俺が責任もって食べるからさ、また作れば……」

 いい、と言いかけて彼は口を噤んだ。焼き菓子の材料はタダではない。弁償するべきだよな、とマッドは口を真一文字に結んだまま自分に言い聞かせる。

「……悪かったな、次、材料買うの俺が金出すから」

 

 マッドの言葉に少女は目を丸く見開いた。

「えっ、それって一緒に買い物に行くってこと?」

「……まあ、そう……なるな」

「分かったわ、じゃあ今日はこれで。私もう行かなくちゃいけないんだよね。私ね、サリーって言うの。マッドのお友達のクリスタに言えば会えるわ! じゃあね!」

「……えっ、俺の名前何でっ……」

 

 サリーと名乗った少女はバタバタと廊下を駆けていく。マッドは彼女を追って建物から出た所で立ち止まった。

 

「マジかよ」

 

 サリーが駆けていったのは王族専用の離宮、マッドが見送る間に彼女は門扉の中へと消えていった。

「……まさか王族じゃないよな? 侍女とか侍女見習いだよな?」

 マッドはその場にゆっくり座り込むと、ガシガシと前髪を掻いた。

 

 その日からマッドは離宮近くの建物まわりをうろつくようになる。

 サリーに心奪われた訳ではない、と彼は思う。あの日、布袋の中の砕けた焼き菓子が美味しかったから。

 きちんと礼と謝罪を兼ねたお詫び、一緒に買い物に行く日にちをしっかり決めたいだけだ。

 

 彼女はクリスタに言えば会えると言っていたが、そう簡単には行かない。

 クリスタとは小さい頃の凱旋などで王宮に上がった時に知り合い、お互いのことを話したり時間の余裕があれば、確かに遊んだりする間柄ではある。けれども身分の差というものが大きすぎる。

 彼は第3王子で、マッドは騎士団団長の息子ではあるけれど騎士団見習いでしかない。爵位のあるのは父だけでしかも一代のみのもの。

 

 そんなマッドが王子に会いたいと言っても会わせてはもらえない。クリスタがマッドを呼んだ時だけ彼と会える。

 サリーが王族ならば、自分がおいそれと声を掛けて良い存在ではない。だがサリーとの会話、去り際の様子を思い返すと彼女が王族とは全く思えない。マッドと同じく庶民のソレだった。

 

 マッドは何となく庶民ならいいな、と思いながら毎日離宮を眺めていた。

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