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263.女王は涙を流さない、

「アルメデさま」

 空がオレンジ色に発光するのを見上げていた少女の背後から声がかかる。

 振り向くと、強化兵が膝をついていた。

 サンドルだ。

「わたしを、メキア女王と義兄(あに)マイス・フィン・ノアスのもとへ行かせてもらえませんか」

崖上がけうえですね。彼らはもう、モノ・キャリッジで安全な場所へ逃げているでしょう」

 アルメデは、さっき崖の上で見た、ニューメア製の移動装置を思い出して言う。

「はい、そうされていれば良いのですが、メキアさまは意外と――」

「意地っ張り、ですか」

 アルメデは、西の国(サイアノス)女王の表情を思い出す。

「それは王族としては良い資質ししつかもしれません――わかりました。行きなさい」

「部下の強化兵は、このベンサムに引き継ぎますので、どうかお使いください」

 サンドルは、後ろに控える機械化兵を示し、

「それでは行きます」

噴射杖ロケット・ケーンは必要ですか」

「崖の上へは、ジャンプ補助用のホバー・ジェットで移動できます」

 アルメデはうなずいた。

「今なら、ユイノたちの攻撃で、イナゴたちの注意はあちらに向いているはずです」

「わかりました」

 サンドルは、アルメデに軽く会釈すると、地面を滑るように移動し始めた。

 崖下に着くと、力強く大地を蹴って、そのまま上方(じょうほう)へと消えて行く。

「ベンサム」

 それを見届けたアルメデは、振り返って機械化兵を呼び、複数のカプセルを渡す。

 手にしたケーンで足元を示し、

「この場所を中心に、(ごう)(ふち)に左右に30エクル(6メートル)おきに6個ずつカプセルを埋めなさい」

「これは」

「空で虫を包んでいる膜と同じものです。これを使って(ごう)を強化します。地面からホイシュレッケ(イナゴ)がやってこないように」


 ベンサムが作業に向かったあとで、空からやってくるイナゴに対しては、やりすぎかもしれない、とアルメデは思うが、自分の直感を信じることにする。


 結果的に、後に、それが彼らの命を救うことになるのだ。


「アル……メデさま」

 壕内に降りたアルメデが、か(ぼそ)い声に振り返ると、地面に横たえられたユスラが、うっすらと目を見開いていた。


 攻撃が始まる前に、再び気を失った彼女は、強化兵によって壕に運び込まれていたのだ。


「アキオたちは、行きましたか」

「ええ、ユイノとミストラも見事な連携れんけい攻撃を見せてくれていますよ」

 女王の言葉に呼応(こおう)するように、まばゆいオレンジの光とそれに遅れた爆音が壕内ごうないに響く。

「アルメデさまがキューブを手に入れてくださったから……本来なら、アキオはもうこの戦線を離脱(りだつ)しても良いのです。でも、わたしの妹、ピアノの兄、カマラの()()()()()()()メキア女王、そして友軍となった西の国(サイアノス)の兵士たち――アキオは彼らを見捨てられない」

「そんな彼があなたは好きなのでしょう」

 ユスラは微笑む。

「ええ――いえ、あの人がこのまま去るならそれも良いのです。わたしは……アキオの()()()()()で彼を好きになったわけではない……ので――ああ、アキオ、そうやって雨から守ってくれるのですね。()()()()()、嬉しかった。城の前で別れて、わたしは寂しさで死んでしまうかと思った――どうか手を……踊りましょう……なんといったかしら、そうアン・ドゥ――」

 アルメデは、はっとしてユスラを見る。

 少女は、もはやアルメデに向かって話をしているのではなく、過去に戻った意識で、夢見るように独り言をつぶやいているのだ。

 彼女()()()()()()()()()話し方で――

「ユスラ――」

 アルメデは膝をついて、桜色の、いやユスラウメの淡い花の色をした少女の髪に触れる。

 恋する少女の髪に――

「そうやって、頭を撫でてくれるの。うれしい。アキオ、わたし……」

 少女の言葉が途切れ、アルメデはユスラのアーム・バンドのバイタルを見る。

 女王は長らく動かなかった――動けなかった、戦時の指揮官にあってはならないことだ。

 だが――

 彼女は、顔からスカーフを取り去ると、ゆっくりと少女の上にかがみこんで頬を撫でた。

 何度も何度も優しく撫でた。


 やがて、深く、静かに、宣言するように100年女王は口を開く。

「アキオは任せなさい。必ず生きてジーナ城に返します。このアルメデの()()()()()()


 バシュッと音がして、ユスラの体が灰色の膜で包まれた。

 あらかじめアキオが与えておいた装置が働いたのだろう。


「作業を終えました。アルメデさま」

 うずくまった女王の背後から声がかかる。

「わかりました」

 立ち上がったアルメデは、毅然(きぜん)とした声でそう答えた。

 涙は流さない。

 戦時にあって、女王は決して涙を流したりはしない。

 何があろうとも――泣くのはすべてが終わってからだ。


 アルメデは、壕内に向かって命令を発した。

「魔法使いは聞きなさい。ホイシュレッケはプラズマを使うので、通常のロボットより高電圧と高熱に弱い。これから壕を強化膜で包みます。一部を開けるので、そこから重ねた雷球アラメイ火球アータルを近づく敵にぶつけなさい。5班ていどに分けて、連続攻撃が続くようにするのです。この地では魔力不足になることはないはずです。編成はあなたに一任します」

「わかりました」

 ヨスルから部隊を引き継いだ、ノワレという魔法使いが答える。

 ユイノたちの攻撃を見て絶望から立ち直ったのか、戦う意思を瞳に浮かべていた。

 おそらくユスラは、()()()()()()()()()()をすることで、絶望に折れた人の心が(よみがえ)ることを理解していたのだろう。

「ベンサム」

「ここに」

 アルメデの呼びかけに応えた強化兵に彼女が命じる。

「あなたたちには、火炎放射装置がありますね。もうひとつ攻撃口(こうげきこう)を作るので、冷却時間を考えて4交代で連続攻撃をさせなさい」

「わかりました」

「アキオたちが、必ずホイシュレッケのコントロールを奪ってくれます。それまで何とか耐えるのです」

 そう言いながら、アルメデは、アーム・バンドに触れてコクーンを土中に展開し、塹壕を保護する。

 籠城(ろうじょう)戦が始まったのだ。

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