265.動力
敵の姿を確認するより早く、アキオは、ナノ・コクーンのカプセルをホイシュレッケに投げつけていた。
軽い破裂音がして、イナゴの前に壁ができる。
ほぼ同時に、ホイシュレッケの群れが、コクーンに殺到していた。
ギチギチと嫌な音を立て、透明なコクーンに、ピンチ効果で集中させたプラズマ光の熱を押し当てている。
「ヨスル」
「はい」
アキオの呼びかけで、魔法使いが淡青色の髪をなびかせて駆け寄る。
「雷球を作ってくれ。できる限り早く、多く」
彼の言葉に少女がうなずき、前方に素晴らしい速さで巨大な球電がいくつも育ち始める。
「あと30秒――もう少しで、コクーンは破壊される。メデがいったように、電気推進で飛び、プラズマ・カッターで敵を破壊する武器なら、内部に電気を呼び込みやすい構造のはずだ。コクーン消滅と同時に、連続でそれを打ち込んでくれ」
「わかりました」
「すごいですね」
ヴァイユがつぶやく。
「独りでこんなに大きな雷球を複数作るなんて――」
「ピアノ」
「はい」
「俺と君は、放電を逃れてきた敵を打ち落とす、できるか」
「もちろん」
幕が弾ける音がしてコクーンが消滅し、黒い塊が雪崩を打つように押し寄せてきた。
「ハッ」
掛け声とともに、ヨスルの雷球が投げつけられ、イナゴに激突する。
放電を受けて口腔内のプラズマが瞬時に巨大化した無数のホイシュレッケが、内部から裂かれるように爆発していく。
数の多さで、いくつか放電の直撃を免れて飛んでくるイナゴは、アキオとピアノの避雷器が、ピシピシと打ち落としていく。
「思ったより大きいですね」
焦げかけたホイシュレッケを破壊しながら、ピアノがつぶやいた。
一つ一つのホイシュレッケ(イナゴ)の大きさは、本当のイナゴの5倍ほどだ。
「電気推進で飛行させるには、これが限界のサイズだろう」
そう言いながらアキオは思う。
もし、これ以上小さなサイズの群ロボットが無数に出てきたら、打つ手は少なくなる。
「敵が壊滅しました」
やがて、ヴァイユが宣言した。
彼らの足元には、破壊された無数のホイシュレッケが転がっている。
「おそらく、これは第一陣でしょう」
汗も見せずに、ヨスルが言った。
「行きましょう、機関室はもうすぐです」
アキオはうなずくと、先へ進み始める。
「あれが入り口ですね」
早足で歩き、角を数回曲がると、乳白色の通路の先にあずき色の扉が見えた。
ヴァイユがそれを指さしながら言う。
「この兵器の重要ポイントですね、ということは――」
「伏せろ」
アキオの言葉で全員が床に倒れこんだ。
今度は背後から、複数の細長い槍がかなりの勢いで飛んで来て、彼らの立っていた胸のあたりを通過して飛び去って行く。
「アルメデさまのいっておられた槍形態ですね」
ピアノが冷静な口調でいい、
「あんなに長かったら、通路で方向転換ができませんね」
ヴァイユが、ほっとしたように続ける。
「そうでもなさそうです」
ヨスルの言葉どおり、槍は小さな音を立てて、いったん形を崩すと、向きを変えた形で再構築された。
「ヨスル」
「いけます」
「やれ」
アキオの言葉で、すでに雷球を生み出していた魔法使いが、高電圧の塊を飛んで来る多くの槍に向かって投げつける。
しかし、今度はイナゴも前方のプラズマ・カッター口を閉じているため、思うようなダメージを与えられない。
無数の黒槍が、死の使者となって少女たちに襲いかかった。
アキオは、前に進み出ると、素晴らしい速さで、槍の胴部を拳、肘、膝で殴りつけて、槍を壁際に弾いていく。
次いで、ホイシュレッケは、形を組み替えて向きを変えた後方からの槍と、前方からの槍で挟み撃ちにしようとする。
「ピアノ、銀針を後方の槍の穂先へ、ヨスル、雷球だ」
「はい」
前後から飛来するホイシュレッケに対して、アキオの指示通りピアノがナノ強化された力で銀針を撃ち、アキオが後方の槍へ針を投げる。
そこへ雷球の高電圧が流し込まれた。
槍は、前部から後方へ順に爆発していく。
アキオは、被害を免れた残り数本の槍を避雷器で切り刻んで戦闘不能にした。
「いくぞ」
休む間を開けず、アキオの指示で、少女たちは機関室の扉へ向かう。
ヴァイユが手にした携帯端末を使ってパスワードを特定し解錠した。
アキオが、安全を確認して扉を開け、中に入る。
扉を閉めると、彼は扉を機械的に開ける機構を腕と足で破壊した。
「しばらくはもつだろう」
振り返って機関室を見る。
そこは、巨大な兵器にふさわしい巨大な部屋だった。
中央には、銀色に輝く大きな円錐台がそびえ立っている。
アキオの表情が険しくなった。
それは、反物質である反二重水素を封じ込めるためのテスラ・タワーだったからだ。
本来、テスラ・タワーとは、20世紀の科学者二コラ・テスラが夢想した、地球のあらゆる場所に電力を送り届ける世界システムを実現するために建設された、電力転送塔の通称だ。
その200年後、テスラを崇拝するある天才科学者が、磁場と疑似重力制御力線を用いて反物質の封じ込めに成功した時、彼はその装置をテスラ・タワーと名付けた。
もともと彼、ドクター・カヅマは、その存在を予想された、反物質と反応しないテトラリチウムを発見しようとして果たせず、苦肉の策として、世間には公表せずに秘密裏にテスラ・タワーを作り上げたのだ。
のちに、娘の治療のための知識と資金を得るために、その内容を公開したが、それまで反物質は、彼だけが使うことができるエネルギーだった。
塔の下部に小さな観測窓があり、そこから有害放射線を取り除かれた白い光が漏れている。
アキオの眼が、塔の左右に伸びている巨大な管を捉えた。
おそらく、熱イオンを放出するためのプラズマ導管だろう。
突入前は、無限軌道がインホイール・モーター、つまり内燃機関ではなく、電力で動いていることを知って、機関部には燃料電池か小型融合炉があるとばかり思っていた。
まさか反物質炉があるとは思っていなかったのだ。
ニューメアは、すでに、この世界でも反物質を手に入れ、それによる発電システムを実用化している――
それはつまり、反物質のもう一つの利用法である爆縮弾を手にしているということだ。
彼の中で、絶対的な兵器はふたつある。
一つは、無限に近い数を正しく統率された群兵器、もう一つは、計測不可能なエネルギーを持つ爆縮弾だ。
そして、そのふたつともニューメアは手にしている――危険な敵だ。
「あれです」
部屋を見回したヴァイユが、そう叫んでテスラタワーの前にあるコンソールに向けて走った。
パネルに触れて画面を起動し、操作を始める。
「いけそうですか」
ピアノに聞かれ、少女は輝く金色髪を揺らしてうなずいた。
「ロボット同士の会話ができないように、言語を書き換えます」
アキオは声を掛けず、黙って、少女に背を向けて立った。
その隣には、ピアノが立つ。
「イナゴが来ると思いますか」
「破壊すると危ない機器が並んでいる。おそらくは違う敵がくるだろう」
「はい」
言ってから、ピアノはさっとアキオの手に触れて、熱いものに触れでもしたかのようにすぐに離そうとした。
だが、アキオの手はそれを追いかけ、しっかりと握りしめる。
「ピアノ――」
「アキオ」
「ホイシュレッケが機能停止したら、君はヨスル、ヴァイユとここを脱出しろ」
「あなたは」
「この兵器の頭を壊しておく」
「嫌です。一緒にいきます」
「二人をまもってくれ、ピアノ。頼む」
少女は、文句を言うように口を開きかけ、首を振って言った。
「はい――頼まれました。そんないい方、卑怯ですよ」
背後からヴァイユの声が響く。
「大丈夫よ、ピアノ。イナゴの作業が終わったら、この兵器――バルバロスというそうだけど、これの制御系も破壊するから」
ヴァイユの言葉が終わらないうちに、巨大な機関室の天井に複数の穴が開き、そこから透明な液体が降り注いできた。
「あれは」
ヨスルが叫ぶ。
「危険なものだろうな」
そういって、アキオはアーム・バンドから検査装置を打ち込む。
装置は液体に触れたとたん蒸発した。
「どうやら、強力な溶解液のようだ」
凄まじい勢いで流れ込む液体をみてアキオが言った。




