273.再見
「気がついた?」
背後の気配に気づいたシジマが、振り返らず、作業を続けながら話しかける。
「ええ、状況はどうなの」
カマラが椅子の背につかまって、身体を支えながらたずねた。
「太陽フレアのせいで、ほとんど連絡がつかないんだけど、さっきアルメデさまから状況報告があったよ」
ガラス越しに精密義肢を操りながらシジマが説明する。
「そう……ユスラとミストラが――100億!敵は数で圧してきたのね」
「個人としては最強のアキオが、もっとも苦手とする型の敵だね。だから、ボクは……」
そういって初めてシジマはカマラを振り返った。
「彼女をアキオに送り届けるよ。ボクにできるあらゆる兵器を装備して――こんなこと、ミーナもアキオも許さないだろうけど……どのみち、叱られる時間は残されてないからね」
カマラの眼が、緑の髪につけられた髪抑えに輝く紅いライトをとらえる。
「シジマ、あなた――」
「ああ、もうすぐ、もうすぐボクの意識は消える。その前に作業を終えて、メッセージを残すつもりだよ」
「わたしに手伝えることは」
「無い……よ。それより、カマラには、やることがあるでしょう」
突然、シジマが身体のバランスを崩す。
「大丈夫だよ」
手を貸そうとするカマラを、振り返らずに押しとどめて、シジマが言う。
「行って――そして、アキオのためにできることを、やって」
銀色の髪の少女は、必死の作業を続けるシジマを見つめた。
「わかった。わたしはわたしにできることを――カイテンを使ってアキオに援軍を送り届ける」
シジマの手が一瞬止まり、
「ああ、そうか、カマラはそうするんだね――頑張って……だとしたら、ボクたちはこれでお別れだね」
「ええ、でも、絶対にアキオは助ける」
そういって、少女に背を向け、走り去ろうとするカマラに向かってシジマが呼びかけた。
「カマラ……」
「なに」
「ジーナ城での生活、楽しかったよね」
「――ええ」
「ボク――いいえ、わたし、この生活が、ずっと続けばいいと思ってた。キィ、ユイノ、ミストラ、ヴァイユ、ピアノ、ユスラ、シミュラ、アルメデ、そしてカマラ……ミーナ」
少女は、初めて一人称をわたしに変えて、ひとり一人の名を愛おしげに呼ぶ。
「みんな……大好きだった」
「そうね。わたしにとっても、このジーナ城こそが、洞窟で獣のように暮らしていた狼少女にアキオがくれた世界、完全な世界だった。ずっと独りで生きてきて、他人との関り方がわからないわたしだけど――わたしなりの冷めた表現でみんなを愛していた」
「そう……そうだね。そして、みんなアキオが大好きだった――ああ……アキオ、その名を呼ぶだけで気持ちが温かくなって、涙が出そうになる人に出会えたことを、わたしは感謝したい」
「そう、ね」
「だから……せめて、最後は彼の役に立ちたいんだ」
「わたしもよ」
「カマラ、生きて会うことは……もう叶わないから――」
カマラが作業を続ける小柄なシジマに近づき、肩を後ろから抱きしめる。
「お別れね」
熱い涙が少女の緑の髪のうなじに落ちる。
「お互い……」
カマラがちょっと考え、
「元気に死んでいきましょう」
「ふふ……そうだね」
「じゃ、いくわ――またね!」
もう会えないといったばかりの少女の、再会を期する挨拶にシジマも笑顔で答える。
「またね!」
カマラの走り去る気配を感じながら、シジマは作業を急ぐ。
この数か月、自分の死を予期してから、寝る間を惜しんで作り上げてきた技術を完成させるのだ。
誰とも敵対行動をとろうとしないアキオなのに、なぜか常に彼は敵を呼び寄せてしまう。
彼が強すぎるからだ。
森の中の巨木のように、アキオは、どんな権力にも靡こうとしないからだ。
船の通り道にある水中の岩は、何もしなくとも警戒され、敵視される。
いずれアキオは大きな力と戦うことになるだろう。
だからこそ、自分の命が尽きる前に、アキオに強力な武器、味方を渡したかった。
それが、彼女の愛の形であったから――
水中から浮かび上がるような感覚で、彼女は意識を取り戻した。
自分が自己診断を行ったことを思い出す。
だが、いつもとはかなり様子が違った。
身体が重くて動かない――と考えて、ミーナクシーは驚愕する。
身体とは何だ。
AIである自分に身体などあるはずが……
「目が覚めた?ミーナ」
苦労して上半身を起こした彼女の眼に、ディスプレイに映ったシジマの姿が飛び込んできた。
「これは、目を覚ましたあなたへ謝罪と質問に答えるために作ったボクの簡易AIだよ」
(AI)
「本物は、たぶんそのへんで倒れているだろうからね」
見ると、ガラスの向こうで、コンソールに突っ伏すシジマの姿が見える。
繭に包まれていた。
「最初に謝るね。あなたに黙ってこんなことをして。いま、アキオの命に危険が迫ってるんだ。でも、ボクたちは、キラル昏睡で戦力にならない。あなたの力が必要なんだ」
そういって、シジマはドッホエーベの様子を語る。
「今から、あなたが行ってアキオを助けて。お願い」
「わたしが……」
ミーナがつぶやき、自分が声を出していることに驚く。
「この数か月、ダミー・ドールで行った運動のシミュレーション・パックをミーナのAIに入れたから、すぐに、思い通りに身体が動くはずだよ、発声も含めて」
そう言って、シジマは表情を引き締める。
「今のあなたは武器の塊だ。ボクがそうした。独りで戦艦すら相手にできるはずだよ」
先ほどと違って、嘘のように身体が軽くなったミーナは、手術台から起き上がると、自分の手足を見た。
すっきりとしているが、しっかりとした乳白色の鎧で全身が覆われている。
「部屋の隅にある鏡で全身を見てみて」
シジマの言葉にしたがって立ち上がり、鏡の前に歩く。
全身を移す鏡には、全身を鎧で包み、口から上を乳白色の仮面につつまれた鳶色の眼の少女が映っていた。
「これは――なに!」
「ごめんね、ミーナ。驚いたよね。いま、あなたは彼女の身体にいるんだ。知ってのとおり、彼女の肉体は、いくら再生しても脳が次元孔に転移してしまうから、その空間に、ミーナの生体脳を入れることができたんだよ」
「なんてことを……」
ミーナは、がっくりと膝をつく。
「ミーナ、ミーナ。怒るのはあとにして」
それでもAIは動かなかった。
シジマが行ったのは、アキオを裏切り、彼と彼女の思い出も汚す行為だ。
「ミーナ、ミーナ、時間がないんだ」
繰り返されるシジマの呼び声も聞こえない――だが、
「このままだと、アキオが殺されるよ」
その言葉で、彼女にスイッチが入った。
すっくと立ちあがる。
「よかった、行ってくれるんだね。急いで。憎むなら、あとからいくらでもボクを憎んで――アキオを守って、みんなを助けて。さっきもいったように、今のあなたは武器の塊なんだ。なによりあなたの身体となっている彼女には、アレがあるからね。誰もあなたを滅することはできない。さあ、隣に装備があるから身に着けて、カイテンはカマラが使ったから、荒野には噴射杖で行ってね。特別製の杖が発着場に置いてあるから使って」
隣室へ入ると、大量の武器が並べてある。
ミーナは、それらを前に、軽く身体を動かしてみた。
凄まじい速さで、手足から突きと蹴りが放たれる。
歩いてコンソールへ向かい、繭に包まれたシジマを抱いて手術台に歩くと、その上に寝かせた。
少女の頬を繭越しに優しく撫でさする。
部屋に戻り、武器を身に着けると、もう一度振り返ってシジマを見て――ミーナはセイテンの発着場へ階段を駆け上がって行った。




