274.宣戦
崖の上から、サンドルに抱かれてメキア女王が降りてきた。
地上に着くと、ホーバー・ブーストで滑るように塹壕にやって来る。
「アルメデ」
「メキア女王」
女王が降り立つと、近くにいた兵士たちが跪いた。
「良い、ここでの統率者はアルメデです」
そういって、女王は兵士を立たせる。
「その顔は?」
メキアが、火傷の痕が残るアルメデの顔に驚く。
「あなたも見た戦闘形態の名残です。これでもマシになったのですよ。鼻の高さが元通りになりましたから」
「あなたという人は――」
「あなたこそ、逃げなかったのですね」
「かのアルメデ女王が、どう戦うか興味があったのです」
「ノアスはどうしました」
「あれは大丈夫。殺しても死なない男です」
サンドルの眼に浮かぶ悲痛な色に気づいて、アルメデは話題を変えた。
「あなたは、あのギデオンの存在を知っていましたか?」
「あの蟻どころか、さっきの虫すら知りませんでした。あれはすべて、サンクトレイカが用意したものです。それで、アルメデ――まだわたしは、希望を持っていて良いのですか」
「生きているかぎり希望はあります」
「へぇ、これがカマラの……初めて見るが、やはり似ているところがあるの」
背後から掛かった声にメキアが振り返ると、黒紫色の髪をした美貌の少女と、手首から先をなくした紅髪の少女が立っていた。
「それはもう結構。何度もいわれて飽きてきました。お前は誰です」
「自分の歳の半分も生きていない小娘にお前呼ばわりされるいわれはないが――わたしはシミュラ。以後は、ちゃんと名前で呼べ」
その、王を王とも思わぬ態度、特徴ある髪と瞳の色にメキアは気づく。
「おま、あなたはアルドスの魔女」
「そうじゃ、年長者には敬意を払えよ、小娘」
「指揮官は誰だ」
突然、インナーフォンに声が響いた。
機械的ではないが、中性的な声音だ。
すべての周波数で発信しているのか、少女たちだけでなく、通信装置を持った機械化兵、魔法使いたちも声に反応している。
サンドルが、魔法使い用の通信装置をメキアに渡した。
「わたしが、名無し国・西の国連合指揮官のアルメデです」
アルメデが毅然と答えた。
「ミーナはいないのか」
「いません――おまえは誰です」
「わたしはギデオン、史上最高の群知能型AIだ。今から、おまえや巨大戦車を消去して、それを材料に、さらなる知性の向上を図ろうと思っている」
「わたしたちだけでなく、味方のバルバロスも破壊、ですか。ということは、おまえは狂った創発AIということですね」
「安い挑発には乗らない。ピアノ・ルーナには、短気で愚かな知性だと思わせたがな」
AIが、らしからぬ含み笑いを漏らす。
「愚かな知性なのは確かですね」
「もうよい、お前ごときでは話にならない。ミーナクシーを呼べ」
「ミーナどころか、お前は、わたしのラートリにすら及ばないでしょう――いえ、わたしでも勝てるかもしれません」
「黙れ」
「安い挑発に乗っているじゃないか」
ユイノがシミュラに囁く。
「トルメアの科学者が予想した通り、創発AIは、刺激に過反応するようですね。それが危険だと彼らはいっていたのですが」
アルメデがうなずく。
「どういうことだい」
「ギデ某は癇癪もちのガキということじゃの」
「ミーナとは違うんだね」
「あたりまえじゃ」
「では、これから、バルバロスとお前たちに攻撃を加える。知恵があるなら防いでみせろ」
その言葉を最後に、ホイシュレッケが形を変え、数千本の巨大な槍になった。
「いけない」
アルメデが叫び、
「サンデル、ノワレ」
「はい」
「外に出ている全員を塹壕内に退避。それが完了次第、先と同じように火炎放射と雷球で迎撃開始」
アルメデは、振り返ってメキアを見る。
「あなたも中へ。ユイノとシミュラも」
「おぬしはどうする」
「わたしも行きます」
「わかった」
「メデ――」
皆が手際よく壕に入ると、アキオが女王に声を掛けた。
「シジマが増援を送るといっていたな」
「はい、ですが、まさか彼女自身は来ないでしょうし、カマラは――」
「昏睡だな」
「ええ、ですから、何らかの武器か、自動兵器が送られてくるはずです」
「それで戦局が変わると思うか」
アキオは完全な兵士だ。
いざとなれば、独自に判断して戦うことのできる――
その彼が、全幅の信頼を委ねて尋ねる質問なのだ。
指揮官としてアルメデは慎重に答える。
「シジマには、敵の規模を伝えてあります。それを織り込んでの増援ならば、希望はあるでしょう」
「そうだな――君の判断で、あとどのくらいで増援は来る」
アルメデは唇をかんだ。
どれほど知力を尽くしても、出せない答えはある。
ジーナ城との距離、送られる武器の移動能力、シジマがそれを送り出すまでの時間――だが、アキオは、目安としてその数値を欲しているのだ。
アルメデは考え、口を開いた。
「地球時間で、あと30分」
「わかった。それなら、なんとかなる」
「アキオ、あなた――」
黒服の魔王はアルメデに近づくと少女の頬に手を触れた。
「傷が治ってきたな――良かった」
「でも、ユスラやミストラが……」
「全員助ける。それまで塹壕を頼む」
アキオは、少女の頬を優しくたたいて、
「塹壕に入れ、アルメデ」
そう言い残すと荒野を走り出した。
向かったのは、荒野で斜めに傾いだまま放置されている火神だ。
レイルライフルは熱で溶け、側面に見えていたロケット群は全て打ち尽くして蜂の巣状の穴だけがぽっかりと見える兵器の残骸だった。
土煙を巻き上げて火神に辿り着いたアキオは、兵器後部のパネルに手を触れた。
シュッと音がして、死角い物質が排出される。
黒い艶消しのアサルト・バック・パックだ。
アキオは、それを少し見つめ、ナノ・コートの上から背に担ぐとバンドを締めた。
手を見る。
簡易型のN.M.C.を使用したダメージは、まだ身体に重く残っていて、手の表皮もまだ再生されず、筋組織がむき出しの状態だった。
アキオは空を見上げた。
巨大なホイシュレッケの槍が塹壕へ向けて動き始め、ギデオンも黒い波のように塹壕に近づいている。
アキオは、アーム・バンドに触れて武器を起動させようとした。
警告音と共に、バンドに使用不可の文字が出る。
現在の彼の体調を判断して、武器の使用を拒否しているのだ。
アキオは無表情に、タッチ・パネルに記号を打ち込んだ。
承認の文字が浮かぶ。
アキオは、火神に実験的に納められていた、U.C.N.B.を使うつもりだった。
ヘレン合金をさらに進化させた、危険なブラック合金を使用するU.C.N.B.だ。
ただでさえ危険な戦闘ナノ・マシンを、すでに一度使った身体に用いれば、どんなことが起こるか予測はできない。
一番、容易な予想は、高温と急激な心拍数増加に心臓が耐えられなくなって破裂し、即死することだろう。
だが――かつて彼はキィに、彼女の心臓が動いている限り、自分の心臓が先に止まることはあり得ない、と約束したことがある。
その容姿を、アルメデに無断で使ったという負い目からか、笑顔でいても常にどこか悲しさを感じさせる少女だ。
しかし、生身のまま、数体のゴランと対峙して、唇に微笑みを浮かべることのできる、彼女の強く美しい精神を彼は愛していた。
その少女と交わした約束は、決して破られてはならない。
アキオは、キィが浮かべたものと同類の微笑みを唇に浮かべると、パネルに浮かんだ、実行の文字に指を触れた。
数本のパイプがアキオの背に突き刺さり、数百度のブラック合金が流し込まれる。




